昨日今日明日

きのうを思い、きょうを実感し、あすに想いを馳せよう。
若年性或いは老人性痴呆症にならない為にもね?

楽しい産経抄

2007年04月30日 | Weblog
 『ハナミズキ』

 空を押し上げて 手を伸ばすきみ 五月のこと

 どうか 来てほしい 水際まで 来てほしい

 つぼみを あげよう 庭の ハナミズキ

 (以下平成19年4月29日付け産経抄より)

 通勤の道すがら、塀越しに見えるハナミズキの白い花が目を楽しませてくれる頃になった。サクラのような華やかさはないが、新緑の中にいかにもすがすがしく感じられる。ゴールデンウィークの到来を告げる花でもある。

 日本に昔からあった花に思えるが、実はアメリカ原産だ。初めて海を渡って来たのは、大正4年だった。明治の末、ワシントンのポトマック河畔にサクラを植える計画を知った東京市長の尾崎行雄が苗木を送った。その返礼として、ハナミズキ30本が日本にプレゼントされて来たのだ。

 当時の日本は日露戦争に勝ち、世界の列強の仲間入りをしていた。それまで日本の先生役だった米国としては、あまり面白くない。日米関係は少々ギクシャクしていた。それを繋ぎとめる役割を担ったのがサクラと米国人が好むこの花だったのである。

 そのハナミズキの季節に、安倍首相とブッシュ大統領との首脳会談が行われた。今の日米の間にもいささか不穏な空気が漂う。日本には、北朝鮮問題で米国が弱腰になっているのではとの疑念がある。米議会やマスコミは今更のように慰安婦問題を持ち出し、波風を立てる。

 だが、そんな日米関係を誰よりも気にしていたのは大統領だったようだ。安倍首相夫妻はホワイトハウスで異例の歓待を受けた。北朝鮮問題や慰安婦問題についても、記者会見を聞く限り「心配するな」と、日本に最大限の配慮をしているように感じられるからだ。

 日米は友好から戦争へ、そしてまた同盟へと実にさまざまな経験をして来た。その関係のありようが歴史を変えてきた。首脳ばかりでなく両国民もそのことを忘れてはなるまい。全国に広まったハナミズキの花がそう訴えているよう思える。

 ・・・・いや~これはもう『産経抄』殿も相当な入れ込みようですな。・・・ハナミズキに。私などこの記事のおかげで、ハナミズキの縁起を初めて知りました。結構この木は夏場のはしゃぎにも、排気ガスにも強いとみえて、街路樹としても植えられていて、全国的にハナミズキ街道とかハナミズキ道路とかいう地名にもなっていたりするのではないかと思います。


 ・・・で、歌い手であり作詞者の『ひととよう』さんは、祈りを込めてこのように締めくくっている。

 薄紅色の 可愛いきみのね 果てない夢が ちゃんと 終わりますように

 きみと好きな人が 百年 続きますように

 ぼくの我慢が いつか 実を結び 果てない波が ちゃんと 止まりますように

 きみと好きな人が 百年 続きますように

 ・・・・(仏教徒なら合掌だし、キリスト教徒ならアーメン)

昭和の日に敗戦の重みを偲ぶ

2007年04月29日 | Weblog
 玉音放送をどのように評価するかは人それぞれ色々あってしかるべきなんだと思う。

 玉音報送(昭和天皇が国民に終戦を宣告した報送)は、昭和史の最重要事項であるにも拘らず『学校教育で故意に教えなかった』のであるが、日本人のアイデンティティーが求められる昨今であるから、今日は一部を引用して、そのタブーに触れたいと思います。


 これは、現代人の国語能力減退を慮ってのことであるが、私なりの偏見を伴った解釈を試みるのでご承知願いたい。(この新たに制定された日本民族にとって重要な日に私は国旗を掲揚してその意味を咀嚼しようと努めたのである)


 敗戦の詔勅(終わりの一部分の意訳)

 帝国臣民にして、戦陣に死し、職域に殉じ非命に斃(たお)れたるもの及びその遺族に想いを致せば、五体が裂けてしまうほどである。

 また、戦傷を負い災禍を蒙り、家業を失いたる者の厚生に至っては朕の深く心を痛めるところである。

 思うに戦に負けた今後の帝国の受くべき苦難は真底尋常では無かろう。そう思うなんじ臣民の心の内も朕はよく分っている。

 然れども朕は、時運(時にあらずして戦争に負けた運命)のおもむく所に従い、『堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、もって(後の)万世のために太平を開かんと欲す』

