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ダンナのぼやき

あられダンナの日々のぼやきです。
色んな事を思い、考えぼやいてます…。

もう一度、『ヱヴァンゲリオン:新劇場版・序』

2008-05-25 12:36:35 | アニメ・コミック
昨日は仕事がお休み。

天気も悪かった事もあり、ウチに引きこもってDVD三昧。

届いていたものの、まだ観ていなかった、『ヱヴァンゲリオン:新劇場・序』を観た。

やはり、こうしてソフトとなりジックリと観ると、劇場とは随分違った印象を受ける。

あまり最近のアニメを観ないので判らないが、技術的には手描きセル・アニメとCGIを組み合わせにおいて、最高の技術と完成度を誇る作品だと思った。

こうしてジックリと観ると、画面の書き込みと作り込みは偏執的(笑)。
ただでなくても情報量が多い作品なのに、この新劇場に詰め込まれたはモノは尋常ではない。

更に今回の「新劇場」はセルフ・リメイクと言うよりも、オリジナルに随分とアレンジが効いているのがポイントか?
TVシリーズ放映、劇場版2作の公開から早くも10年。
例のハリウッド版の実写版よりも、本家のリメイク版が登場したのは笑えた。

さて、この『新劇場・序』が、オリジナルに加えた新たなアレンジがポイントだ。

幾つかポイントを挙げると…。

まず本作のポイントは、主人公のシンジとミサト、そして綾波が繰り広げる、ある種の三角関係があるだろう。

(オリジナルよりも多少男らしく葛藤しながら「成長」するシンジ君)


(アダルト・チルドレンっぷりは健在ながら「指揮官」らしさが増したミサト)


(正に本作の「キーパーソン」、主人公を惑わせる“小悪魔”的要素が増した綾波:笑)

互いに心に欠けたモノがある者同士の関わり合いは印象的であり、それが一つに集約されるクライマックスの「ヤシマ作戦」へのスリリングで躍動感に溢れた流れに、オリジナル以上にエモーショナルなラストへとつながったとも言える。


余計な台詞やシーンを極力排除し、シンプルかつアップテンポなストーリー展開が、ロボット・アニメとしての醍醐味を味わえるのも大きい。

あと「使途」の描写が変わったのも、個人的にはツボ。
言うても「天使」なので、劇中「ソレ」を彷彿とさせる描写(何気に“天使の輪”がある)が増えたのも良いし、倒されると組織崩壊して血の雨となるグロ描写も、例え「天使」であっても人類にとっては「敵=怪獣」であるのは明確になって良い感じでありました。

本作を最後まで観れば、次の『破』が猛烈に観たくなるのは人情だろう(笑)。

(相変わらず意味深な発言連発なカヲル君、「また3番目」って何!?)

既にネットに『破』に関する噂が錯綜しているが、何よりも未だ「年内公開」としか発表されていない、そろそろ正式に公開日を発表して欲しい。

今から楽しみで仕方ないが、「エヴァの呪縛」から解放される日は遠くなるばかりだ…(自嘲)。


「早く逢いたいな、碇シンジ君…。」


PS:とりあえず笑えました、まさかケチャップは?!



Air/まごこころを、君に

2008-02-13 17:33:47 | アニメ・コミック
今日は休み。

コレと言って予定は無かったが、ヨメから言われていた家事関連の一通りを済ませる。

その後、チビチビ飲みながらDVD『新世紀エヴァンゲリオン劇場版(完全版)』を観る。

まず何より「エヴァンゲリオン」、そしてこの劇場版が公開されて、もう10年と言う歳月が流れた事実に驚く。

当時、既に20代半ばであった僕でも衝撃的であった本作が、当時小学生位だった今のファンにとってみれば、正にトラウマとなる様な強烈なインパクトがあったのは予想出来る。
それ故に今も新たなファンを生み続け、作品に対する評価は神格化する一方なのも理解は出来る。

今もハッキリと覚えている、本作を劇場で観終わった後の異様な空気を…。

「全ての謎が明らかになる完結篇」と言われた、この『THE END OF EVANGELION』の公開初日に劇場に駆けつけた。

春に公開された『シト:新生』がTVシリーズの総集編、更に『THE END OF~』の“予告篇”でしかなかった終盤のオチ、正直思わず「金返せ!」とは思った。
だが、それは同時に夏に公開される『THE END OF~』への“期待”にもつながった。

それがどうだ? 何なんだアレは?!


