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ダンナのぼやき

あられダンナの日々のぼやきです。
色んな事を思い、考えぼやいてます…。

狂気と暴力の果てに…。

2006-11-16 20:58:05 | アニメ・コミック
今日、あの石川賢氏が亡くなった。
子供の頃より、大好きな漫画家の先生だっただけに、その訃報による
ショックは大きい。
石川先生と言えば、今では壮大なロボット・コミック・サーガと化した
『ゲッターロボ』シリーズを思うが、先生は他にも多くのSF/ヴァイオレ
ンス漫画の傑作を沢山生み出している。
中でも、個人的には『マシンザウラー』(名義こそ永井豪先生との連名
だった)が大好きだった。
ゲッターより先に、実写化して欲しい作品でありました…。
心より、御冥福をお祈り致します。

「まったりな」とは出来なかったのか?

2006-09-11 20:28:15 | アニメ・コミック
今日は、あの忌まわしい「9・11」の事を書こうと思った。
だが、今日別の意味でショックな事件が起きた。
あの『おじゃる丸』の原作者である、犬丸りんさんが亡くなってしまった。
それも、飛び降り自殺である…。
僕は『おじゃる丸』が大好きだった。
あの平安チョーからやって来た、主人公の小生意気な糞餓鬼が好きだった訳ではなく、舞台となる「月光町」に集う、個性的かつ奇々怪々な人々が大好きだったのだ。
あの町の住人は決して「普通」の住人ではない、各々が何かを背負って生きている、ある種の“ダメ人間”と老人達に焦点を当てていた。
そこが、大好きだったのだ。
あの作品にあるのは、そう言った人々に対する優しくも、暖かい“視線”であった。
だからこそ、『おじゃる丸』は子供だけでなく、大人達からの共感と支持
を呼んだのだと思う…。
時の「癒し」ブームとは無縁のものだ。
あの、暖かくて優しい視点こそ、この作品の最大の個性だったと思う。
目紛しく変化する世間に対して、己を貫き、常に醒めた視線で世界を見る、
主人公のおじゃる丸。
コイツが言う事はムカつくが、でも決して間違った事を言ってる訳ではない。
僕らが普段、忘れている事を、子供の目線で再確認させてくれる。
人間、所詮慌てて生き急いでも仕方ないのだ。
「まったりな。」
この言葉に、どれだけ救われただろう?
そして、どれだけ多くの人々が、この言葉に救われただろう?!
その、生みの親である、当の犬丸さんがこんな事になってしまうとは…。
正直、物凄くショックである。
何故、作者本人が「まったり」を実践出来なかったのだろうか!?
コレは、もう本人でしか判らない事である。
僕が一番好きだったのは、初期から中期にかけての、声優もオリジナル・キャストだった頃である。
あのシーズンは、作り手も、演じ手も、そして観る方も、この『おじゃる丸』
と言う作品を心から楽しんでいたのが判る。
特に、中期の完成度と、テンションの高さは尋常ではない。
もう、今更何を言っても仕方ない。
犬丸りんさんの、御冥福を心から御祈り致します。
 

もう二度と聞けない、あの「何やってんの!?」

2006-08-10 19:38:11 | アニメ・コミック
今日、声優の鈴置洋考氏が急逝と言うニュースを知った。
鈴置さんと言えば、僕らの世代では、何と言っても『ガンダム』シリーズのブライト・ノア艦長役と言う印象が、あまりに強い。
アニメでは他にも、『無敵鋼人ダイターン3』の波嵐万丈、『キャプテン翼』の日向小次郎、『トランスフォーマー』のスター・スクリーム、『聖闘士星矢』の紫龍、そして『ドラゴンボール』シリーズの天津飯…。
洋画の吹き替えでは、あのトム・クルーズを担当していた。
吹き替えマニアの僕としては、クルーズの吹き替えは鈴置氏が一番合っていたと思う。
あのクールで、何とも言えずニヒルな雰囲気を漂わせた、あの独特の声。
もう、あの声が聞けないと思うと、もう何とも言えない悲しさと寂しさがある。
また素晴らしい声優さんが、逝ってしまった…コレでオリジナルの『ガンダム』シリーズの続編(『閃光のハサウェイ』)の製作は絶対無理だ。
個人的には、来年公開される実写版『トランスフォーマー』で、日本版オリジナル・キャストの再集結が噂されていただけに、皮肉屋で卑屈なスター・スクリームの声を当ててくれるのを期待していたが…残念である。
もう言葉は無い。

ブライト艦長に、深い哀悼の意を表して、敬礼っ!!