 朕は、ここに国体を護持(結果として、日本国という名称は残ったのであるが、この時点で昭和天皇の国体というお言葉にどのような意が込められていたのか歴史家は回答を示すべきである)し得て、忠良なるなんじ臣民のまごうことなき大和心に信頼を託すとともに朕もなんじ臣民と共に在る。

 もし、(神国の敗戦を受け入れられず)感情のおもむくままに、いたずらに事を荒立て、或いは同胞同士いがみ合って、(敗戦という重大事を)見誤り、大道を誤り、信義を世界に失うような軽はずみな行動を起こすことあれば、朕はそれを最も戒めるものである。

 くれぐれも(戦争に負けたとはいえ)、一家子孫(国家と国民)が後世へ相伝へ我が神国の不滅を信じ、その任は重く道は遠いことを覚悟し、総力を将来の神国日本の建設に傾け、道義を篤くし志操をかためて、強い意志に誓って、国体(国の有りよう)の精華を発揚し、世界の進むべき道に後れをとることがないように期すべし、というのが朕の意であるから朕と一体となり、共にこの思いを共有致すべし。


 この日(昭和20年8月25日正午)が昭和の最も重大な日であったことは間違いない。

 この敗戦の詔勅で先帝『昭和天皇』は「我が皇国はその物量に勝る連合軍に物理的には確かに完封なきままに負けた、しかし、我が心根は間違っていたとも思えない」と言っていただきたかったと思います。・・・・勝ち目の無い戦争を敢えてしてしまったという観点でのみ戦争責任を問うのが日本国の作法であるにも拘らず、外国の脅しに載せられ、先祖供養のありようにまで手を突っ込まれている現状はあまりにも情けない。放置すれば奴等はケツ拭き方が悪いだの箸の持ち方が悪いなどと言ってくる。

 その原因は、敗戦を敗戦と自覚できないまま、GHQの占領政策を無批判にというより、積極的に受け入れてしまった精神的純粋さにあると思うのだが、日本を正常化するためには、渡辺昇一先生の戦後史公開講座(月刊WiLL)でも聴講して、一刻も早い日本精神正常化が望まれていると思います。

クイズあるある大辞典プレス版

2007年04月28日 | Weblog
死刑の6割が中国で執行…33年連続で世界1位(読売新聞) - goo ニュース

 この記事もまた、日頃のご贔屓筋=『お中国様』を多分にお庇いした記事に違いない。

 共同通信社が発表した世界の処刑者の総数を1591人と見積もったときに、中共における1010人の処刑者の割合は、1010/1591=63.48%ということになり、この記事の表題はまあ正しいと言える。

 しかし、実際に中共において執行された死刑者の人数は8000人ともなれば、8000/(8000+1591-1010)=8000/8581=93.23%という恐るべきパーセンテージとなる。
 1000人処刑されれば932人が中共が執行した死刑である。(このアムネスティ・インターナショナルの発表した数字がどれ程信頼できるか分らないが)この93.23%という処刑率の高さは、恐ろしく高い数字である。安易な処刑と臓器移植に背筋が凍る思いがします。

 さらに、統計に載らない北朝鮮でどれ程の死刑が執行されているか知る由もないのであるが、相当の数になるだろうことは想像に難くない。察するところ、中共・北朝鮮で、世界中で執行される死刑のパーセンテージの99.99%にもなるかもしれない。

 これらの独裁恐怖国家においては、『死刑執行』など三度の飯を食うくらいの軽さなんだろうと思います。

 日本のマスコミも中共を恐れるあまり、真実の報道から目を逸らせてはいけません。

  いっそのこと、中共は世界に向かって「世界的死刑執行業務代行」の看板を高々と揚げたらどんなもんだろう?。・・・そうすれば世界中の凶悪犯罪者がキンタマを縮み上がらせて「中共送りだけは堪忍して!」と、殺人などの重犯罪の抑止力となること請け合いだろう。・・・・これが中共のならず者としての『真っ当な』存在価値なんでしょうよ。

 しかし、こういう国で、2008年に平和の祭典オリンピックが開催されるなど、どう見ても『性質の悪い冗談』としか言いようはない。・・・・国際社会が団結してボイコットという手もあろうものを!。

