春先頃から両手の指を握るのが困難になっていた。
何時から、と言えない。ある日気が付いたら握り締めることができなかった。迂闊といえば迂闊だ。
ある日突然、ではなかったはずなのに、「気が付いたら、何時の間にか」だった。
右手でコップを取り上げることができないので、左手で取り上げたコップを右手に持ち替えて、白
湯を飲む。鉛筆を右手に持って文字を書くことがむつかしくなっていた。パソコンで入力をすると、
とんでもない文字が入力される。カメラを構えてシャッターを押そうとすると、シャッターが切れな
い。シャッターボタンを右手で探しなおす。
「里山づくり」で一緒に作業をしている仲間が、「ボタンをかけることができない」というのを聞
いた他の仲間が、「もう、歳だから。」と答える。80歳前後の仲間の間では、手の指が不自由にな
ることは、「高齢が原因だ」ということになっているのだろうか。
整形外科に行くと、「手根管症候群」との診断で、「暫く様子を見ましょう。場合によっては手術
しましょう」とのことで、治療も投薬もなかった。しかし、交付頂いた資料には、薬か手術と書いて
いた。
若い時にお世話になった漢方薬の専門家に相談に行くことにしているが、日程がとれない。
先日、学校法人の監査に行った帰途、恒例の通り障碍者が務めている店に行き野菜や肥料などを買
った。市内の農家が直接野菜を納入するので新鮮で安価なこともあり、当日も野菜を持参してきた農
家の人と話をした。これも楽しみだ。
その帰途、行く当てもなく車を走らせていると、山に向かう細い道になり、交差不可能道なので多
少の不安を感じながら進むと、大きな神社に着いた。駐車場に車がなく、神社関係者を含め、誰も
いない境内の正殿に参拝すると、この神社には随分前に一度参拝したことがあったことを思いだした .
この神社は正殿の他に、境内の脇に未舗装の狭い坂道があり、凡そ5百メートル登ると、広場に神
社の秘仏が奉安されている。
前回は正殿と秘仏の広場まで行ったが、周囲は見なかったので、今回は正殿の周囲を歩いて見る
と、明治2年に廃仏稀釈が行われた時に神社が保護したと思われる仏像が樹木や崖の下などに安置
されていた。
あり難い。久しぶりに沢山の野仏(?)に会うことができた。しかし、当日は三脚やシャッターの
レリーズなどを持っていなかったので、改めて撮影に行くことにした。
3回撮影に行った。そのたびに宮崎市内は降雨だったが、神社の周辺は雨が降らなかった。先日
の9日は宮崎は降雨だったので、パラソル等を持参したが、神社では晴天になり、撮影が終わるこ
ろに霧雨が降り出した。車に乗り、市内に入ると「本降り」になった。有り難い。
2020年6月10日
風
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