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毎日が、始めの一歩!

日々の積み重ねが、大事な歴史……

クーデンホーフ=カレルギー

2022年10月16日 | 妙法

【ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち】第24回 クーデンホーフ=カレルギー2022年10月16日

3年ぶりの再会を果たしたクーデンホーフ=カレルギー伯爵㊨と池田先生が会見。「アジアとヨーロッパ」「国連の役割」「指導者論」「青年への期待」などがテーマとなった語らいは、対談集『文明・西と東』として発刊された(1970年10月7日、東京・信濃町の創価文化会館〈当時〉で)
3年ぶりの再会を果たしたクーデンホーフ=カレルギー伯爵㊨と池田先生が会見。「アジアとヨーロッパ」「国連の役割」「指導者論」「青年への期待」などがテーマとなった語らいは、対談集『文明・西と東』として発刊された(1970年10月7日、東京・信濃町の創価文化会館〈当時〉で)
〈クーデンホーフ=カレルギー〉
正しいことのために戦うことは
幸福を意味している。人生は、
いつまでも闘争であるべきである。

 55年前の10月、池田大作先生は世界の識者や指導者と本格的な文明間・宗教間対話を開始した。その最初の相手となったのは「欧州統合の父」と仰がれるリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵である。
 
 伯爵が“欧州を一つにまとめることが、平和につながる”とする「パン・ヨーロッパ運動」に立ち上がったきっかけは、第1次世界大戦だった。オーストリアの皇太子がサラエボの青年に暗殺された事件が端緒となり、全欧州を戦場に1914年から4年以上も続いた、人類最初の世界戦争である。
 
 戦後、多くの小国に分裂した欧州は、新たな火種が生まれ、第2次世界大戦がいつ起きてもおかしくない状況下にあった。
 
 欧州統合の理念自体は古くから存在していた。だが分断や対立が激化する社会で、その実現はどこか夢物語にすぎなかった。
 
 大学を卒業し、20代後半で中部ヨーロッパの有力な思想家として認められるようになっていた伯爵は、今から100年前の1922年、パン・ヨーロッパ運動に関する論文を発表する。
 
 翌年、28歳の時に『パン・ヨーロッパ』を出版し、大きな反響を呼んだ。さらには「パン・ヨーロッパ連合」を結成し、各国に「パン・ヨーロッパ協会」を設立。“欧州は一つ”の理想へ、各地を精力的に駆け巡った。運動に「全て」を意味する「パン(汎)」を掲げたのは、主権国家同士の共同体を築くとの決意からであった。
 
 しかしその夢は、ナチス・ドイツの台頭で一度は挫折する。海外への亡命を余儀なくされ、ウィーンにある本部を占拠したナチスにパン・ヨーロッパ関連の文書を破棄されてしまう。39年には、恐れていた第2次大戦が勃発した。
 
 それでも伯爵は諦めず、アメリカに渡ってパン・ヨーロッパ思想への支持を拡大。45年の終戦後に欧州へ戻り、統合実現に向けて再び動き出す。49年に欧州評議会が発足すると、続いて57年に欧州経済共同体(EEC)、67年に欧州共同体(EC)が誕生し、夢は現実となった。
 
 伯爵の信念の言葉にこうある。
 
 「平和の領域は一歩一歩づつしか占拠できないものであって、現実に一歩前進することは空想で何千歩進むより以上の価値がある」
 
 「正しいことのために戦うことは幸福を意味している」
 
 「人生は闘争であり、また、いつまでも闘争であるべきである」

クーデンホーフ=カレルギー伯爵の両親 ©Alamy/アフロ
クーデンホーフ=カレルギー伯爵の両親 ©Alamy/アフロ

 
 1894年11月17日、クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、7人きょうだいの次男として日本で生まれた。日本名は「エイジロウ」である。
 
 父・ハインリヒはオーストリア=ハンガリー帝国の有力貴族で、母・光子は日本の商家の娘。2人は、外交官だった父が代理公使として日本に赴任していた時に出会い、結婚した。一家は伯爵が生後1年を経たころ、父の帰国とともにオーストリアへ移住する。
 