あのラストを観た直後、僕は初めて劇場がどよめき揺れるのを感じた。
それは「感動」によるモノではなく、明らかに作品に対する「動揺」、そして「怒り」であったのは間違いないと思える。

まるで全てを途中で投げ出し、全てを拒絶したあまりに無責任で冷徹な結末…正直「映画」として成立すらしていないと感じた。

セルフ・リメイク版公開時に、個人的な当時の総監督であった庵野秀明の心情の推察を語った。
今でもその考えに間違いはないと思うし、庵野と言うクリエーターが当時あまりに大人気なく未熟であったのは事実だと思う。
確かに「天才」だとは思う、だがクリエーターとして、何より人間として未熟であったのは間違いない。

だから、10年と言う歳月を経て、ようやく自分が生み出した「最高傑作」に成り得ただろう作品を、「未完成」なままからやっと「完成」させる気持ちになったかと思う。
その勇気を持つ事、クリエーターとして、そして一人の人間として余裕が持てたのだろう。

決して金絡み、銭勘定だけでリメイクをしたとは思いたくはない。

何はともあれ、この『劇場版(完全版)』である。

今だからこそ本作を、日本のアニメ史に残る「最高傑作」だと評価出来る。

作品に対する説明と情報不足、シリーズとしてしっかり「終わる」事が出来なかった事への批判はある。

『エヴァンゲリオン』と言うシリーズは、シリーズについてまわった意味深な伏線や謎のせいで、結局一体何だったのか?! 不完全なままだと思われがちだ。

僕が言うよりも、この辺りの詳細な解説に関しては、既に後にリリースされたゲーム等により、作品自体がそれこそ「補完」されたし、ファン・サイトでより丁寧かつ親切な解説がなされている、興味関心がある方は是非そちらを(笑)。

個人的に『エヴァ』と言う作品は、自ら愛した妻にもう一度逢いたいが為に、世界の闇にはびこる陰謀・秘密結社すら利用した碇ゲンドウと言う孤独な男が巻き起こした、あまりに壮大かつ悲惨な茶番劇だったと解釈している。

だが最期にゲンドウは、あれほど待ち望んだ最愛の妻・ユイに拒絶され凄惨な結末を迎えた。
その物事の発端となったユイが選んだのは、自らの息子・シンジであるのも皮肉過ぎる結末だった。

ゲンドウの仕組んだ陰謀は、自らの息子シンジにより世界の破滅につながり、そして世界と人類の「再生」となるラスト…ここまで「一個人が招く」世界の破滅と再生を描いた作品は他には無い。


オープニングからのショッキングなシンジの「自慰行為」に始まり、序盤の特自によるネルフ大虐殺、アスカの復活、そしてエヴァ弐号機と量産型エヴァ・シリーズによる血塗れの地獄絵図。
中盤のリリス発動によるシンジの内面・精神世界の崩壊、メインのキャラクター全員が液化するグロ描写、その果てに訪れる「救い」とは言い難いあっけない結末…。

アレは正に「シンジ=庵野」であり、同時に「庵野=ゲンドウ」であった、だからこそ「庵野=ゲンドウ」は自分を受け入れる世界を全て拒絶して滅びてしまう。

しかし、結局は独りになる事によりも「シンジ=庵野」は、傷つきながらも、他の誰かと生きる世界を選びもう一度世界は再生を果たす。


自分だけの世界の孤独と警告、自分以外の世界への恐怖と拒絶、夢の世界への訣別、その果てにある「夢」の終わりと言う過酷な真実。
自分の作品にあまりに傾倒するアニ・ヲタに対する、庵野個人の「近親憎悪」丸出しの嫌悪感だった。

たった一個人の精神世界だけで展開する、世界の破滅と再生を描いた作品だと言える。

コレは今やカルト映画の傑作である『劇場版・伝説巨人イデオン:発動篇』、キューブリックの『2001年宇宙の旅』、更には『デビルマン』を彷彿とさせるかもしれない。

色んな意味で凄い映画だと思う、だが『エヴァ』と言う壮大な世界の終わりだったとは思えない。

今度のセルフ・リメイク・シリーズにより誰もが望む「結末」を迎えるのを期待しています。


「これがアナタが望んだ世界そのものよ…。」


PS:これは「名曲」ですね。



バットマンVSプレデター

2008-01-31 12:49:03 | アニメ・コミック
具合は依然として悪し。

ド~ンと高い高い熱が出る訳でも無く、身体のシンドさや猛烈なダルさが取れる訳でなく、鉛の様に思い身体が厳しい。

昨日『MARVEL ZOMBIS』をネタにした訳ではないが、久々に『バットマンVSプレデター』が読みたくなった。

かの『SPAWN』の大ヒットにより、日本にアメコミ/フィギュア・ブームが到来していた90年代中期。

日本でもアメコミ関連の雑誌が幾つかリリースされていたし、マメに日本語翻訳版もリリースされていた。

そんな中で『エイリアンVSプレデター』がリリースされ、今回の『バットマンVSプレデター』も完全翻訳版がリリースされていました。

久々に読んだが、やっぱりコレは傑作!