ひぐらしが鳴く頃に

2006-07-12 21:48:51 | アニメ・コミック
とある人から。
「コレは絶対に面白いから観て下さい!」と、猛烈にオススメされたアニメがあります。
それが『ひぐらしが鳴く頃に』(タイトル当たってるかな?)です。
「僕好みだ」と言われました、観てみて納得しました。
この『ひぐらし~』、簡単に言うとグロ系サスペンス・ホラーです。
この『ひぐらし~』の凄い所は、俗に言う“萌え”系の美少女キャラが、次々とエグい事をやらかすのです(笑)。
まだ観始めたばっからなんで、物語の詳細は掴めないが、やっている事はかなり王道のホラーだ。
最近の日本産ホラーでも珍しくなった、土着的な風土と閉鎖的な雰囲気が漂っている。
まぁ~個人的な好みがあるかとは思うが、やっぱり等身の狂った平面的な、今風のアニメには今一つ馴染めない…。
これがもう少しリアルなアニメ、もしくは実写だったなら、作品の持つエグさと怖さが更に際立った筈だ。
何はともあれ「面白い」とは思う。
事件の真相が本当に明らかになるのか? 正直微妙だとは思うが、最後まで観てみようかと思う。
こんな猟奇的なアニメを、深夜枠とは言え、今時オンエアをする姿勢を高く評価したい。

「これから毎年人が死ぬのよ…。」

「みんな星になってしまえ!」

2006-06-07 16:42:55 | アニメ・コミック
劇場版『伝説巨人イデオン“接触篇”“発動篇”』のDVDを観た。
改めて今観直しても、本作が持つ強烈なインパクトは全く衰えてはいなかった。
TVシリーズの総集編とも言える第1部“接触篇”、地球人とバクフランの悲劇的なファースト・コンタクトを物凄い勢いで見せる。
同時TVシリーズを観ていた頃の記憶が朧気だが、やっとの思いで地球に辿り着いた主人公一行を待ち受ける冷酷な現実。
“接触篇”ではその辺りの描写が実にあっさりしていたのに驚いた(無線で帰還を拒否されるだけ!)、主人公達のリーダーであるベスと両親との再会、その後の悲し過ぎる結末が印象的だった。
今“接触篇”を観て気付いた事がある。
本来『イデオン』の主人公はアニメ史上初のアフロ・ヘアーが強烈だったコスモであるが、この劇場版2部作では地球人と異星人の架け橋となるカララが主人公である事が判る。
彼女の言動と選択が物語の全てのカギとなり、『イデオン』と言う壮大な物語は見事に再構築されている。
そして、今や日本のアニメ史の文字通りの“伝説”と化した完結編“発動篇”へと突入する。
地球人とバクフランの運命を弄ぶ「イデの力」とは何か? 物語はそれを最初に解りやすくあっさりと提示してしまう。
だが主人公達は既に出ている“答え”に対し、みっともない程に必死に抗おうとする。
その結果、憎悪を更に大きな憎悪を呼び、絶望的状況の中で怒りと狂気だけが膨れ上がり物語は悲惨な結末へと爆走していく…。
最悪の結末を回避する為の手段は提示されているのだ、でも人々はそれを受け入れる事が出来ないのだ。
そんな状況にありコスモは絶叫する、何故そっとしておけない? 何故そのままでいる事が出来ないのかと…。
コスモの訴えは虚しく宇宙に響き、自分達の還るべき母星すらを失っても、彼らは互いに理解し許し合う事が出来ないまま、何の救いもない凄惨過ぎる結末を迎える。
このラストがとにかく凄い!!
敵味方・女子供関係なく、出てくる人間達は片っ端から惨殺されていく描写が延々と続く。
理性を欠いた大殺戮と破壊の果てに、「イデの力」が下した決断は宇宙そのものの「消滅」と言うトンでもない結末を迎えるのだ。
もうこの壮大過ぎる結末には驚く。
死んだ登場人物達は魂となり、新たな世界の生命の“種”となり再生する…こんな映画をアニメで20年以上前に作ってしまった御大・富野氏の狂気と才能には感服するばかりだ。
本作を観ると庵野氏が劇場版『エヴァ』を作るにあたり、本作から絶大な影響を受けていたのが良く判る。
とにかく凄い映画である、あの『2001年宇宙の旅』に匹敵するSF映画の最高傑作だと言っても過言ではないと思った。