 オランダ、ドイツ、ロシア、ポーランド、ギリシャの血を引いていた父は18カ国語に通じ、アラビア、インドをはじめ東洋に深い関心を寄せていた。自宅には海外から多くの来客が訪れ、少年時代の伯爵は父の“国際人”としての仕事を目の当たりにしながら成長した。書斎には哲学者の像や多くの書籍が並び、父が地球儀を回しながら世界について語ってくれることもあったという。
 
 母は移住後、周囲からの偏見と向き合いながら、伯爵夫人としてふさわしい女性になるため、言語や教養を身に付けつつ、7人の子育てに奮闘した。
 
 円満だった一家に試練が襲ったのは、移住から10年がたった1906年。父が心筋梗塞のため急逝したのである。周囲は、日本人の光子が財産を相続することに反対したが、彼女は批判の声にも屈さず、一家の家長として子どもたちを立派に育て上げていった。
 
 後年、伯爵は述懐している。
 
 「母は、子どもの教育については、夫である私どもの父の精神を、そのまま受け継いでおりました。(中略)私は、こうした母がいなかったとしたら、決してパン・ヨーロッパ運動を始めることはなかっただろうと考えています」
 
 後に欧州連合(EU)へと発展する、欧州統合の出発点は“世界市民”である伯爵の両親だったともいえよう。

パン・ヨーロッパ連合の代表としてあいさつする若き日の伯爵(1929年、ドイツで) ©Keystone-France/Gamma-Keystone/Getty Images
パン・ヨーロッパ連合の代表としてあいさつする若き日の伯爵(1929年、ドイツで) ©Keystone-France/Gamma-Keystone/Getty Images
〈クーデンホーフ=カレルギー〉
他人や環境を変えようとする
前に、まず自分自身を変える
努力をすべきである。

 さらに、こうも語っている。
 
 「一人の人間の周りに、家族、友人、社会、国家などがあります。人間は自分自身に対して、第一の義務を負っているわけですから、他人や環境を変えようとする前に、まず自分自身を変える努力をすべきだと思います」
 
 「真に世界平和を保証する唯一の道は結局、宗教以外にはない」
 
 伯爵がこの真情を伝えた相手こそ、池田先生であった。

クーデンホーフ=カレルギー伯爵夫妻を歓迎する池田先生。変わらぬ友情に笑顔があふれる(1970年10月7日、東京・信濃町の創価文化会館〈当時〉で)
クーデンホーフ=カレルギー伯爵夫妻を歓迎する池田先生。変わらぬ友情に笑顔があふれる(1970年10月7日、東京・信濃町の創価文化会館〈当時〉で)

 EUの前身であるECが発足した1967年、クーデンホーフ=カレルギー伯爵は71年ぶりに日本の土を踏んだ。72歳の時である。
 
 創価学会を「世界最初の友愛運動である仏教のよみがえり」と評価していた伯爵。訪日に当たって会見を希望した1人が、池田先生だった。
 
 10月30日、初の出会いが実現。「私は直ちに池田の人物に強く感銘した。やっと39歳の、この男から発出している動力性に打たれたのである」――そう振り返った会談は「東京滞在中のもっとも楽しい時間の一つ」になったという。
 
 伯爵と先生が再会したのは3年後の70年10月。再来日の折に4度会い、のべ十数時間に及ぶ会見を行った。語らいは対談集『文明・西と東』として結実。先生が海外の識者と編んだ対談集の第1号となった。発刊から2カ月後の72年7月、伯爵は77歳の生涯を閉じた。

〈クーデンホーフ=カレルギー伯爵を語る池田先生〉
青年が勇気をなくしたら、
もはや、青年ではない。
人々に「気持ちがいいな!」
「素敵だな!」と思わせる、
勇気の声を響かせていくのだ。

 自らも若き指導者であった伯爵は「青年」に期待を寄せていた。その心を知る先生は、伯爵の言葉を通し、こう呼びかけている。
 
 「博士が、青年への信頼を込めて語っていたことが忘れられない。
 
 『人類の未来は、明敏な頭脳が主導権をにぎる世界となるだろうと思います。したがって、現在の学生たちが明日の世界を決定づける指導者となるのであって、彼ら自身は、その自覚に立って、未来に向かって自己形成し、準備をするべきだと思います』
 