ぶっちゃけた話、コミックの『バットマン』の世界観を元に、『プレデター2』を強引に足した様な作品だったりします(笑)。

ゴッサムで起きる謎の連続殺人事件、当初はギャング同士の抗争かと思われたが、捜査を進めたバットマンは事件に「この世界」のモノではない“何か”による殺戮である事に気付く、しかし時既に遅く“何か”の次の獲物はバットマンだった…と言う内容。

プレデターとの対決で重傷を負ったバットマンは、対プレデター用の装備を施した漆黒のパワード・スーツを作る。
終盤からの重装備バットマンとプレデターとの対決、そして訪れるあの結末…ハードな展開に読んでいてドキドキする。
権利の関係もあり日本での再販や、『バットマンVSプレデター』版のフィギュアの発売が難しいのかもしれない(特に重装備バットマンは是非フィギュア化して欲しかった)。

何はともあれ、正にコレこそ「対決」モノの理想的な一つの“形”だろう。

実はこの『バットマンVSプレデター』、密かに映像化されている。

それこそ先日の『MARVEL ZOMBIES THE MOVIES』ではないが、プロの特殊メイク・アーティストであるサンディ・カローラの手によって自主制作された短編がある。

タイトルは『BATMAN/DEAD END』。
カローラの友人である天才スティーブ・ワンや、グレッグ・ニクテロ等の超一流のアーティストが参加しており、もはや「アマチュアの短編映画」の領域を完全に超越している。

コミックを抜け出した様なジョーカー、コミックと映画版のミックスしたような理想的なバットマン、個性派揃いのプレデター達…凄い、正に傑作です!!

コミックに話を戻すと、この後バットマンはエイリアンとも対決していると言う。
コレが『バットマンVSプレデター』を超える内容らしく、ゴッサム・シティを舞台に阿鼻叫喚の地獄絵巻と化すバットマンとエイリアンの対決を描かれていると言う。

う~ん是非読みたい!
でも、最近アメコミは日本では手に入り難くなっている現状が辛い。

何処か翻訳版コミックを出してくれる、チャレンジ精神溢れる出版社は出てこないのかな?!


「ルールハワカッタ、チャンピオンシップ…。」






MARVEL ZOMBIES THE MOVIES

2008-01-30 19:11:13 | アニメ・コミック
ぐ…具合が悪い(毎度の事だが:自嘲)。

でも滅茶苦茶忙しいので休めない、出勤前に駅前のかかりつけの病院に行く。

自分の現在の症状を言うと、おもむろにDrは僕にFAXを見せ「インフルエンザの可能性があるので検査します」と言う。
インフルエンザって…一瞬気が遠のく。
何でも今日だけで市内の10校以上の小・中学校が、インフルエンザによって学校・学級閉鎖になっているとの事。

鼻の奥に綿棒を突っ込まれ、検査薬に浸けて待つ事10分少々、結果は「-(マイナス)」だったので一安心。
ただインフルエンザの初期段階では検査でも出ないので、充分に気を付けて下さいと念を押される(苦笑)。

確かに熱もあり、身体中が猛烈にダルい、油断は大敵かと思います。

しかし出勤したのは良いものの、会う人からは「顔色が悪いですよ」とか「目つきが怪しいです(どんな意味や!)」と言われ、フラフラと動く姿は「ホンマにゾンビみたい」と笑われた…頑張って仕事してるのに(涙)。

「ゾンビ」と聞いて思い出したが、あの『28週後…』が公開されましたね。

仕事帰りに観に行こうと思いつつ、残業や週末の試験があったりで結局観れてない。
公開が終わる前に、何とか観に行きたいとは思うが、さて果て大丈夫なんだろうか?!