今、観る『機動戦士ガンダムF-91』。

2006-04-30 01:02:25 | アニメ・コミック
今日からGWである。
人によっては9日以上の大型連休になるそうだが、僕はカレンダー通りに仕事があるので、毎年あまり関係ない…(笑)。
実家が引っ越す事になり、今日は実家に置いてきた荷物を取りに行った。
「荷物」と言っても自分が買い集めた、玩具や書籍ばっかりである。
多分僕のGWはこの「荷物」の整理で終わるだろう、今ではしっかりプレミアのついたモノもありどうしようかと考えている。
そんな中に『機動戦士ガンダムF-91(完全版)』のビデオがあった。
ガンダム好きの僕が言うのも何だが、正直本作に対して良い評価を持っている訳ではない。
本作が公開された時に、あの『ZZ』以降の“ガンダム”にあって、監督が御大富野氏と言うだけでなくキャラクター・デザイン:安彦良和、メカ・デザイン:大河原邦男と言う、ファースト以来のトリオの参加に興奮した。
だが、当時は本作を観た時に正直ガッカリした(苦笑)。
まず何よりストーリーが中途半端である事。
製作開始時の予定としては、本作は後のTV新ガンダム・シリーズの序章となる作品…だった。
ところが様々な諸事情によってTVシリーズの企画は没となり、本作はネタふりだけの2時間にも及ぶ「予告編」と化してしまった。
様々なゴタゴタは作品自体にも大きく影響していた。
肝心の終盤からの作画等の完成度が、明らかに劣化しているのが致命的だった。
「人」だけ殺すバグの存在、ラスボスのラフレンシア、全てを仕組んだ鉄仮面の狂気…しっかり作画・演出されていれば、新たなガンダムの傑作になりえた可能性もあった筈だが?!
そんな訳で、僕はあまり本作に対して全く良い印象を持っていなかった。
それが先の映画版『Z』リメイク3部作を観て、本作を観直すとコレが非常に面白いと思えるのが不思議で仕方ない(苦笑)。
さすが御大富野だけあり「時代の先読み」の凄さを感じる。
平和になった世界を襲うテロ、それにどんな大義名分があれども、何も罪もない人々が巻き込まれ惨殺されると言う事実を露骨に描いている。
ファースト以上にMSと言う巨大兵器の持つ恐怖を、人間目線でモロに怪獣映画ばりに描いた前半の展開は圧倒的だ。

自分達の勝手な都合で子ども達を盾にし、利用しようとする大人達のエゴも、今と言う時代を思えば生々しい。
あまりに保守的かつ権威的になった体制、それに抗う対抗勢力も一部の特権階級によるものであり、本作の随所に描かれている描写は生々しくてエグい。
大人達の争いに巻き込まれた子ども達のアブナい発言に、御大富野の悪意…作家性を感じる。
このテンションを維持してラストまで暴走していれば、本作はガンダム・シリーズ最凶の作品になりえた可能性もあっただけに残念だ。
本作のラストに「これは単なる始まりでしかない」とテロップが出るが、本作がふったネタはコミック版『クロスボーン・ガンダム』で決着がつく様だが、僕は残念ながら未見なんで何とも言えない…。
『閃光のハサウェイ』といい、『逆襲のシャア』の結末でアムロが見せた“人の可能性”が、結局は無駄だったと言うのは厳しい。
『Z』に手直しを加えた御大富野、次はこの『F-91』の終盤だけをリメイクして欲しい…と思えるのは僕だけか?!