 青年は、自己形成を怠ってはならないと博士は遺言されたのである。頭脳も心も人格も鍛えなければならない。知識だけで『人間』が置き去りにされれば、社会は、どんどん誤った方向へ進むであろう。人格形成を根本に均衡のとれた人間形成が必要なのである」(95年5月21日、常勝関西第1回青年部記念総会でのスピーチ)
 
 「(伯爵は)語っておられた。
 
 『青年のみが熱意と、意志と、希望と、信念と、力を持っている』『青年は炎を持っており、その炎がなかったら、いかなる理念も光を発しないし、また勝利を占めることが出来ない』と。
 
 創価学会も、青年で勝ってきた。青年が炎となって戦ったから、勝ってきたのである。(中略)
 
 青年が勇気をなくしたら、もはや、青年ではない。青年は『勇気の皇帝』である。『平和の皇帝』である。若いというだけで、すでに、無限の財産と希望を持つ皇帝なのである。ゆえに若き皆さんは、『あの青年は気持ちいいな!』『あの青年は素敵だな!』――周囲の人々にこう思わせる、凛々とした勇気の声を響かせていっていただきたい」(2001年9月23日、第1回千葉青年部総会でのスピーチ)
 
 両者の初会見から55年。創価の青年スクラムは今、日本、欧州、世界に大きく広がっている。

“欧州は一つ”の理想がここに! 仏法の平和の哲理を学び合った欧州青年教学研修会。30カ国から500人の友が参加した(2019年8月、イタリア・ミラノ郊外で)
“欧州は一つ”の理想がここに! 仏法の平和の哲理を学び合った欧州青年教学研修会。30カ国から500人の友が参加した(2019年8月、イタリア・ミラノ郊外で)

【引用・参考】『クーデンホーフ・カレルギー全集』全9巻・鹿島守之助ほか訳(鹿島研究所出版会)、『講演集 大陸日本』香川徹ほか訳(潮出版社)、『文明・西と東』(『池田大作全集』第102巻所収)ほか

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創価学園「情熱の日」記念の集いへの池田先生のメッセージ

2022年10月07日 | 妙法

創価学園「情熱の日」記念の集いへの池田先生のメッセージ2022年10月7日

  • 苦労して学び抜く努力が未来を照らす勝利の力に
松下幸之助氏が池田先生と共に創価女子学園(現・関西創価学園)を訪問。真心こもる生徒の歓迎に感謝を(1975年10月)
松下幸之助氏が池田先生と共に創価女子学園(現・関西創価学園)を訪問。真心こもる生徒の歓迎に感謝を(1975年10月)

 みんな、ご苦労さま! 元気いっぱいの運動会や競技大会、麗しい友情の学園祭を、私はうれしく見守っておりました。
 
 今週は、国連の「世界宇宙週間」であり、人類が大宇宙への探究を共に深め、平和の心を高めていく機会です。
 
 先月は、若い星たちが鮮烈な勢いで生まれ、成長を続けている星雲の画像が新たに公開され、世界中に大きな感動を広げました〈アメリカ航空宇宙局(NASA)などの提供〉。
 
 この大宇宙に漲る「生まれ出ずる力」「育ち伸びゆく力」を、今まさに若き生命に体現して成長しゆく希望の星こそ、わが学園生の皆さんなのです。
 
 日本を代表する大実業家の松下幸之助先生も、草創期の学園に来校し、一人一人の情熱あふれる姿から「若さのエネルギーをいただきました」と、満面の笑みを湛えておられました。
 
 松下先生は、困難を打開しようという情熱から、素晴らしい知恵が生まれ、才能が発揮されると、青年を励まされています。
 
 青春は、誰しも行き詰まりとの戦いです。失敗することも、うまくいかない時もある。
 
 しかし、焦ることはありません。星たちも、気の遠くなるような時間をかけて成長するのです。  
 
 悩み苦しみながらも、負けじ魂を燃やして挑戦する皆さんの情熱が、全てを、明るく大きく輝きわたる生命の星の光に変えます。
 
 どうか、今、苦労して学び抜く一つ一つの努力が、星のごとく遙か未来の世界まで照らす勝利のエネルギーとなることを確信して、良き学友と励まし合い、地球も、さらに宇宙をも晴らしゆくような、創価の人材の大星雲を創り光らせてください。
 
 これから寒くなり、朝夕の通学時間も暗くなるので、絶対無事故で風邪をひかないよう、真剣に祈っています。(大拍手)

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誓いの青年よ!

