昨日今日明日

きのうを思い、きょうを実感し、あすに想いを馳せよう。
若年性或いは老人性痴呆症にならない為にもね?

Cuando Caliente SHIZUOKA#83

2007年11月02日 | Weblog
 このコーナーも随分と間が空いてしまった。

 今日の話題は静岡新聞『ひろば欄』より頂くこととします。

 牧之原市の現役の教師の方の投稿であることに注目したい。・・・これが静岡の県人力なんだろう。

 全国学力調査公開幅拡大を

 10月25日付朝刊に全国学力調査の結果の記事があった。しかし、その発表内容は既に現場の教師が日々の教育活動の中で感じていることばかりで、新しい知見は全くなかった。これらの調査結果の詳細は文科省が独占して文科省の都合の良いように使われてしまいそうだ。
 私たちも具体的なデータを知る権利はあるのではないだろうか。学校の序列化が進むということが公開しない理由らしいが、それが起こらないような工夫をすればもっと公開の幅を拡大することができるはずだ。
 例えば、学校名は出さずに、都市部と僻地の学校の比較、(市町村別では意味がない)、大規模校と小規模校の比較、15人以下の少人数学級と25人程度の少人数学級と35人以上の大学級との比較。地域ごとの塾通学率と学力の相関、一人当たりの正規教職員の人数と学力の関係など、さまざまな情報が得られるはずだ。そして、そこに現れた現実的な問題を教育行政に生かしていくことが実施者の責任だと思う。
 この調査には、準備段階から数えると100億円ほどの経費が使われたという。それが有効に使われないのなら、税金の無駄遣いだ。また、この程度の調査なら善学校で行う必要もないだろう。(全文を引用)

 
 最近思うことは、日本の教育水準が国際基準からしてどの程度の位置にあるのかということも非常に興味をもたれることである。・・・・一般的には、知識の羅列に対してはそこそこであるが、応用能力に著しく劣るなどと昔から指摘されているのであるが、ゆとり教育でその辺のところに進展があったのであろうか。直近の中高生対象の数学オリンピックなどにおいても、中国、韓国やベトナムの後塵を拝しているという現実がある。

 天然資源に恵まれないわが国は教育こそ資源「教育立国」という明治魂が今こそ見直されるべきではないだろうか。努力もせずに「漠然と日本人は優秀」と逆上せ上がっていたのでは、日本に明日はなかろう。

 文部科学省もせめてアジアの教育後進国にならないように必要なデータを積極的に開示すべきであるし、それに応える日本人の理性も残っていよう。だから、好ましくない現実ほど優先的に国民に知らしめるべきではないのか。