“星の鼓動は愛”

2006-04-01 21:58:22 | アニメ・コミック
今日から4月っすね。
昨日までの“花冷え”が嘘の様に、今日は本格的な春の到来を告げる暖かい陽気でしたね。
そんな中、やっと劇場版『機動戦士Zガンダム-3:星の鼓動は愛』を観て来ました。
前作『恋人たち』が中途半端で散々な内容だっただけに、従来のTVシリーズとは違うオチが売りだった完結篇の本作には、正直あまり期待をしていなかったのが本音であります(苦笑)。
ところが、この完結篇である『星の鼓動~』は、劇場版『Z』3部作の中で一番面白かったです(笑)。
前作のラストに登場した「ジオンの亡霊」ハマーン様、その影響力を発揮しだす狂人シロッコ、己の過去に清算を求められるシャア、大人達の陰謀と策略の中で苦悩するカミーユ…観応えのあるドラマがしっかりと展開する。
TVシリーズは陰惨な愛憎劇の果てに、何の救いも無い悲惨な結末を迎えたのは今や“伝説”と化している。
それを「否定」する形で製作された映画版、富野氏に何らかの思惑が絶対にあった筈である。
かつてのスタッフであった安彦氏の「オリジン」がファンから絶賛されている事、新世代のガンダム・シリーズに対する若い世代の熱狂と高評価…今や世界のガンダムとなった産みの親としての意地とプライドがあった筈だ。
それが己の作家性が最も発揮された『Z』の“焼き直し”となったと、ガンダム・ファンの自分は考えている。
結果的にこの“新訳”劇場版3部作はファンから好意的に受け止められた。
内容はともあれ興行的にも成功をおさめ、作品に対する再評価にもつながった。
それ故にオリジナルのTVシリーズとは異なる結末だと声高らかに製作された本作、昔からのファンに対しどんな「落とし前」をつけるか興味深かった。

※以下、強烈にネタバレ有り

結果的には噂通りカミーユは本当に発狂しなかった。
これは邪推だが御大・富野氏は本シリーズにおいて、シロッコに人類の歴史そのものの歪みを反映した筈である。
それはかつての病みきった頃の自分の写し鏡状態であり、だからこそ主人公のカミーユがシロッコに勝てども、その精神は崩壊し発狂した。
だが今回の劇場版シリーズでは富野氏は主人公カミーユに己を投影していたと思える、それ故に劇中綺麗言ばかりで「子供」と散々卑下されながらも、生きる事の強さと大切さを信じたカミーユは、ラストでシロッコに勝利し発狂する事もなかった。
かつては富野氏自ら完全否定していた筈の「子供」の存在に、今度は逆に救いと希望を見いだしている様に感じる。
メイン・キャストの女性キャラが悉く身勝手な男への不満をぶちまけ無惨に死んでいく、だがカミーユは「女の所に返れ!」と絶叫しながらシロッコを殺す。
近年の富野氏の言動にも顕著だが、かつての己を否定し今ある自分を受け入れ様としているかの様だ…。
ラストにブライトが吐き捨てるセリフに全てはある、自己憐憫と自嘲の果てに見いだしたのは、結局己が過去に拒絶した恥ずかしい綺麗言であり子供っぽさだった。
そう思えてしまう“新訳”の結末でありました。
個人的にはTVシリーズよりもカッコ良かったハマーン様や、その極悪・鬼畜外道っぷりがキマっていたヤザン、哀れなミネバ様の末路等…ツボなポイントも高かった。
あのラストを観ると富野氏の中で『ZZ』は“無かった”事になったのだろう(笑)。
それなら敢えて言わして貰うと、終盤の決戦にアムロがZZガンダムに載って登場すると言う、ファン泣かせの燃える展開も有り得たのではと思えて仕方ない(苦笑)。
特にグリプスを巡る混乱の中、エゥーゴとブライトのピンチを救いに来るアムロとZZガンダムって展開なら、よりスムーズに『逆襲のシャア』につながっていた様に感じられる。
何はともあれ本当に劇場版『Z』の中では本作が一番面白かった!!
最後にガンダム・ファンとして言わしてもらうと、富野氏にはもう過去の焼き直しでガンダムを製作するのはコレで最期にして欲しいです。


エヴァ10巻!!