2022年10月02日 | 妙法

誓いの青年よ! 世界平和を 池田大作先生の写真と言葉「四季の励まし」2022年10月2日

 【写真説明】青空のカンバスに描かれた、巧まざる白雲の軌跡。1991年(平成3年)6月、池田大作先生が英国ロンドン郊外のタプロー・コート総合文化センターで撮影した。
 この訪英で先生は、同国首脳と会見する一方、天文学者のホイル、ウィックラマシンゲ両博士と宇宙論を語らい、青年部、未来部の友に真心の励ましを送った。
 きょうは「世界平和の日」。60年(昭和35年)10月2日、「君は世界に征くんだ!」との恩師の遺言を胸に、池田先生は世界平和への第一歩をしるした。後継の青年を先頭に、人間革命の哲学を掲げて、混迷の闇を払う挑戦へ、決意新たに出発しよう。
 

池田先生の言葉

 我々の目的は何か。
 広宣流布である。
 自他共の
 絶対的幸福の実現である。
 平和と希望の大哲学を
 全世界に広めゆくことだ。
  
 新しき時代の新しき扉。
 それを開けるのはつねに、
 燃えさかる
 青春の情熱である。
 妥協なく、
 理想に生きる
 青年の行動である。
  
 平和を論ずるなら
 行動しなくてはならない。
 困難があっても、
 どのように
 友好と平和をもたらすか。
 困難を克服するために
 努力することが
 人間にとっての
 根本条件である。
  
 広宣流布の千里の道も、
 一人の
 勇気の声から始まる。
 世界平和への道も、
 誠実な対話が
 第一歩である。
 快活に、
 わが信念を語り抜こう!
 心晴れ晴れと、
 わが真情を伝え抜こう!
  
 “誓いの青年”よ!
 私の一番の喜び、
 それは、君たちの勝利だ。
 私の最高の勝利、
 それは、
 あなた方の幸福だ。
 今いる場所で、
 立正安国
 祈り戦う同志よ!
 私の最大の願い、
 それは、一番苦しんだ
 地域の方々が、
 尊い地涌の生命を輝かせ、
 幸光る共生の楽土を
 築くことだ。
  
 遠慮はいらない。
 積極果敢に学び、
 自由闊達に語るのだ。
 みずみずしい生命に
 みなぎる熱意と誠実には、
 何ものもかなわない。
 若人の勇気の対話、
 探究の対話、
 友情の対話が
 快活に交わされるところ、
 必ず、新しき未来が
 輝き始める。

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行学錬磨の賢者たれ

2022年09月29日 | 妙法

随筆「人間革命」光あれ〉池田大作 行学錬磨の賢者たれ2022年9月29日

  • 勝利の力は最高峰の哲学を学ぶ喜び
夏の名残の光のもと、緑の葉を日傘としながら、フヨウ(芙蓉)が優雅に花びらを広げる。ふくよかな笑顔が友の心を包み込むように(池田先生撮影。今月、都内で)
夏の名残の光のもと、緑の葉を日傘としながら、フヨウ(芙蓉)が優雅に花びらを広げる。ふくよかな笑顔が友の心を包み込むように(池田先生撮影。今月、都内で)

 それは、聖教新聞を創刊して間もない、戸田先生の会長就任へ邁進する、ある夜であった。仕事を終えて、男子部の友の家に集まり、「開目抄」を拝読し合った思い出がある。皆、真剣であった。皆、希望に燃えて、未来を見つめていた。
 その日の日記に、私は書き留めた。
 「難解なれど、大聖人の御確信、胸に響く。乱世に、この貧しき家で、貧しき青年等が、大聖人の哲学を学びし姿、実に尊き哉」(一九五一年四月二十四日)
 毀誉褒貶など眼中にも置かず、信ずる同志と「行学の二道」に励みゆく、この若き地涌の熱と力を、新出発の男子部が脈々と受け継いでくれている。「日蓮大聖人の民衆仏法」「人間のための宗教」の旗を高々と掲げ、意気軒昂に行進する若人が私の誇りであり、宝である。

