安らぎと戒め

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幼き日 溺れかけたる記憶ありて

2012年05月14日 14時23分03秒 | 日記
 
幼き日溺れかけたる記憶ありて水神淵は今なほ碧し

 94歳で逝った母の歌集「冬の川」に収録された歌の一首
 先日帰省した時、途中で国道10号から西に曲がり、川を渡って隣村に入った  そこから川沿いに北上すれば、間もなく水神淵が見える
 水神淵は、私が子供の頃は、泳ぎが上手な子供だけが遊べる深く、碧い淵だった  しかし、約40年ぶりに見る淵は水が少なく、当時と
 は様変わりしていた

 大分県の寒村に生まれた私は、山と川、田畑で遊んで育った
 水田に水を引く水路の幹線は、幅が2メートル余り、深さは1.5メートル弱だっただろうか  生家は農閑期に母と祖父が和紙を漉いてい
 たので、水路の幹線沿いに楮を煮るための大きな窯があった  窯で楮を煮るときには、楮の上のほうに薩摩芋を乗せておくと、美味しい
 薩摩芋の煮ものができる   子供には楮炊きは楽しみだったので、良い遊び場所だった
 5歳のころだったと思うが、家族がいないときに窯のそばで遊んでいた私は、水路に落ちた  泳ぎができなかった私は、隣の集落まで流
 され、偶然に水路の擁壁に手がかかって助かった

 集落の一角にある防火用貯水池の上に、取替用の電信柱が橋のように架けられていた  この電信柱を歩いて渡ろうと子供仲間で話し合
 った  小学校の3年生で、泳ぎが得意ではない私が、最初に渡り始めた  しかし、直ぐに池に転落した  濁った水の中で溺れかけてい
 ると、眼前にぼんやりと竹が見えた  4年生の先輩が差し出してくれた竹のお蔭で、私は助かった   その先輩は、70歳を超えた今も遠
 隔の地で健在だ

 台風の翌朝、氾濫している川の堤防で、私は芋虫を2~3匹針金に串刺しにして丸め、テグスに結んで蟹を釣っているうちに濁流に転落し
 た  隣の集落まで流された所で、偶然に堤防近くにある河川敷竹林の竹に手が届き、これを掴んで助かった

 このように私は、子供の頃三回水死を免れた  勿論、このことは家族の知るところではない
 ところが、後年、私の誕生後二か月で出征した父は、3年後にマリアナ群島沖方面で輸送船が沈没して戦死したと知った 
 また、平成元年に刊行した母の歌集で、母も田舎の深く碧い淵で溺れかけたことを知った
 母の和歌を読んで、これらのことを思い出しながら水神淵の岸を歩いた 

    幼き日
     溺れかけたる
      記憶ありて
       水神淵は今なほ碧し

    2012年5月14日                                   風  太郎










 

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