降版時間だ!原稿を早goo!

新聞編集者の、見た、行った、聞いた。
「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★ど新人見出しはゴミ箱直行=「北海タイムス物語」を読む (88)

2016年04月24日 | 新聞

(4月22日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

小説新潮に、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されている。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人がいたので、札幌の北海タイムスに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語@新聞記者編ともいえる同小説に注目した——の第88回。
(小説の時代設定や登場人物のほか、新聞編集でつかう「倍数」「CTS」などの用語は随時繰り返して説明します)

【 小説新潮2015年12月号=連載③ 367~368ページから 】
「おい、見出しつけたか」
権藤さんが僕の手元を見た。
「あ、はい……」
僕は急いで見出し用紙を渡した。
〈 山村さんの漁船が火災で沈没した
釧路海保への連絡でわかる 〉
権藤さんはちらりと見て、ぐちゃぐちゃと丸め、傍らのゴミ箱に捨てた。
啞然として❷僕は権藤さんの横顔を見た。
「なんだ。文句あるのか。早くつけろ」
僕は悔しさを噛み殺して❷原稿を読み返した。
「早くつけろ」
「あ、はい……」
「早くしろ!」
「はい……」
急いで書いて渡した。
〈 山村さんのカレイ漁船が火災
二人乗り、プロパンガス爆発で 〉
権藤さんは一目見て、鼻で笑って丸め、ゴミ箱に捨てた。
「その原稿出しとけ。見出しはもう俺がつけたから」
そのあと僕に一暼もくれず❷、権藤さんはひとりで仕事を続けた。僕は権藤さんの手元を見ているしかなかった。黙って居心地悪く座っていた。
心臓の音が気になる。背中と胸にじっとりと汗が滲んでいる。乾いた粘膜が喉の奥で貼り付いている。緊張で腹具合も悪くなってきた。早くこの状況から解放してくれ——。


❶権藤さんはちらりと見て……ゴミ箱に捨てた。
この描写は、リアルでこまかい。
僕が整理ど新人のときについた先生役の先輩整理は、小説の権藤さんとは違って〝優しい〟人だったので、つけた見出しはゴミ箱には捨てられなかった。
だけど………先輩整理は、下を向きながら
「うーん、なるほど! 惜しいなぁ、見出しには字数制限があるからねぇ」
「大ゲラで、俺がつけた見出しみといてねぇ」
「でもねぇ、俺がキミぐらい(ど新人)のときはねぇ、先輩は俺がつけた見出し用紙をバーンと高く掲げてねぇ
『こんな見出しつけちゃだめだという例だ!』
と言われたんだよ。
もう、ホントつらかったよ。転部願だそーと思ったよ」
「今、そんなことはやらないからねぇ。明日も会社に来てねぇ」
と言っていたことを思い出した(「明日も会社に来てねぇ」とは、ある意味すごい)。
———どこの整理部も同じようだ。

*大ゲラ(おおげら)
新聞1ページ大のゲラ。
降版直前のチェック用だから、記事・見出しのほか写真、画像、広告が載っている。
大型プリンターから出力され、編集バイトくんたちが面担、整理部長、同デスク、校閲担当者をはじめ、出稿部長、同デスク、制作デスクらに配布。それぞれ2分以内でクロスチェックする。
対して、記事だけは小ゲラ(こげら)、棒ゲラ(ぼうげら)と呼ぶ。


❷啞然として/噛み殺して/一暼もくれず
「いやぁ~、面白くなってきたなぁ。俺の新入社員時代を思い出しちゃうよぉ」
と読みすすんでいた校閲部の赤鉛筆がピタッ、ピタッ、ピタッと止まるであろう3カ所。
新聞社のルールブック「記者ハンドブック・新聞用字用語集13版」(株式会社共同通信社発行)では、
▽あぜん(啞然)→あぜん、あきれる、あっけにとられる
▽かむ(噛む、咬む)→かむ、一枚かむ、かみ切る、ギアがかむ
▽いちべつ(一暼)→一見、一目、ちらっと見る
(△は漢字表にない字)
——それぞれ平仮名表記か言い換えましょうといっているけど、著作物なのでこのまま行ってください。


———というわけで、続く。