歴史を創るもの

 「歴史の根底は人民の思想のうちにある」
 フランスの歴史家・ミシュレは、高らかに宣言した。
 民衆の一人ひとりが、いかなる思想を持ち、いかなる実践をするかで、私たちの住む世界は変わるのだ。
 民衆の、民衆による、民衆のための思想の興隆こそ、まさしく創価教学である。この秋、学会伝統の「教学部任用試験(仏法入門)」が行われる。コロナ禍のゆえ、実に四年ぶりとなる。全国各地で、草の根の尊き研さんが重ねられている。
 思えば、学会初の任用試験から、今年は七十年――。
 『日蓮大聖人御書全集』が戸田城聖先生の発願で発刊された一九五二年(昭和二十七年)四月より八カ月後の師走に、満を持して実施されたのだ。
 この年、私はまず、蒲田支部の同志と、朗らかに仏法の偉大さを学び語りながら、「二月闘争」で広布拡大の突破口を開いた。
 御書発刊の波動の中、年頭に五千七百余世帯だった学会は、一年で総世帯数二万二千を超えて飛躍し、迎えた教学試験であった。
 この試験の結果と意義を報ずる翌年の元日号の聖教新聞に、私は「世界最高の哲学を学ぶ喜び」と題して、一文を寄せた。
 ――生命を離れて宇宙はなく、生命を離れて社会も国家も世界もない。ゆえに生命哲学が個人並びに世界平和の本源である、と。
 この最高峰の生命哲学を学ぶ喜びこそ、教学試験の合否を超えた眼目といってよい。ここに、自他共の人生の勝利への推進力も、社会の安穏への源泉もある。
 七十星霜を経て、壮大な世界広布の広がりの中で、この喜びを、新たな求道の友と分かち合えるのは、何と嬉しいことだろうか! 人類が岐路に立つ今、「太陽の仏法」の生命哲学の大光を、さらに多くの世界市民の心に届けていきたい。

「法華経の兵法」

 「四十歳まで……教学の完成と実践の完成」
 三十歳を前に、私はこう心に期して、常に御書を繙いてきた。電車での移動の中でも、待ち合わせの合間にも。そして「法華経の兵法」を抱き締め、師弟不二の指揮を執った。今の青年部と同じ年代の時である。
 御書を学ぶことは、大聖人の不屈の闘魂を滾らせ、民衆を断じて救わんとの大慈悲の心音を、わが生命に響かせゆく作業である。
 御書を開けば、無限の勇気が湧き上がる。いかなる苦難に直面しても、絶対に活路を開いてみせるとの大情熱と智慧が漲る。
 「私は、かりに地獄に堕ちても平気だよ。なぜならば、地獄の衆生を折伏して、寂光土に変えてみせるからだ」とは、戸田先生の不動の確信であった。
 仏法は机上の空論ではない。現実に人びとの心を変え、生活を変え、社会を変えゆく実践の力である。
 一九五六年(昭和三十一年)の「大阪の戦い」も、御書根本に徹した。一切の戦いの将軍学を御書に学ぶ以外に勝利はないからだ。
 分厚い困難の壁にたじろぐ友と、「湿れる木より火を出だし、乾ける土より水を儲けんがごとく、強盛に申すなり」(新1539・全1132)を拝し、不可能を可能にする師子王の心を、共々に燃え上がらせた。
 「異体同心なれば万事を成じ、同体異心なれば諸事叶うことなし」(新2054・全1463)を通して、心を合わせれば、必ず大願を成就できると訴えた。
 あの「“まさか”が実現」の舞台裏にも、関西の同志と命に刻んだ御聖訓がたくさんあった。その日その日の戦いを、御書を通じて明確にし、一日を一週間にも十日にも、充実させるのだ――この御書根本の団結ありて、燦然と輝く金字塔は打ち立てられた。