この郷愁は某紙不読をもって消滅させよ

2007年04月27日 | Weblog
「不当判決なぜだ」原告、拳振り上げ抗議 強制連行訴訟(朝日新聞) - goo ニュース

 日本国の最高裁判所よ、誠に真っ当な『判決』を公私混同しかできない輩に下してくれて有難う。・・・・私などこの判決に純粋な日本人として酔いしれたいと思います。

 渡辺昇一先生の定義なさった『敗戦利得者』に対する主権国家の確かな『日本国の存続宣言』である。

 後は、あまりにもしつこい敗戦利得者に対して、お人よし日本政府が所謂『政治判断』で靖国神社のお賽銭のごく一部を、この乞食夢遊病者たる強制連行被害者に恵んでやればよいことである。(靖国神社にはものの喩えとして失礼であることは承知であるが、私の身内も実のところ先の大戦で散り、海の藻屑となって、その国を思う魂は靖国神社のお世話になっている)

 最近では、この敗戦利得者=朝日姫とその一党に対する理論矛盾も益々露呈し、とても馬鹿には付き合え切れないという風潮が主流となってきたことは、日本人が幾許かの思考力を持っている限り当然のことである。
 したがって、敗戦利得者の自己矛盾による滅亡への確固たる道筋=昨日より今日、今日より明日への明るい展望が開けたことは誠に喜ばしいことである。

 亡国メディアとその愛読者にとって、次の移住先、中共であろうが朝鮮であろうがユートピアを探すことが急務となろう。
 
こういう輩には一刻も早く日本本土を離れて彼らの理想郷に近づくことを願って止まない。

日教組の代理人こそ無用の長物

2007年04月27日 | Weblog
道徳教育、教科で教えるべきでない…中教審会長が発言(読売新聞) - goo ニュース

 全くふざけた野郎だぜこの中教審会長という御仁は。

 学校教育に道徳は不要ですと・・・すると何か・・・学校は道徳を教えてはならないところなのかい?!。

 Oh My Goo!(=何というたわごとか)。教育改革が何のために叫ばれ、何をすべきか、全く理解できないアホぶりに呆れよう。自分の立場は『日教組のポチ』そのものですと、『日本国民という愚民』たちに宣言したつもりか?!。・・・・教育改革を成功させるには最初にこやつを処分しなければならないだろう。

 教育改革が叫ばれる中、日狂祖なる敵を内に抱えて何が改革なのかさっぱり分からない。公教育の癌細胞に養分を与えるのが教育改革かい?。

えっ!自民議員が拉致捜査妨害だって!?

2007年04月26日 | Weblog
 今月もWiLLを買ってまいりました。

 何と興味深い記事が載っていることやら。217ページに『自民議員が拉致捜査妨害』と書かれているのだが、その人は一体誰なのか?是非知りたい。

 ヒント:北海道出身の渡辺秀子さん殺害と二人の子供拉致事件で、総連が関与してていたと警察は見ていたのだが、何故30年も前の事件をそのとき捜査できなかったといえば、大物政治家が圧力をかけ、関係者の逮捕や家宅捜査に踏み切ろうとした警察に対し、捜査の中止と解散を命じたという。この捜査妨害をした自民党の大物政治家とは、一体誰だったのか?。

 格好の与党に対する攻撃ネタなんだろうけれど、悲しいかな野党は更に朝鮮ボケしていて、所詮使い物にはならないのだ。

 ところで、朝鮮総連のために『拉致』さえ奨励したのではと疑われる自民党の国賊政治家とは一体誰なんだろう。教えてもらいたいものだ。

 日本の国会議員が北朝鮮による日本人拉致を幇助したなんて言うんじゃ・・・拉致被害者と家族は言うに及ばず、日本国民は浮かばれませんぞ!。

問答無用で殺されたい人はこの指とまれ

2007年04月26日 | Weblog
「九条の会」が全国で急増、国民投票法案で危機感高まり(朝日新聞) - goo ニュース

 このくらい簡単明瞭な日本語で表現しないとゴキブリノーベル傷主催の、老いらくの茶のみ友達による『窮状を守る会』の本質は見えてこない。

 第二次世界大戦で広島や長崎に人体実験のための原爆や水爆を投下し、挙句の果てに東京を絨毯爆撃して日本人を虫けらが如く殺戮した国の青年たちが、我々『被差別黄色人種』たる日本人をその若き血を持って守ってくれるとでも思っているのか?・・・・(本気でそう考えているなら本当の馬鹿としか言い様はない)

 ならば、お中国様にお縋りしてなどというのがこのメディアの主張なんだろうけれども、尊敬する毛沢東皇帝など、7千万もの『被征服民』たる『漢民族』を容赦なく殺戮したのである。チベット人など現在でも、中共軍にとってほとんど射撃訓練の標的でしかなかったという残酷な報道がなされたばかりである。

