知中派の大物投資家、レイ・ダリオが恐れる中国の「100年に1度の大嵐」
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2023年3月、北京で開かれた中国発展フォーラムに出席した米ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者、レイ・ダリオ(Lintao Zhang/Getty Images)
中国の「失われた10年」に関する話は、市場も中国政府も普通はもう気に留めないだろう。だが、あのレイ・ダリオが、アジア最大の経済大国の「100年に1度の大嵐」を警告しているとなると、さすがに耳を傾けざるを得まい。 世界最大のヘッジファンド、米ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者で大富豪のダリオは、中国やその政策当局者らと長い付き合いがある。中国本土市場への進出を狙っていた彼は、長い時間をかけて中国政府関係者と親密な関係を築いてきた。
中国をあまりに熱烈に支持してきたため、米国では政治家から批判を浴びることもあったほどだ。ブリッジウォーターの内部でも数年前、中国をめぐる立場から、当時のデビッド・マコーミック最高経営責任者(CEO)とのあつれきが生じた。ちなみに、共和党員でジョージ・W・ブッシュ政権で財務次官を務めた経歴もあるマコーミックは、ペンシルベニア州から連邦上院選挙に再び立候補している。
長年、中国に入れ込んできた中国通にして巨額の資金を動かす投資家であるダリオ。その彼が中国経済の悲観的なシナリオに言及し、中国が1990年代の日本と同じ轍を踏むことに警鐘を鳴らすとき、それは注目に値する。ダリオはビジネスSNSの「LinkedIn(リンクトイン)」に投稿した5000ワードほどの論考で、米中の対立が事態をさらに悪化させかねないとも強調している。
「膨大な負債が積み上がり、貧富の格差が開くのと並行して、国内外で大きな権力闘争が生じ、自然界が激変し、テクノロジーの大きな変革が進むとき、『100年に1度の大嵐』が起こる可能性が高まる」とダリオは書く。
ここでダリオは、中国の習近平国家主席が2018年に示した認識を変奏している(編集注:同年10月の党中央委員会全体会議で、世界は「100年に1度の局面の大きな変化」に直面しているとの認識が示された。
習はこれ以前、以後にもこの言葉を用いている)。習は当時、中国は景気減速やドナルド・トランプ政権の米国との対立激化に直面していると認めていた。ただ、その後、中国の状況は急激に悪化した。 それは新型コロナウイルス禍の影響のためでもあれば、習政権の規制面での不手際のせいでもあった。たとえば2014年ごろ、習のもとで中国は透明性が高まり、外国の大手投資機関が活動しやすくなると信じていた外国の投資家は、いまはもう中国への熱が冷めてしまっているに違いない。
90年代日本のような「バランスシート不況」も懸念されている
また、中国のアリババ集団の華々しいニューヨーク上場に触発され、中国のテクノロジー部門に大きく賭けていた投資家にとって、習はかなり気の滅入る存在になっている。2020年後半のアリババ共同創業者ジャック・マーに対する処置をはじめ、中国共産党による取り締まりは、中国の大富豪の実業家たちに、本当に報告すべき相手は誰なのかを思い起こさせた。その相手は株主ではなかった。 中国のこうした状況、さらにはデフレの到来も踏まえて、ダリオは中国経済の将来を日本経済の過去と重ね合わせて見るようになっている。もちろん、そうしているのは彼に限らない。中国の不動産危機がもたらす衝撃は、日本がいまもなお払拭しきれていない不良債権問題と響き合う。 たしかに、日経平均株価は史上最高値を更新するなど絶好調だ。しかし日本経済は足踏み状態が続き、急速に進む人口高齢化や先進国で最大の公的債務といった問題も山積している。
日本銀行が25年におよぶゼロ金利からの脱却に苦慮してきたことを指摘するだけでいいだろう。日銀は3月、ようやく利上げプロセスに着手したが、世界の投資家からは嘲笑され、その後も円安が進んでいる。 日本の失われた数十年の背景に「バランスシート不況」(企業や家計が債務の返済を急いで投資や消費を抑える現象)があったように、ダリオやその一派が心配しているのも中国の債務の推移だ。ダリオは、中国はデレバレッジ(過剰債務の圧縮)を加速させると同時に、1990年代前半の日本よりも早い段階で利下げを行うべきだと主張する。
「私見では、これ(デレバレッジと利下げ)は2年前に行われるべきだった。もし行わなければ、おそらく、失われた10年につながってしまうだろう」(ダリオ) ダリオは、中国は本来はもっと広範な発展ニーズにリソースや関心、エネルギーを注ぐべきなのに、過剰な信用のためにそれがおろそかになっていると懸念する。
「負債が返済できないほど大きくなり、貧富の格差も広がると、(信用創造から購買力、繁栄へとつながる資本主義の)サイクルは逆回転し始める」と警告する。
習は米企業幹部を前に中国経済は「健全で持続可能」と大見得
とはいえ、中国が再び経済の好循環を生み出すのは容易だとはダリオも考えていない。「振り子が再び、毛沢東主義・マルクス主義的なやり方の方向に振れるのかは、誰にもわからない」とダリオは記す。
「障害となるのは、より直接に意思疎通を図るのは中国の指導部の伝統的なやり方ではないという点だ。そして、現在の中国はまさに、より伝統的なやり方に回帰しているので、幹部らが直接的なコミュニケーションをするのが難しいのは理解できる」 言うまでもなく、重要なのは、習がもっと将来を見据えたやり方に思い切って舵を切ることだ。習は国家主席に就いてから数カ月後の2013年秋、「資源配分で市場に決定的な役割を担わせる」と約束していた。
だが、実際はそうならなかった。 習はそれどころか、香港がかつてのように資本主義の中心地であり続けることすら許容しようとしない。これらは、習が先月、中国を訪問した米企業幹部らに与えてみせたような安心感と矛盾する。
中国詣でした米企業幹部は、アップルのティム・クック、ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマン、チャブのエバン・グリーンバーグ、フェデックスのラジ・サブラマニアム、ファイザーのアルバート・ブーラ、クアルコムのクリスティアーノ・アモンの各最高経営責任者(CEO)といった面々だ。
彼らは習から中国経済は「健全で持続可能」だと聞いたそうだ。なるほど、習のチームが中国経済の変革に本気で取り組めば、そのとおりになるかもしれない。中国政府も、改革の機運を取り戻し、100年に1度級の大嵐を避けるために、何が必要なのかはわかっているはずだ。政府がいますぐ、より切迫感をもって行動すれば、中国に賭けたのは間違っていなかったと世界のダリオも胸をなでおろせるだろう。
William Pesek