日蓮大聖人、日興上人にゆかり深き山梨の天地で、御書を拝しつつ、「富士のごとく、嵐に揺るがぬ人間王者に!」と友を励ます(2005年9月、山梨研修道場で)
日蓮大聖人、日興上人にゆかり深き山梨の天地で、御書を拝しつつ、「富士のごとく、嵐に揺るがぬ人間王者に!」と友を励ます(2005年9月、山梨研修道場で)
「御書」を心肝に

 今回、任用試験の出題範囲の御書三編は、私も若き日から同志と学んできた、思い出深い御文である。
 例えば、「一生成仏抄」の「深く信心を発して、日夜朝暮にまた懈らず磨くべし。いかようにしてか磨くべき。ただ南無妙法蓮華経と唱えたてまつるを、これをみが(磨)くとはいうなり」(新317・全384)との一節は六十五年前の九月、葛飾総ブロックの結成大会の折に友と拝読した。
 ――模範の組織をつくるには、どうしたらよいか。その一切の源泉は、この御文の通り、勤行・唱題にあると確認し、「全会員が、しっかり勤行できるようにしていこう」と挑戦した。三年後、葛飾は三総ブロックへと発展を遂げたのだ。
 「我ならびに我が弟子、諸難ありとも疑う心なくば、自然に仏界にいたるべし」(新117・全234) 
 この「開目抄」の御金言は、一九六九年(昭和四十四年)の年末、障魔の烈風が吹きすさぶ中、病を押して訪れた三重県の松阪会館で、中部の宝友と深い決意を込めて心肝に染めた。
 また、現在の勝利島部の同志をはじめ、各地の友と折々に拝してもきた。
 先日(八月二十日)、聖教新聞で紹介された、茨城県つくば市の百三歳の母も、この一節をこよなく大切にされていた。
 かつて座談会でお会いした時、御書を大事に抱えておられた。家計をやりくりして買われたようだ。私が「開目抄」の御文を引いて話す間、尊き母は、手元の御書へ、私の顔へと、目を行き来させながら、真剣に聞いてくださった。
 この御文の余白に鉛筆で「弟子の決意」と書き、悔しい時も苦しい時も読み返しながら、地域に仏縁を結び、味方を一人また一人とつくってこられた金の足跡に、私は妻と合掌した。
 日本中、世界中に光る、「自然に仏界」を勝ち開いた多宝の父母たちを、必ずや御本仏は「善き哉、善き哉」と御照覧くださっているに違いない。

研さんは世界で

 「創価学会の使命は、まさに教学の振興にある」
 この恩師の言葉の通り、人間主義の教学運動の奔流は、世界五大州を包む大河となった。
 本年も各国で教学試験が行われている。既に実施された英国やドイツ、マレーシアのほか、韓国の教学部上級試験(六月)では、実に一万六千人の友が受験されたと伺った。
 今月も、ニュージーランドやコロンビア、シンガポールで、“任用試験”が大成功裏に行われた。
 振り返れば、海外の同志にとって初めて“任用試験”が行われたのは、約六十年前のことである。当時は論文審査であり、多くの意欲的な論文が寄せられた。
 一九六三年から、米国やスイス、イタリア等の現地で教学試験が行われ、私も口頭試問などを担当した。
 当時、北欧スウェーデンでは、日本からの派遣団が立ち寄り、教学試験が行われたが、受験者は女子部員一人だけであった。
 しかし、その夜の座談会に出席した彼女の友人が、入会を決意している。彼女はやがてスカンディナビア半島の広布草創を奔走してくれたのである。
 「一は万が母」(新578・全498)である。一人の受験者への激励が明日へ福智の門を開くのだ。
 御書研さんの喜びは、アフリカにも大きく広がり、統一教学実力試験は三十カ国以上で開催されている。
 最初は、点数がつくことに不安を覚えたというメンバーも、仏法を学ぶ中で誰かに感動を話したくなり、自然と友人を座談会などに誘うのが常だという。
 こうした中、青年世代が仏法の法理に共鳴し、探究を深めて、社会へ展開する息吹に、世界の知性も大きな期待を寄せておられる。
 フランス語版「御書」の総合監修をしてくださった、デニス・ジラ博士は、「真に世界に開かれた宗教には、その根本をなす精神性や伝統を受け継ぎ、堅持しゆく若き後継者の存在がある」と指摘し、創価の青年たちこそ「人類の未来である」との希望を語られている。