 ・・・・毛沢東の後継者たる胡錦濤などその『皇帝』の権威を高めるために、更なる殺戮記録の更新が喉から手が出るほど欲しいのだ。・・・・それでは、誰を大量虐殺すれば中共皇帝の面子が保たれるかと言えば、『その昔、日帝のお陰で生き延びた先帝の恩も忘れて、日本人一億二千万を根こそぎ殺してしまえば、当分破られない記録になるだろう』ということだけが、彼らの誇る殺戮の記録への挑戦であろうと推察される。

 この中共の野望を阻止するには、日本が占領下において強制された朝日と並ぶ悪の根源『GHQ憲法』を廃棄して日本人自らが戦うしか救われる道はないということである。日本男児は日本女性をZhongcoroの強姦から守る意思を持て!。

 最近の日本人の自殺願望も、「馬鹿あさちゃんとけんぼう」の功績に負うところが大であるが、自殺する予定のある向きは、あさちゃん主催の『窮状の会』に参加なされるのが宜しかろう。意志の赴くままどこへ行こうと本人の勝手なのが今の日本国なんだから。 

Lo mas importante

2007年04月25日 | Weblog
全国学力テスト、名前書かず提出 芦屋(神戸新聞) - goo ニュース
 私は最近歳のせいか、今朝食べた朝食のメニューを思い出すのはとても苦労するのであるが、青春の日々の記憶はとても簡単である。

 実のところその青春の日々に私は在日朝鮮人の女性とできることなら結婚したいと思ったこともある。・・・で、その方の住まいが神戸の芦屋で、在日のご両親は戦後の成功者であったのだろうと思う。私などより余程裕福な暮らしぶりであったことを記憶している。(日本人にも在日朝鮮人にも行儀と節操があった)・・・・当時は、お互いに、今日のように生粋の日本人であるか在日であるかということに神経を尖らせることもなく自然にお付き合いできたことは、今となっては懐かしい思い出である。あの頃は、お互いの自意識過剰が災いするいがみ合いはなかったのである。

 その頃、学んだ言語はこのようなものであった。

 Besa me besa me mucho
 Como si fuera esta noche la ultima vez
 Besa me besa me muco que tengo miedo de perder te perder te despues

 ねえ あんた もっと キスしてよ 

 今夜が ほんとに これっきりの 夜みたいに

 ねえ もっと キスして だって もう これっきり あんたが
 
いなくなっちゃうのが 心配なんだからさ~・・・・

 まあ~ 本来のこの歌詞の主役は男性なんだろうけど、今風のあばずれ女の身にすればこんな恋の別れを惜しむ詩なんだろうと思う。・・・・しかし、いくら察してもエスパ二ア人にはなれない。

 多くの言語を操れる歌手は、こういうインターナショナルな歌を、幾つもの言語に置き換えて歌ってもらえないものだろうか。・・・・それが、インターナショナル・ミューチュアル・アンダースタンディングの第一歩となること請け合いである。

 第一番バッターは『ひととよう』さんあたりをマジで指名したいと思います。


 ところで、この記事についての感想であるが、あまりの秘密主義に徹することはろくな社会しか現出しないと思う。ソ連崩壊に際して、当時のゴルバチョフ書記長が暗殺の悪夢から何故身を守れたかといえば、西側メディアに対して徹底的に情報開示し、自らをメディアに晒したからに他ならない。
 
 ところが、日本の不当利得者は自分が身を隠せば近い将来必ず出現するであろう暗殺者から(うまくやって金をせしめた)自分の身が守れるとタカを括っているのかも知れないが、そんな個人情報は人知れず闇に流通すること必定であるからして、プライバシー保護法により、一万倍も危険な状況を自ら作り出したといえる。

 どこまで行っても、日本の官僚はケツの穴が狭く愚かなのだ。・・・身内に犠牲者の山ができてからゆっくり対処したまえ!。

日本の銃社会

2007年04月24日 | Weblog
 私は最近自己顕示欲が強くなったのであろうか!?。・・・歳はとりたくはないのであるが、時間は一方的に前へ前へと進むのが宿命であるのだ。

