山村の集落に茶工場を設立し、地域の生産者などから感謝されていた先輩の奥様が腰痛で苦しんでいることを知ったので、
自宅から車で4時間近くかけて、力仕事の手伝いに行った ところが、先輩は「今年で茶工場をやめる」と言う
生まれ故郷の集落は山村の過疎地で、生産者は生葉を加工するためには1時間半かけて茶工場のある町まで運ばなけれ
ばならなかった 先輩は退職後に故郷に茶工場をつくり、毎年茶の生産時期に奥様と二人で自宅から車で2時間半かけて
茶工場に出かけ、2週間ほど泊まり込んで生葉の加工をしてきた
24年間続けてきた茶工場を、80歳を迎えた今年を最後に閉鎖するそうだ 地域の方から継続の要望があるそうだが、
先輩の意志は強かった 80歳の高齢と奥様の腰痛などの症状をみれば、先輩の「潮時だ」という言葉に「お疲れ様でした」
とのねぎらいと、故郷の人たちのために、ほとんどボランティアで茶工場を経営してきた先輩に対し「良いことをされましたね」
と賞賛の言葉を贈ることが私にできることだと思った
それにしても、先輩の茶工場が閉鎖される直前に茶工場に立ち寄ることができたことは有り難かった
その後、たまたま通りかかった私の中学時代の友人が経営するラーメン屋に立ち寄った
彼は、「良い日に来た 今月末で閉店する」
奇しくも、先輩と友人が今月で茶工場とラーメン店を閉鎖する そして、閉鎖の直前に私は二人の職場を訪れることがで
きた 有り難い 友人は、私と同じく隣県の出身で、中学校の同窓だった 現在地でラーメン店を34年間経営したそうだ
私は昭和42年に就職のため一人で来県した 友人とは20年前に連絡が取れ、その後彼の店で時々「生まれ故郷の田舎
弁」で雑談を楽しんだものだ
明日は、田舎の高等学校同窓会のため大分に帰省する 「古稀同窓会」と名付けた幹事から確認の電話をいただいた
同窓生に会ったら、「少なくとも80歳までは日本アルプスに登る 少なくとも90歳までは九州の山に登る」といつも仲間
に公言している言葉を伝えることにしよう
2012年5月25日 風 太郎
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