そんな中、珍しい『MARVEL ZOMBIES THE MOVIES』なるモノを観た。

早い話が『MARVEL ZOMBIES』をネタにし、熱狂的なファンが勝手に作った予告編(?)かと思う。
しかし、コレが意外と良く出来ており驚いた。

決して作ったのは完全な素人だけではなく、かの『BATMAN/DEAD END』のようにプロが遊びで作った臭いがプンプンする。

『MARVEL ZOMBIES』とは、その名の通りマーベル・コミックのヒーロー達が何故かゾンビ化、互いに殺し合ったり、一般市民に襲いかかる。アメコミ特有の「もしも」の世界を具体化したコミックだ。

アメコミではシリーズの人気回復やマンネリ解消の為に、シリーズの大胆なリセットや路線変更が行われるのは珍しい話ではない。
今回のゾンビ化にしても最初はウケ狙いの冗談半分の企画だった筈が、これが予想以上の反響となりコミックが爆発的に売れた。
売れたとなれば、当然「シリーズ化」ってな訳で、マーベルでお馴染みのヒーロー達が次々とゾンビ化した(笑)。

「逆転の発想」ではないが、本来はその超能力で一般市民や世界を守る正義のヒーロー達が、その超能力を持ったまま凶悪な人食いモンスターと化す。
大胆な残酷描写もあり、ゾンビ・シリーズは大ヒットしている。

今は我らがヒーローである『死霊のはらわた』シリーズのアッシュが登場(彼は人間のまま:笑)、ゾンビ・ハンターと化してチェーン・ソーを武器にして、マーベル・ゾンビーズを敵として血と内臓が飛び散るスプラッターなデス・マッチを展開中らしい。


さて、この『MARVEL ZOMBIES THE MOVIES』、本当に良く出来ていると思う。
MJは映画版よりコミックのイメージに近くて綺麗だし、正に人食い怪獣と化したハルクや、ラストに登場するマーベルのシンボル的なキャラであるキャップの造形も良い。
興味のある方は、是非一見の価値ありかと思います。

何はともあれ、自分がゾンビ化状態から早く回復しなければ…(笑)。





復活した『ヤッターマン』

2008-01-14 23:51:44 | アニメ・コミック
懐かしさにつられてリメイク版『ヤッターマン』を観た。

何で今『ヤッターマン』? 来年には実写版まで公開する意味は?!…様々な疑問もある。

とは言え、観てしまうと「やっぱりコレやねん!」と思ってしまう。

記憶が正しければ『ヤッターマン』が平成に入ってリメイクされるのは、決して今回のTVシリーズが初めてでは無い筈だ。

10年位前にタツノコの記念として、企画としてOVAとして2作作られた…と思うけど?!(ゲーム類は除外)。

あちらは完全に“企画モノ”であったし、オリジナルの「その後」を描いていたように思う。
ガンちゃんとアイちゃんは結婚していて、ボヤッキーは会津若松のお花ちゃんと結婚して蕎麦屋の親父になっていた。
アレはアレで非常に良く出来ていたし、決して子どもの頃の「思い出」を壊さない傑作だった。

さて、今回のリメイク版TVシリーズですが、賛否両論はあるでしょうが比較的良く出来ていたかと思います。

ある意味、作品の“真”の主人公とも言えるドロンボー達(ドクロべー含む:笑)を、敢えてオリジナルの声優陣を起用したのは勇気ある決断だったろう。

よく30分の間にシリーズの“お約束”を、コレだけ詰め込めれたと逆に肝心した(笑)。

上手くオリジナルの「ノスタルジック」さと、現代的な解釈を加えた平成版として、手堅くまとまっていた様に感じますね。
でも、コレって微妙なバランスやね。
下手すりゃ「オリジナルへのリスペクト」が無いと言われたり、「オリジナルを尊重し過ぎてリメイクする意義がない」と酷評される。
この後作品を手掛けるスタッフの腕前拝見と言った感じかな? でも僕はまた来週も観たいと思いましたよ。

やっぱりドロンジョ様の「このスカポンタン!」や、ボヤッキーの「ポチっとな」を聞くと嬉しくなるのは仕方ないか…。

PS:EDが「お約束」のテーマではなく、今風だったのは確かにガッカリ!!

『ヱヴァ』と言う新たな“呪い”

2007-09-01 17:27:42 | アニメ・コミック
『ヱヴァンゲリオン新劇場版:序』を観てきた。

ハッキリ言うが、何で今わざわざ『エヴァンゲリオン』をセルフ・リメイクする必要があるのか? 個人的には非常に疑問であり、同時に凄く複雑な感情を抱いたのが本音。

『新世紀エヴァンゲリオン』と言う作品が登場して、気が付けば10年と言う歳月が流れていた。
当時、もはや社会現象にまで急成長した『エヴァ』、あの狂騒的なブームは今思うと一体何だったのだろうか?!
今やクリエーターとして神格化されている庵野秀明と言う単なるアニメ・ヲタクが、何の制限もなく自分の作りたいアニメを作りたい!という願望の一つの“形”になったのが『エヴァ』と言う作品ではなかったのか?!
それが予想外にコアなファンを生み、熱狂的な支持を集めてしまい、庵野本人の思惑以上に作品だけが独り歩きし肥大化してしまった。
それを嫌ったのが他ならぬ庵野本人であり、それが言わば「近親憎悪(自己中なアニメ・ヲタへの嫌悪感)」と「自己否定(自分はそんな凄いクリエーターではないと言う自覚)」的な破壊力を持った劇場版のラストへと発展した。