2006-03-29 19:07:07 | アニメ・コミック
いや~やっと出ましたねコミック版『新世紀エヴァンゲリオン』の第10巻!!
物語は更に謎の核心に迫り、一気に終盤に向けて盛り上がりを見せようとしています。
庵野氏によるTV・劇場版アニメシリーズと違い、貞本氏によるコミック版は微妙に異なる要素があり、個人的には大好きだったりします。
アニメ版は良い意味でも悪い意味でも「説明不足」な点が多く、それがただでなくても難解なエヴァの物語を観る者を困惑させていた傾向が強いです。
貞本版コミックに適度に「説明不足」な要素を残しつつも、丁寧に物語の進行と各キャラクターの内面を描いているのが大きな違いかと思います。
個人的に両者を比較して決定的に違うのは、主人公の碇シンジ君の性格ではないでしょうか?!
アニメ版はただひたすら内向的だったシンジ君ですが、コミック版では喜怒哀楽がハッキリとした活発ながらも繊細な少年として描かれています。
この10巻でも自分の目の前で自爆した綾波の死を批判するカヲル君に、その怒りを爆発させ殴りかかろうとしたり、彼女の死を受け止められず「僕は君を失いたくない」と涙を流します。
更に終盤次々と明らかになる驚愕の真実に対し、それから逃げ出す事なく必死に事実として受け止めようします。
コレはアニメ版のシンジ君とは決定的に違う要素です。
アニメ版ではシンジ君が己の救いとして好意を抱いたカヲル君、コミック版では純真無垢で謎めいていながら逆に興味深い対象としてシンジ君が特別な存在になるカヲル君…。
この辺りも違う要素ですが、コミック版の方が露骨にやおいっぽい雰囲気を醸し出して笑えます。
それにしても…碇ゲンドウ! お前はアニメ版・コミック版でもやっぱり鬼畜外道だ!!
以前より「アニメとは違う結末する」と公言していたコミック版、一体どんな結末を迎えるのか楽しみであります。


“イデオン”ってご存知ですか?

2006-03-17 00:51:25 | アニメ・コミック
遂に『劇場版伝説巨人イデオン:接触篇・発動篇』のDVDが再販になる。
以前ソフト化された時はまだハードとしてDVDが定着する前だった、2枚組BOXで結構高価なソフトであった為に、当時はすぐに買うのを躊躇してしまった。
でもコレが運の尽き、ソフトはあっと言う間に完売!
ソフト化をキッカケに作品としての再評価が高まり、日本アニメの伝説の傑作とまで言われた本作には、信じられない様な額で高騰する超プレミア・ソフトとなってしまった!!
昭和40年代生まれ子供で、リアルタイムで劇場で本作を観てしまった者は、その後間違いなく消す事の出来ないトラウマとして本作は記憶されている筈。
本作の持つ衝撃は、観た者にダメージを与える殺傷力を持っているとも言える。
僕はTV放映されていた頃からイデオンが大好きだった。
主人公の少年がアフロだとか、出てくるキャラクターがみんな濃い顔だとかは抜きにして、無敵のスーパーロボットであるイデオンがカッコ良いと感じていたのだ。
このイデオンってのは正体不明の第6文明(?)の遺物であり、これまた“イデの力”と言う訳の解らない力を発揮(暴走)する全長120メートルもあるロボットなんすわ。
全方位ミサイル、反則的な波動ガン、常識外れのイデオン・ソード…等々、とにかくイデオンは滅茶苦茶強かった。
TVシリーズは御大・富野氏が手掛けるだけあり、内容的には毎回非常にシリアスでダークなモノが多かった。
それが災いして視聴率の低迷、オマケに肝心の玩具まで売れない(イデオンはカッコ悪い?)となり、シリーズは途中で打ち切りとなりました。
幼心にもあの中途半端でブツ切れの最終回に納得出来ず、映画でしっかり完結すると知って、親にせがんで観に行った訳ですが…。
多分映画で“戦慄”したのはコレが最初です。
そこには何の救いも希望もない、殺伐とした破壊と大殺戮の果てにあるのは一体何なのか?!
ソッコーでDVDの予約をしました、今度こそ買い逃しません!!
アニメ・ファンから「皆殺しの富野」と言う異名を受ける事になったキッカケの作品です、多分今コレを劇場で公開するならR-15指定でも無理やろな。
DVDが届いたら本作に関する思いをもう一度ネタにします(苦笑)。
「オレはまだ何にもしてないんだ!!」