 毎度の価値観を毎度の如く反復するのであるが、GHQ押し付け憲法は自国が自国を防衛することすら良しとしない。世界は日本が希求する限り永遠に日本人にとって平和なのだ。・・・・当初、軍事的に絶対的な力を誇っていた、核による日本人を人体実験したアメリカ合衆国はその絶大的権限で、「我が絶対的僕(しもべ)である限りは、お前らから搾取するだけするが、その代償として命の保証だけはしてやろうという被征服宣誓書なる『日本国憲法』を国内の共産主義者と合作して、日本人が創作したものとして、国民に真相を知らせることなく発布したのである。・・・それが証拠に、日本共産党などはピーヒャラ、ピーヒャラとちび丸子ちゃんそこのけの踊りを踊り、占領軍を解放軍などと囃し立てたと聞き及んでいる。日本人も現在ほどに腑抜けであったなら、占領軍を敢えて『進駐軍』などと紛らわしく表現することはなかったろう。

 戦後の占領政策は、日本人のこの負け犬であるが負け犬と自覚できなかった心の隙(これを日本人的プライドという)に見事につけ込まれた敗戦処理だったという認識を持って、その後の占領政策が再評価されないと日本人は何時までたっても『浮き草』(侘びぬれば 身も浮き草の 根も絶えて 誘い水あらば ゐなむとぞ思ふ)このような情けない自ら自暴自棄になり買って出た『亡国の宿命』から逃れることはできないだろうと思います。

 最近、拳銃などの禁制品密輸がどの程度のスケールで行われているのか知る由もないのであるが、報道によれば、その汚染範囲は既に、所謂『暴力団』関係者だけではなく一般市民にも及んでいるらしい。

 それも、考えれば当然のことである。『日本国憲法』が国権を以って自国民の生命を保障しないとなれば、国民は自己責任で自己の生命を守るしか手はないのである(これが社民党あたりの自己防衛の原則なんだろう)。
 枝葉の武器拡散に血眼を挙げて取り締まるのは当然であるが、何が国民をそういう方向に走らせるかと言えば、国権を以って国民の生命財産を保障しない(安全保障が外国の援助が前提)とする占領憲法を即刻廃棄しないことには、一触内乱発生とどまるところを知らず。・・・・というような世界の笑いものとなる惨事が待ち受けていると覚悟すべきだと思う。・・・・そういう、事態を工作しながら首を長くして漁夫の利を待っているのが、言わずと知れた中共ということになろうか。

健常者と夢遊病者との乖離

2007年04月24日 | Weblog
43年ぶり全国学力テスト 233万人いっせい“診断”(産経新聞) - goo ニュース

 ま~言うのもなんだが、この産経新聞の記事が健常者の価値観としよう。・・・で、この健常者の価値観からどれ程乖離(ボケ封じの数学講座の主要テーマでもあるのですが、日々の雑感に暇なく、遅々としているので、この概念は辞書で調べて欲しい)しているかの指標が現在の日本国の病理の深さなのである。

 ここに、日教組落第組としか例えようもない常識から左方向に途轍もなく乖離した所謂『社説』があるので、書き取っておきたいと思います。実のところ私は私の価値観を我が息子に示しておきたいという焦燥に駆られる昨今であるのだ。(中部地方某紙の社説を以下写し取っておくこととする)

 全国学力テスト

 文部科学省の全国学力テストが24日に行われるが、学校や地域の間で過剰な競争や序列化につながらないか心配が伴う。同時に民間に委託する個人情報の保護には徹底を期して欲しい。

 小学六年生と中学三年生の全員約240万人が対象だ。文科省が市区町村教委の協力を得て、国語、算数・数学のテストと生活習慣・学習環境の調査を行う。

 全員対象の全国学力テストは43年ぶりだ。1960年代にはテスト対策用の補習や競争過熱化の問題を生じさせたため、66年に廃止された経過がある。

 今回は2003年の国際学力調査で読解力低下が指摘され、授業時間や教科書内容を減らした「ゆとり教育」が原因だとする学力低下批判が起きたことがきっかけとなった。

 同省は、全国的に学力や学習状況をきめ細かく把握し、各校や各地域ごとに教育の検証と改善を図るためというが、過去の過ちを繰り返さないようにして欲しい。

 主体的な教育には各校、各地域が自前の副教材やテストを使って理解度や学力を把握し、指導に生かすことが望ましい。少人数学級で「自ら学ぶ力」を培う独自教育を進めている愛知県犬山市は、今回のテストでは目指す学力を測れないとして国公立では唯一参加しない。私学の4割も必要性がないと不参加だ。全員参加型でなくても抽出調査で十分傾向は分る。