所詮はヲタクの独りよがり。
作品を終わらせる事も出来ず、全ては中途半端なまんま、「もうアニメは作らない」や「今後エヴァに関わる事は絶対にない!」と言う自ら断言する事態になった。
いきなり「時の人」に祭り上げられた庵野が、それを望みつつも違和感と嫌悪感を持ち続けたのは事実だろう。

「あのエヴァを作った監督」として、その後何本かの実写映画も手掛けるも、結局は自らが持つ内向的ヲタ臭を消す事は出来なかった。

それから10年、結局庵野と言うクリエーターは、やっと自らが背負う十字架と向き合う事が出来たのかもしれない。

理由は他にもあるだろう。

パチンコなどによるエヴァへの再評価、庵野自身の新たな会社の設立、そして今だキャラクター・ブランドとして絶大な集金力を持つ事…それが今回のセルフ・リメイクの大きな原動力になったのも事実だろう。

自ら途方もない進化を遂げた作品を手に負えなくなり、自分も他の全てを拒絶し否定した大人気なかった庵野にとって、願ってもいない文字通りの理想的な「再生」のチャンスが訪れたと言えるだろう。

それが「エヴァンゲリオン」ではなく、今回は「ヱヴァンゲリオン劇場版」となったのだろう。


さて、散々『エヴァ』と庵野に対してネガティヴな意見を並べてきたが、個人的には先の劇場版2部作が嫌いな訳ではない(自嘲)。
特に完結篇における、情け無用な極悪非道な人類滅亡描写には衝撃を受けた。
一人の天才が迷い狂った挙げ句にが、人類・世界の破滅という描写には素直に感動した。

そこに『ヱヴァ』である。

結局は「エヴァンゲリオン」と言う作品の呪いから、未だに僕自身が解放されていない何よりの証拠だろう、セルフ・リメイクが公開されたら無条件に劇場に駆けつけた自分がいる(笑)。


(以下、猛烈にネタバレ!)


今回のセルフ・リメイク版『劇場版:序』だが、本当にCGを大胆に導入した本格的なリメイクであった事実に驚いた。
劇場版『ガンダム』シリーズの御大・富野のように、中途半端に新作カットをはさまない方法論に潔さを感じた。

物語的にはTVシリーズの第1シーズンのダイジェストだが、よりストレートに「ロボット・アニメ」を意識した豪快なアクション描写をメインにした軽快な作りが何とも心地良い。

主人公・シンジの内面的な葛藤を中心に描かないのは、ファンにとっては賛否両論がおきる可能性が充分にある。

ただ、シンジのキャラクターもアニメ・劇場版とは若干違う。
ウジウジして何処までも内向的なだけではなく、内向的で繊細でありながらもしっかりと自分の意見を言える少年として描かれている(ある意味コミック版に近いか?!)。

それ故に本作の最大のハイライトにおかれた「ヤシマ作戦」において、シンジと綾波レイや葛城ミサトとの心の交流(何とリリスを見せ、説明するシーンまである!)が更にドラマティックに描かれている。
ファザコンでアダルト・チルドレンであるミサトが、クライマックスでゲンドウに叫ぶセリフは何とも言えず絶大な効果を生み、ラストのシンジの「笑えば良いよ」と言う名ゼリフとレイの笑顔には感動すら感じるだろう。

「一見さんお断り」的な説明不足さもあるが、ここまでアップ・テンポにガンガン攻める姿勢は評価したい。

ラストにおいて、この新劇場シリーズが、これまでのシリーズとは全く違うと宣言するかの如く、あの渚カヲルが月面(!)で覚醒するシーンで本作は終わる。
コレにより、次の『破』がこちらの予想以上にオリジナルとは全く異なる、独自の展開が繰り広げられるのは判る。
更にEDロールの後、次回の予告もあったが、それを観れば我々が知る『エヴァ』と今回の『ヱヴァ』が全く違う作品であるのも判る。

今回はこの既に『ヱヴァ新劇場』シリーズは、全部で4部作で「完結」すると発表されている。
今回はしっかりとオチのつく、予想を良い意味で裏切る作品になりそうな予感がする。

従来の『エヴァ』ファンだけでなく、この『ヱヴァ』シリーズにより多くの新しいファンが生まれるのが予想される。

文句なしの傑作だったと言いたい。
まだまだ「エヴァ」の“呪い”が続きそうです…。

「自分の子供を信じて下さい!!」


PS:宇多田ヒカルの主題歌も見事にハマってましたね。



最終決戦・敵は「女王」!