「宇宙を一つに!!」

2006-01-14 21:32:52 | アニメ・コミック
『トランスフォーマー・ザ・ムービー』のDVDが届いた。
誕生から既に20年以上もの歳月が流れ、今も新シリーズが製作され、その世界観が膨大なものになりつつある『トランスフォーマー』。
本作は人気が絶頂に達した’86年に製作・公開された、シリーズ初の劇場版であり、「トランスフォーマー」の歴史において非常に重要な意味を持つ作品でもある。
日本には全米での大人気に遅れて“逆輸入”の形でTV放映していたが、当時初代の『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』を観ていた僕は凄く混乱するハメになった。
初代シリーズから新シリーズ『トランスフォーマー2010』になった時、それまで主人公的存在だったコンボイ司令官は既に戦死しており、最大の敵としてメガトロンに良く似たガルバトロンが登場、新たにロディマスとか言うアメ車の司令官がいるではないか?!
一体何が起きたのか? その謎はこの『ザ・ムービー』に秘められていたのだ。
結局この『ザ・ムービー』を今まで観る事もなく、20年近くその疑問を抱えたまま現在に至る訳である(笑)。
本作はシリーズ最大の謎を解くだけでなく、本作には色んな“伝説”が付いてまわる。
本作は何とあの故オーソン・ウェルズの遺作である事(!)。
そして実際のアニメ製作を担当した東映アニメーションは予算としていきなり40億円(!!)を渡されたが、結局予算を使い切る事が出来ず大半を返却した…と“伝説”が多い。
さて、実際に本作を20年越しに観た感想だが、いや~やっぱり「面白い」ですわ!!
アニメのクオリティーとして「20年」と言う歳月を感じる事もあるが、東映アニメーションは“良い仕事”をしている。
当時も今も邦画としては考えられない予算を受け、東映側も日本ではやれない事を思いっきりやったと言う気迫を感じる(ハリウッド側からの注文・締め切りも厳しかったと言うが:苦笑)。
映画として考えた場合、TVシリーズを観ていないと全く世界観・内容が把握出来ないと言う“弱さ”は感じる。
実際全85分と言う作品の時間に対して疾風怒濤の勢いで駆け抜ける物語に強引さと、ある種の無理矢理の“力業”的なご都合主義の展開、節々に挿入される脱力系ギャグには戸惑うのは確かだろう。
ぶっちゃけた話、横で一緒に観ていたヨメは「何コレ?」と爆笑していた(笑)。
初代シリーズを観て本作にドリフのコント的要素を強く含んでいるのを知っている僕としては、逆に「トランスフォーマー」らしさとして受け止める事が出来る。
とは言え初代のお馴染みのキャラクター達がガンガン無駄死にし、メガトロンとの壮絶な死闘の果てに戦死するコンボイ司令官や、惑星ごと喰う超巨大なユニクロン等の描写には圧倒されてしまう。
本作の隠れた真のテーマが正に「世代交代」であったのが明白である。
今までの謎は全て明らかになってスッキリしたが、敢えて突っ込ませてもらうなら、何故コンボイ司令官は最初からロディマスにマトリックスを渡さなかったのだろう?(信頼していたウルトラマグナスは滅茶苦茶弱かった!)って事である(^o^;)。
本作を観ると今現在撮影中だと言う、例のマイケル・ベイ師匠による実写版はどうなるのか余計に気になる。
ボチボチ流れ始めた情報・噂によれば、実写版の物語はファンが言う「G-1」シリーズをベースにする事、メガトロンが“銃”ではなく“戦車”にトランスフォームする(キャラが変わるやん?)、コンボイ司令官の声をあのジョージ・クルーニが担当する…さて一体どうなる事やら!?
ベイ師匠の事だから良くも悪くも「ド派手」な映画になるのは間違いない、実写版の完成を楽しみに待ちたいものである。
春に発売されるハイブリット版コンボイ司令官のフィギュアが凄く欲しくなる、本作はそんな作品でありました。
P・S:テーマ・ソングを大好きだった、あのLIONが演奏していたのが妙に感傷的な気分にさせてくれました…。