 05年に全国の高校三年生に無作為抽出で行われた学力テストの結果が最近公表された。今の「ゆとり教育」の学習指導要領下では初めての調査だ。前回調査と比べて学力改善の兆しがみられ、数学などでは学力に二極化が認められた。学力低下批判に再考を促す内容だった。
 
 今回の結果はどう使われるか。安倍晋三首相はバウチャー制度の導入を目指していることから、テスト結果が学校選択の基礎資料に利用され懸念がある。

 文科省は国全体と都道府県単位までの公表にとどめるが、市区町村や学校は自主判断で公表できるという。同省の専門家検討会議は「序列化や過度の競争を煽らないような取り組みが必要」と釘をさしている。各教委や各校はランク付けに目を奪われず、それぞれの課題の改善につなげていくことが大切だ。
 
 学力テストと同時に児童生徒のプライバシーに関する質問調査も行う。これもどう使われるか。両調査の集計・分析を民間2社に委託しているが、個人情報の漏洩や目的外使用があってはならないのは当然だ。(以上全文引用)


 とにかく、某紙に忠告したいのであるが、社説なる最重要記事を独身オールドミスの左旋回著しいお馬鹿さんに書かせた上にろくな検閲もせずに記事とすべきでないんじゃあ~りませんか!。・・・・名古屋の偏屈人種が読む新聞であるからして、この程度の記事でも『お客さん』は満足するのかも知れないが、静岡県民の鑑賞にはとても堪えないのだよ。行き遅れのはみ出し日教組のオバちゃんよ!。「ああ~~ いやじゃ、いやじゃ」。

やっぱり全体主義創価帝国強し

2007年04月23日 | Weblog
公明、統一選1724人全員当選 くじ引きでも「執念」(朝日新聞) - goo ニュース

 今は昔、小泉純一郎氏が靖国神社を参拝した際、ヒットラーの墓参りに行ったと騒ぎ立てた朝鮮人もいたが、20世紀の殺戮皇帝毛沢東を師と仰ぐ全体主義政党の強いこと、奴等こそ文化大革命=人間革命と読み替えているに過ぎないのでは?・・・・そうじゃござんせんか在日皇帝様。

 在日教が、かくなる成果を挙げているのだから、『日本神道』も60年の惰眠から冷めて、在日朝鮮人の大和侵略を断固阻止せねばなるまいて!。・・・・
 

行く春を丹波の人と惜しみける

2007年04月22日 | Weblog
 行く春を近江の人と惜しみける・・・これは松尾芭蕉三部作の猿蓑のうちの有名な一句である。

 ときあたかも桜も散りなむという時節に、わが師『芭蕉先生』時に御歳、五十路ばかりであったろうか、愛弟子の『去来』を伴い滋賀唐津より遊覧船に風雅を楽しむ旦那衆と共に湖上に漕ぎ出し読んだ句とされる。

 時節柄、琵琶湖は春霞にむせび、何も見えないのだから、興ざめだったにも拘らず、丹波の人を酒の肴としたのだ。・・・・この船に無粋な丹波の住人が乗り組んでいたら、京風の風雅は味わえなかっただろうよ・・・そうは思わないか愛弟子『去来よ!?』と仰せになった。去来も、『幽玄』に生きた西行様なら、きっと霧の彼方に散りゆく桜の哀れさを心眼で捉えられたことでありましょう・・・・我が師よ誠に以って風雅とは左様なものに御座れば、現実主義者の丹波の人が乗り会っていなくてよう御座りましたな!。・・・・と、当時の文化人もまた田舎者に対しては排他的であった。文化人なりの度量の狭さがあったのだ。

 これでは、丹波の人が余りにも哀れであるから、私なりの同情にあふれた解説をしよう。

 実は松尾芭蕉先生、酒が大好きであった。丹波と言えば杜氏の故郷である。彼らの酒造りの技のお陰で、京都伏見などは酒造りの里として今日に至るまで、日本国中に名を馳せたのである。そして、酒造りは冬場に仕込まれて、その仕事を終えた丹波の杜氏が琵琶湖周辺で、これからの農作業(稲作り)を前に、体を休め琵琶湖周辺に身を寄せていた。

 彼らには、行く春を惜しむというよりこれからの米作りへの意欲に満ちあふれていて当然である。それを、不労所得階級は『無粋』と表現することが当時の文化人のたしなみだったのである。・・・・この解説は、不肖『songzhao』の曲解であるからして、受験生に参考にしてもらったら困ります。