創価教学を興隆

 不安や不信、恐怖や憎悪に引き裂かれる時代にあって、生命の善性への絶対的な信頼に立ち、人間革命の方途を示す哲学ほど、望まれるものはあるまい。
 私たちが朝な夕な読誦する「法華経」の自我偈には、「毎自作是念(つねに自らこの念を作す)」とある。
 「御義口伝」では、この「念」の意義について、「一切衆生の仏性を念じたまいしなり」(新1069・全767)と仰せである。
 我らの自行化他の題目は、地球民族の仏性を信じ抜き、一人また一人と、勇敢に誠実に忍耐強く呼び覚ましていく音律なのだ。
 わが教学部は、新たなるスローガンとして――
 「御書根本」「師弟不二」「異体同心」の教学部
 世界宗教の誉れ高く
  創価教学の興隆を!
     ――と掲げた。
 さあ、心も広々と、教学研さんの秋だ。
 行学錬磨の賢者たちよ、今日も生命尊厳の大哲学に触れよう!
 そして、学んだ喜びを、地域へ、社会へ、世界へ、勇んで語り広げよう!
 ここから「平和」と「人道」の世紀を開く、大いなる熱と力が生まれゆくのだ。
     
(随時、掲載いたします)

 ミシュレの言葉は「フランス革命史」『世界の名著37 ミシュレ』所収、桑原武夫・多田道太郎・樋口謹一共訳(中央公論社)。

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任用試験に向けて㊤

2022年09月28日 | 妙法

希望の指針――池田先生の指導に学ぶ〉 任用試験に向けて㊤2022年9月28日

  • “御書と格闘する”そこに王道がある

 連載「希望の指針――池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を掲載します。今回は11月に行われる「教学部任用試験(仏法入門)」に挑戦する友へ、励ましの言葉を紹介します。

2018年、全国で開催された「教学部任用試験(仏法入門)」(愛知で)。御聖訓には、「この経を一文一句なりとも聴聞して神(たましい)にそめん人は、生死の大海を渡るべき船なるべし」(新1721・全1448)と。妙法という究極の生命哲学を心に刻んだ人は、いかなる人生の荒波をも乗り越える、賢者の大船となっていける
2018年、全国で開催された「教学部任用試験(仏法入門)」(愛知で)。御聖訓には、「この経を一文一句なりとも聴聞して神(たましい)にそめん人は、生死の大海を渡るべき船なるべし」(新1721・全1448)と。妙法という究極の生命哲学を心に刻んだ人は、いかなる人生の荒波をも乗り越える、賢者の大船となっていける
「信仰の勇者」として

 一九五六年(昭和三十一年)、常勝関西の源流となった「大阪の戦い」にあたり、私が真っ先に手を打ち、全力で取り組んだのが「任用試験」であった。
 
 一人でも多くの同志の方々が、「信心はすごい」「仏法は偉大だ」という確信をつかみ、信仰の勇者として成長していかなければ、広宣流布はできないからだ。
 
 今また、教学研鑽の喜びをもって、同志を励まそう! 皆で、新しき平和と哲学の闘士を育成しよう!
 
 (『池田大作全集』第134巻、162ページ)
 

教学は信心の“背骨”

 学会の伝統は、「信・行・学」の錬磨である。教学こそ信仰の“背骨”である。
 
 教学がおろそかになれば、どうしても、根本の信心が弱くなり、日々の実践も惰性に流されやすくなる。ゆえに、毎日、少しずつでも御書を拝してまいりたい。
 
 毎回、任用試験には、求道心あふれる数多くの老若男女が、勇んで挑戦している。まさに、哲学不在の時代をリードする精神革命の大運動といっていい。
 
 受験する皆さんのご健闘を祈るとともに、担当者の方々を中心に、全力で応援してまいりたい。
 
 (『池田大作全集』第99巻、227ページ)
 