2007-07-20 22:30:04 | アニメ・コミック
毎日色んな事がある。
調子は依然として芳しくないが、何とか負けないように日々乗り越えている。

そんな中、仕事帰りに『BUGS-捕食者たちの夏-』の第3巻を購入。

2巻での展開でド~ンと伏線の大風呂敷を広げたので、この最終巻である3巻で無事に終われるのか? 読んでいて多少不安ではあったのが本音(笑)。

まぁ~ネタが膨らんだので、もう1巻続くよって展開でも、作品の高いテンションが維持されるなら、個人的には全く問題は無かった。
ただ、何か尻すぼみと言いますか、オチがしっかり付かずダラダラ冗長気味に続くのは、作品のファンとして強烈に失望しただろう。
そんな一方的かつ身勝手な読者の思いを遥かに凌駕し、『BUGS~』は直球ド真ん中ながらも華々しいフィナーレを迎えたのが何より喜ばしい。

原作者である七月鏡一氏も白状しているが、本作は正に日本版『放射能X』であり、氏のB級SF・ホラー・怪獣映画に対する「愛」に溢れている。

終盤で群をなして襲いかかる蟻の軍団や、ヘタれ主人公・桐山のヒロイックな活躍、そしてラストにおける「女王」対決等々…このテのジャンルの“お約束”を忠実に守りながらも、再構築して見せる手腕は見事だと思います。

コレって簡単そうだが、実はかなり難しい事だと思う。
ジャンルの“お約束”をあまりに忠実に守り過ぎると、逆に「新鮮味が無い」とか「個性が無い」と批判される。
更に“お約束”に独自の解釈を加え過ぎると、コレまた「捻り過ぎ」や「独りよがり」と嫌味を言われてしまう(苦笑)。
この辺りの微妙なバランス感覚こそ、作家の腕の見せ所なんだと実感した。


(以下、強烈にネタバレ!)


最後まで読んでハッキリするが、結局本作の一連の事件には明確な「理由」が出てこない。

原発を襲ったテロリスト達の正体が、某国の工作員である事が匂わされる。
でも、その彼らを率いていたリーダーが一体何者であったから全く謎のまま。
第一、そもそも何故昆虫たちが突如巨大化したのか?!
それも全く解明されないまま、あの後を引くような衝撃的な“結末”を迎える。
これまで幾つかの仮説が語られたりするが、何故あのリーダーだけがこの「変革」を察知出来たのか?
それが判らない所に不気味さ怖さを感じる。
結局全てが解決した訳ではなく、コレはこれから始まるの破滅への序曲でしかない!…と言いたげなオチが秀逸でありました。

伊吹亜蘭の「その後」が描かれる機会があるのでしょうか? ファンとして首を長くして待ちたいと思います。


「伊吹亜蘭、正にキミこそ最強の“補食者”だ!!」



渚カヲル君の願い

2007-06-19 22:51:51 | アニメ・コミック
仕事帰りに立ち寄った本屋にて、コミック版『新世紀エヴァンゲリオン』の11巻が出ていたのを見つけ買う。
ヨメからは「何で今更エヴァ?」と言われたが、懲りずにずっと買い続けている数少ないコミックだ。

アニメのTVシリーズ版、そして劇場版2作とは異なり、コミック版は微妙に異なる内容・シリーズ展開になっているのが大きい。

先のTV版・劇場版が何かと「難解」であったのに対し、このコミック版は比較的「判り易い」内容になっているのがポイント。
この11巻では、エヴァの最大の核心部である謎に対し、より判り易い情報が次々と明らかになる。
このスピーディーな展開は、ある意味従来のファンには衝撃的ではないのかな?

TV版・劇場版、更にこのコミック版でも、終盤において最も重要なキャラクターが渚カヲル君。
この11巻にあって、曖昧であったカヲル君の正体がより明確になり、更に主人公のシンジに対して「残酷な選択」を迫ってくる。
アニメ版のホモっぼいシンジとカヲルの関係とは違い、このコミック版はよりナチュラルな関係に起動修正したので、余計に切なく凄惨な末路が悲しい。
こんな状況にあって僅か14歳の少年が、背負うにはあまりに過酷過ぎる現実があり、後に自我が崩壊しても仕方ないと思える(爆)。

