昨日今日明日

きのうを思い、きょうを実感し、あすに想いを馳せよう。
若年性或いは老人性痴呆症にならない為にもね?

ロンドンブリッジの歌

2007年11月28日 | Weblog
政治資金透明化、「全面公開」で与野党合意(朝日新聞) - goo ニュース

 ロンドンブリッジの歌というのは、どことなく哀愁を帯びていてとても良い曲想だと思います。それが、海を越えアメリカ大陸に渡ると、題名と歌詞が変わってダニー・ボーイとなりました。何世紀か後に日本に上陸した今日、悲惨にも『ダミー・ボーイ』或いは『ダメ・ボーイ』と名を変えるのだから、ロンドンブリッジの歌も何と堕落したことでありましょう。

 さて、日本国民が周知するところを忌憚なく述べれば、『ダミー・ボーイ』とはツネ公のダミーのことを言い、その印象はどこに目があるの?どこに耳があるの?どこに口があるの?と説明を求めたくなるほど没個性のさる方である。
 アメリカに何しに行ったかといえば、アーリントン墓地の墓参にはべったという報道しかされなかった不甲斐なさである。・・・・こんな人物に冠を被せるなどツネ公以外に考えた日本人は一人もいないだろう。そして、次のメニューでは、万里の長城を這って歩き、抗日記念館に四つんばいになり許しを請うスケジュールさえ組まれていないことを祈るのみである。これだから『熱烈歓迎Fu~tien』なんざんしょう。・・・古賀の再現である。

 ・・・で、『ダメ・ボーイ』とは何を言うかといえば、与野党ひっくるめてのアン・カウンタブルの日本の国会議員の総称ことである。・・・彼らは、官僚と悪質メディアの攻撃に何ら取る術もなく敗北した。・・・・国民の誰が、一円の領収書を数えることが国政を担うものの使命として付託したと思っているのか、名誉ある国会議員なら、党利を越えて、己が陣地を防衛すべく官僚と悪質メディアに対して反撃すべきではなかったのか?・・・その能無し振りを国際社会は大いに蔑むことであろう。

 外国の要人からは「一円議員とは切ないですのう」などと同情されるどころか、一円の足元を見られるのが関の山である。

 そうはいっても、まだ策はある。この際痛み分けで、『徹底的に官僚と悪質メディアに対して一円を押し付けられた怨念を晴らす』ことである。

 戦いにおいては、官僚の首をいくつ取って、何万票の世界であるよ。今は昔、『安倍晋三』さんが大きく見えます。