 静岡の鄙びた里村の酒好き人が思ふやふ、『行く春を丹波の人と惜しみける』・・・・伏見稲荷の雀の串焼きを食いてえよう~!。

日本人が少しでも『お利口』になるために

2007年04月22日 | Weblog
 日本人よ!少しでも「をりかふ」になれという意が込められた報道を積極的に取り上げるのが善良な国民の義務でもある。今日のネタは平成19年4月22日産経サイトより引用させて頂く。

 日本批判ダメ! 会談「成功」へメディア統制あった。

 日本批判を抑制せよ! 中国共産党の高官らが、日中戦争に関する報道について「中日関係の大局を妨げてはならない」として、日本批判の抑制をメディアに指示していたことが明らかになった。米国で発行される中国紙「多維時報」(電子版)が20日伝えた。

 中国国内では、4月の温家宝首相の訪日に向けて公式メディアの対日論調が大幅に軟化していた。この動きについて、カセイレン氏ら米国在住の中国知識人は、中国の対日世論が改善、悪化のいずれでも当局の都合次第で操作されると指摘していたが、多維時報の報道はこの指摘を裏付けたかたちだ。

 多維時報は今年1月12日に北京で開かれた出版・報道管制に関する中国の党・政府連絡会議の非公開議事録を報じた。この会議には、世論工作を統括する劉雲山共産党宣伝部長らが出席した。議事録は報道管制の重点項目を具体的指示した内容。秘密保持のため、内容伝達の範囲を限定する指示が議事録に付記されている。
 
 重点項目を伝達した党宣伝部の李東生副部長らは、外国関係の報道について「メディアが勝手に他国の内政を批判してはならない」と指摘。対日関係については盧溝橋事件(1937年7月)南京事件(同年12月)の70周年報道を挙げた上で、「宣伝は現実に奉仕するとの原則を堅持せよ」と語った。

 これは、対日関係の改善を決断した外交路線にメディアを従わせる一方、報道関係者が当局のガイドラインを超えて独自に安倍晋三政権などを論評することを規制する方針を示したものだ。

 日中関係は昨年10月、安倍首相が就任後初の外遊先として中国を訪問したのをきっかけに、表向きは一気に好転した。それ以前の日中関係は非常に厳しい状況にあった。2005年春には中国各地で激しい反日デモが繰り広げられ、北京の日本大使館が群集に取り囲まれ、投石を受けたこともあった。中国が特に反発したのは小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝。中国はこれを厳しく批判、日中関係悪化の責任を日本側に押し付けた。

 だが、中国も対日関係の改善を求めていた。環境保護や省エネ分野で日本側の技術協力を必要としているからだ。そんな中国にとって安倍首相の訪中は関係改善のチャンスとなった。中国が対日批判を抑制する方針を決めたのは、安倍首相の訪中で生まれた日中関係改善の流れを定着させるために他ならない。(ワシントン 山本秀也)以上全文引用


 この記事は日本人の知る権利に応えるものだと思います。今後ともこういう視点で中国報道を行っていただきたい。

 やっぱり、中共の占領下においては搾取される人民の世論さえが当局の、その場その場の『都合』で強制的に煽られたり鎮められたりしているに過ぎないことが良く分かる。その悪質な中共劇を観劇して、オタオタしているのが日本なのだ。

 NHKや朝日共同などが中共の報道統制に屈して「小泉首相の靖国神社参拝で破壊された日中関係」といつも中国ニュースの枕詞にしていたのは反吐が出るほど不愉快であったが、彼らは既に中国共産党の僕であるのだ。・・・・それでいて、日本政府が少しでも『教育的指導』を行おうとすれば「官憲による報道統制」などとわめき立てるのであるが、『中共の報道統制に屈している現実』を日本国民にどういう風に弁明するんだい!?。

インチキメディアが何を言うのか!