結局エヴァって、子供としっかり向き合う事の出来ない未熟な大人達の醜いエゴ(それ故アダルト・チルドレンであるミサトは苦悩する)を描いたモノだと痛感した。

秋からのセルフ・リメイクの劇場版4部作の公開を前に、このコミック版は一体どんな結末を迎えるんだろう?!
願わくば、シンジ君にはこれ以上不幸になって欲しくない…。

「僕の事が少しでも好きなら…叶えてくれ」




BUGS-捕食者たちの夏-

2007-06-10 22:33:20 | アニメ・コミック
日曜日、何もせずにまったりと過ごす。
夕方になり、ヨメと一緒に近所のスーパーまで買い物に行く。
そこに入っている本屋さんにて、最近気に入っているコミック『BUGS-捕食者たちの夏-』の新刊(2巻)が出ているのを見つけ購入。

『BUGS-捕食者たちの夏-』とは?
先日、かの「映画秘宝」にて紹介されていたので、興味を持ち試しに第1巻を購入して、ものの見事にハマってしまった(笑)。
内容は簡単に言えば、最近の日本の劇画・コミックには珍しく、ストレートなB級テイスト満載のSF/怪獣映画的なコミックだ(笑)。

某県の原発を襲撃したテロリスト掃討の為に出動した、自衛隊の非公式な特殊部隊が遭遇する想像を絶する“恐怖”を描いている。
彼らが遭遇する想像を絶する“恐怖”とは?!
本作を未読の方には申し訳ないが、早々にネタバレすると何と巨大化した「昆虫」が襲いかかってくるのだ!
コレが本当に怖い! でも最高に面白い!!
何故昆虫たちが突然巨大化したのか? テロリスト達の真の目的は何か? そんな事を考える間も無く、物語は疾風怒濤の勢いで展開する。
僕もそうだが、本作は「虫が苦手」って人には背筋が凍るような描写の連続であります(苦笑)。
スズメバチ、クモ、カマキリ、タガメ…もう獰猛かつ凶悪な昆虫たちに次々と襲撃され、特殊部隊の精鋭達が片っ端から虫ケラのように惨殺され喰われていく。

この2巻では「最強の昆虫」として、空飛ぶ殺戮機械・オニヤンマが登場、主人公達を窮地に追い詰めていく。
更にやっと何故昆虫たちが突然巨大化したのか?と言う推論が語られ、テロリストの首領である人物について触れられます。
でも、まだまだ真相は闇の中、一応次の第3巻で終わるらしいけど、ホンマにどうオチをつけるかが楽しみです。
まぁ~この勢いで行くと、幾つかの「お約束」を守るならば、大体どんなオチになるかは予想出来る気がしますが…果たして!?

1・2巻の巻末に原作の七月鏡一氏のあとがきがあるが、コレもまた非常にニヤリとなる!!
今回は『空の大怪獣ラドン』のメガヌロンに触れ、本作の根底に何が流れているか明かしてくれるのも嬉しい。
正に平成の『放射能X』、否、和製『スターシップ・トゥルーパーズ』だ。
素晴らしい! SF/怪獣映画の大好きな方は必見のコミックであります!!

