Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

『白痴』 ドストエフスキー著 (岩波書店)

2004-12-17 | 柴田元幸
『白痴』(上・下巻)ドストエフスキー著(米川正夫訳)(岩波書店)を読みました。

『白痴』の主人公・ムイシュキン公爵はスイス療養から帰りたて。
周囲からは「白痴・ばか」扱いされますが愛すべき人物。
実際には死刑囚の心情や貧しい娘に心を砕くとてもまっとうな人物です。
ですから、現代風にいうと「ばか」というより、
「浮世離れしている」「ちょっと感覚がずれてる」という感じでしょうか。

彼をはさんで、美しいが長年男性に囲われているナスターシャと、
ナスターシャに愛憎を抱くラゴージン、
ムイシュキン公爵が惹かれる高貴な令嬢アグラーヤなどの関係が入り混じります。

この作品はドストエフスキーらしい、ドラマチックな場面の数々があります。
ナスターシャが10万ルーブリ
(『謎とき「白痴」』(江川卓著)によると現代の価格で1億円くらい!?)を
暖炉に投げてガーニャ(ナスターシャへの求婚者)に素手でとらせようとする場面。
ナスターシャの家にアグラーヤとムイシュキンがのりこむ、火花ちる場面など。

そのような印象的な場面のほかに、短編小説を集めたような挿話も。
ナスターシャの名の日の祝いの場面で繰り広げられる男性たちの
「人にはいえない話」はどれも面白い。
ドストエフスキーの作品は話の構成や会話に厚みがあって、ほんとうに
どれも読み飽きず、深く面白いです。

私はナスターシャと、アグラーヤは生い立ちが違うだけで、芯はとても
似ている女性のような気がします。
ムイシュキンはナスターシャを「狂人」とも呼びますが、
「狂人に見えるほどの一途さ」「かたくなさ」はアグラーヤにも感じられるからです。

この作品は悲劇的な結末を迎えます。
でもどろどろとした暗さよりは、哀しみを読後に強く感じます。
それはそれぞれの人物の「強い想い」がこの結末に向かうしか
なかったからなのではないでしょうか。