2007年04月21日 | Weblog
「同胞」の事件に衝撃 駐米韓国大使、「断食」呼びかけ(朝日新聞) - goo ニュース

 低俗国家の住民が、32日ばかりの断食で身の潔白がはらされると考えるのは、一応世界各国の対南朝鮮への風評を気にした一抹の『しをらしさ』を表現しようという仕種(しぐさ)とはいえ、アメリカ合衆国はその程度の『謝罪』では決して納得しまい。例の犯罪人は南朝鮮流の表現様式を踏襲したとは云え、ヒットラー気取りでアメリカ合衆国市民を処刑したのである。ここで南朝鮮の偏屈な虚勢(=居直り)はかつての「リメンバー・パールハーバー」を彷彿させるに足るのである。

 その昔、・・・つい最近までであるが、日本人の誇りを満喫したにも拘らず、南朝鮮民族は余程学習能力が無いと見える。・・・哀れなり朝鮮人!。

 というのも、アメリカ合州国にまるで関係無い『朝鮮半島発従軍慰安婦問題』でさえ、中韓のロビー活動のお陰で可決される勢いである。・・・そして、想像してみたまえ、アメリカ本土においてアメリカ市民が南朝鮮人にホロコーストされたという結論に至った時、どのような事態になるかということを。・・・

 今回の事件が、いかに加害者が『精神異常?』であったにせよ『平時において、ナチスのホロコーストまがいのお作法で、それこそ丸腰のアメリカン・カウボーイを殺害したのだ』。・・・・まあ、それに対して、さしもの左巻きノムタン(=このような表現をしたらサッチーに失礼か?)が遺憾の意を表明したのは当然のことであるが、たとえそれが精神障害を患っていたとしても、自国民の極悪犯罪を『アメリカ合衆国の銃社会』が齎した犯罪であると居直って憚らないというのが南朝鮮の民族性であることが暴露されつつある。

 実際に、32日の断食を提唱し、おそらく実行している在米中韓大使に向かって、『奴は国賊!』という南朝鮮の世論が大勢を占めているという偏向屈曲した現実を報道しないのも、第三者の立場にある日本の立場として、余りにも同盟国アメリカ合衆国に対して失礼である。

 こういう点で、日本のマスコミが本来の使命を果たせば、自ずと従軍慰安婦問題の本質が日本国民の目に見えてくるはずなのに、あくまでも購読料を日本人に払わせ朝鮮人のための報道に余念のないメディアは必ず日本社会から駆逐されるであろう。

世界が教育勅語を世界遺産としたあの頃

2007年04月20日 | Weblog
 押し付け憲法を『世界遺産にしよう』などと、とんでもない白昼夢を夢見るお笑い芸人が出現したりして「馬鹿日本ここにあり」と世界中のお笑いに晒されている今日の日本民族の哀れぶりは一日本民族としてとても情けないと思っている昨今であるが、日本が真の教育立国であった時代には『教育勅語は世界の教育規範』として羨望されていた。

 ・・・などと言えば冗談ではないかという向きも多かろうが、それほどに『教育勅語』は世界中から評価されていたのである。

 日本の教育について以下の文章を味わってもらいたいと思います。

 教育勅語と修身教科書、国語教科書の登場で、二十世紀の日本の教育は充実し、日本人の品格も見事に完成しました。
 この成功は単に日本だけに留まらず、全世界の教育学者と為政者の賞賛を浴びることになりました。

 明治四十年二月十四日、英国の招聘で、ロンドン大学において「教育勅語」の講演会が盛大に開催されました。日本の国の始まりから教育勅語の完成に至るまで、二十五回にわたっての講議を、英訳の教育勅語を配布して、文部省の菊池大麓(きくちだいろく)氏が担当しました。膨大な英文講演記録がロンドン大学に保管されてています。

 明治四十一年九月二十五日~二十九日、第一回世界道徳教育会議がロンドンで開催されました。当時の世界三十ヶ国の文部大臣と学者など、参加百九十二団体という史上空前の大盛況でした。この会議で注目の的になったのは日本の修身教科書と教育勅語でした。文部省は、修身教科書と掛図、英訳・独訳・仏訳の教育勅語を持参しましたが要望に応じきれず、後日、日本から発送する騒ぎとなりました。日本政府を代表して、北条時敬氏が教科書の内容に言及する演説を行いました。(以上、品格ある日本人を育てた小学国語読本 あすか会教育研究所長 小池松次編より)

 かつて我が父祖たちは右も左も分らずに、開国・明治維新を見事克服し、四十年足らずで世界中から「教育立国日本」という評価を受けたのだ。素晴らしい明治一代記であったことか。

 それにひきかえ、今のお粗末さには目を覆いたくなる。「GHQが日本人に成りすまして書いた被征服民のための日本国憲法を世界遺産に!」などと、へそで茶を沸かすような悪い冗談が真剣に語られ、それに喝采する被征服日本人も結構いるのだから、『日本人ここに極まれり』と外国から馬鹿にされ、いいようにカモられるのが今日の日本の生業となっているのである。

 『敗戦ショックで喪失した我が栄光の記憶を取り戻そう!』