「闘って、殺して、生き延びろ!!」



歌は宇宙を救う

2006-11-21 13:23:31 | アニメ・コミック
依然として具合が悪い…。
咳は少しマシにはなったが、まだ血中酸素濃度が低いのか頭クラクラし声も出ない。
グッタリしながらも、気分転換に『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』のDVDを観る。
『マクロス』と言えば、日本が世界に誇る「ガンダム」に匹敵する、圧倒的かつ緻密な世界観を持った壮大なSFアニメ・サーガだ。
僕は勿論リアルタイムで、毎週日曜日のお昼の放映を欠かさず観ていた世代であり、この劇場版も映画館で観ている。
TVシリーズの「マクロス」は、色んな意味で衝撃的だった。
マクロスは、その名の通り超巨大な宇宙戦艦であり、数キロ単位の巨大ロボット(!)に変形する。
主人公達が乗り込む“バルキリー”と言う戦闘メカは、普段は戦闘機形態だが、格闘戦になると人型のロボットに変形(それも秒単位!!)する。
この魅力的なメカ達に、当時のアニ・ヲタ(僕も含む:自嘲)達は、すっかり魅了されてしまった。
そして、もう一つの「マクロス」の魅力、それは個性豊かなキャラクター達が繰り広げるドラマだった。
当時純粋なアニ・ヲタ達予備軍の子ども達に、ドロドロした三角関係の修羅場を教えた、罪深い作品でもあります(笑)。
そんな訳で、『マクロス』はアッと言う間に熱狂的な支持を受け、TVシリーズ放映後に映画化が決定した。
それが本作な訳だが、壮大なTVシリーズとはまた違うストーリーなのが最大のポイント。
先の『ガンダム』の映画化が、TVシリーズの総集編&一部リメイクの手法だった。
この『マクロス』がTVシリーズを下敷きにしながらも、また新しい物語が作れたのも、マクロス・シリーズの持つ“特殊性”を最大に発揮した結果だと言える。
何と本作は、『マクロス』シリーズの「劇中劇」だったりする。
細かい事を言うとややこしいので割愛するが(苦笑)、要はマクロスの世界観にあって最も重要なヒロイン リン・ミンメイを“主演”にした映画と言う訳。
この辺りが理解出来ないと、TVシリーズと劇場版は別の作品なのかと勘違いして、本作を楽しめなくなるかも?!
本作の大筋はTVシリーズと一緒、ゼントラーディと言う戦闘巨大人型宇宙人と、そのテクノロジーを使ったマクロスと地球の宇宙戦争がメイン。
そこに、アニメ史上最初の優柔不断な主人公一条輝と、その上官早瀬未沙、そして“宇宙最大のアイドル”リン・ミンメイの織りなす、TVシリーズ以上に月9や韓流も真っ青なドロドロの三角関係が展開する(笑)。
とは言え『ガンダム』にも言えた事だが、映画版はTVシリーズ以上にSF/右翼的要素が色濃くなっているのが特徴です。
良く考えると、結構アブナいプロパカンダ的思想・描写が多いです。
でも何がどうってのは、観る方の判断に任せます。
本作が公開されたのは’84年、もう20年以上の歳月が流れているが、本作の映像のきめ細かさと圧倒的な書き込みによる美しさは正に圧巻!!
多分今のアニメでは再現出来ないと思える程、総監督河森氏を始めとする今をときめく強者達が作り出した、狂ったような描き込みがもたらす究極の映像美は今観ても衝撃的。
個人的に大好きなのが、中盤からラストまでの展開。
まず輝の部屋で、出くわした今カノ・未沙と、前カノ・ミンメイと、二人の間でオロオロする輝が最高です。
ここでのキャラクター達の自然な仕草や目のやり方、スタッフの狂った拘りを感じてしまいます(笑)。
あの一連の流れは、あんな修羅場を経験した人でないと作れないぞ(笑)。
この時のミンメイの視線のやり方、未沙の怨念が籠もったセリフ(声優さん、天晴れ!)は、男には辛い名場面だと思いますね。
その後に来る、今や伝説と化した「ラスト7分の怒涛の反撃」描写は、もはや“神の領域”であります。
とにかく凄い!!
色々あって、個人的な感情を振り切り、戦闘の真っ直中、ステージに立つミンメイ。
そこに流れるのが、不朽の名曲『愛・おぼえていますか』。
ミンメイの歌をバックに、輝はそれまでの優柔不断が嘘のようなヒーローぶりで、敵の大ボスに一人特攻かける。
敵だと思っていた、ゼントラーディがマクロスの応援に入り、その司令官が「文化の火を絶やしてはいけない!」と泣ける名ゼリフを披露する…いや~燃えます!!
全てが終わった後、何も言わず、見つめ合う未沙とミンメイ。
ここはセリフは排除され、キャラクターの表情と声だけで表現されます。
そして、ラストに流れる『天使の絵の具』、ホンマに泣けます。
SF的には「宇宙人同士でも、互いの文化を認め合う事により、互いを尊重し共存できる」と言う重いテーマが隠し味に効いております。
20年以上経っても、本作の持つ衝撃とメッセージは全く色褪せていません。
因みに、TVシリーズ放映時から、ファンの間ではミンメイ派と未沙派に男子は分かれました(笑)。
僕は自分勝手で利己的なミンメイは好きになれず、何気に未沙派で今で言う“萌え”てました。
でも劇場版を見直すと、ミンメイが薄幸で非常に可哀想な存在に思えるから不思議であります。
この『マクロス』シリーズは、海外において『ガンダム』以上に高い人気を誇っています。
一応の“超時空”シリーズの「オーガス」や「サザンクロス」を、マクロス・シリーズに強引に加えるのはまだ判るけど、「マクロス」のフォロアー的作品だった『機甲創世記モスピーダー』まで付け足し、勝手に『ロボテック』シリーズとして継続させるのは、正直日本のファンとしては「オイ、オイ!(怒)」って感じですね。
でも、欧米人にはハリウッド的とも言える、マクロスのベタなラヴ・ロマンスと、他に類を見ないSFミュージカル的な作風は感情移入しやすのかもしれないですね。

「プロト・カルチャーっ!!」

PS:僕は今でも飯島真理さんの大ファンです。