福徳を広げる大善根

 世の中には多くの試験がある。しかし、皆が人類最高峰の生命哲学の門に入り、幸福と平和の博士となっていく試験はわが学会にしかない。
 
 そしてまた、学会の教学試験ほど、学歴や肩書や年齢など、あらゆる違いを超えて、万人に開かれた「学びのチャンス」はあるまい。
 
 大聖人は、仏法の質問をした女性に、「三千大千世界(大宇宙)を鞠のように蹴り上げる人よりも有り難く、尊い大善根である」(全1402・新2098、趣意)とまで讃えられた。
 
 どうか、受験それ自体が、誇り高く福徳を広げゆく大善根であることを、挑戦される方も、応援される方も、共々に確信していただきたい。
 
 (『随筆 永遠なれ創価の大城』、196ページ)
 

御書研さんに励む友(2018年、福岡で)
御書研さんに励む友(2018年、福岡で)
永遠不滅の法と共に

 受験者には、伸びゆく未来部もいる。ご高齢の多宝の方々もおられる。“生涯勉強”と、最高の幸福学たる仏法を研鑽し、人生の錦繡を一段と鮮やかに深められている。
 
 御書には、「法華経の功力を思ひやり候へば不老不死・目前にあり」(全1125・新1633)という甚深の一節がある。
 
 永遠不滅の妙法と共に生きゆくならば、自らの仏の生命も永遠不滅の当体となる。若々しく自他共に「常楽我浄」の軌道を進むことができる。創価の師弟は、この正道を歩み抜いてきた。
 
 仏法を学べば、勇気が湧く。信念が深まる。皆が生まれ変わった息吹で、「生命尊厳の哲理の眼目」となり、社会に蘇生の光を放ちゆくのだ。
 
 (『随筆 永遠なれ創価の大城』、211ページ)
 

「限界を破る」挑戦を

 受験者の皆様は、とくに青年部の諸君は、「もうこれ以上勉強できない」というくらい学んでほしい。その「限界を破る」挑戦が、一生涯の宝となって光っていく。
 
 先輩方も、「『広布の次の五十年』を切り開くのだ」という思いで、全力で応援し、力ある広布の人材を育成していただきたい。
 
 研鑽にあたっては、ぜひ、「直接、御書を繙く」ことを心掛けてほしい。講義録や解説などは、あくまで補助にすぎない。御書の本文も読まずに、「わかったつもり」になることが一番怖い。
 
 少々苦労しても、王道を行くことだ。直接、御書と格闘する刻苦奮闘こそが、信心の合格者への大道である。
 
 (『池田大作全集』第137巻、160ページ)
 

語る功徳と聞く功徳

 法華経の随喜功徳品には、法華経を聞いて随喜する功徳の大きさが説かれている。有名な「五十展転」である。
 
 歓喜の信心に立ち上がった一人が、その喜びを友に伝え、その友がまた歓喜して別の友に教え、また次の人へと伝わり、やがて喜びの波動は五十人目に至る。
 
 この最後の人の功徳でさえ、無量無辺であると示されている。
 
 妙法を「語る功徳」「聞く功徳」が、いかに偉大であることか。その意味からも、教学試験の研鑽を通して、仏法を語り、教える人の功徳も、それを聞き、学ぶ人の功徳も、どれほど大きいか計り知れない。
 
 仕事や家庭など、多忙な生活の中で時間を工面しての学び合いである。どうか、その一分一秒に、大いなる随喜あれ、絶大なる福徳あれと願わずにはいられない。
 
 (『随筆 輝く民衆の大城』、50ページ)
 

御書研さんに励む友(2018年、香川で)
御書研さんに励む友(2018年、香川で)
合否を超えた勝利者

 合否を問わず、真剣に御書を学びぬいた人が「勝利者」です。また「広宣流布の宝」です。
 
 夏休みを返上して、受験する後輩の面倒をみてくれた先輩たちがいたことも、よく知っています。その労苦の汗は、どれほど尊いか。試験に合格しようがしまいが、これからが、青年の勝負です。縦横無尽に、一人でも多くの人に、大仏法を語りぬいてもらいたい。
 
 (『池田大作全集』第30巻、398ページ)

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