goo blog サービス終了のお知らせ 

ダンナのぼやき

あられダンナの日々のぼやきです。
色んな事を思い、考えぼやいてます…。

ホムンクルス

2005-11-27 17:30:29 | アニメ・コミック
結局、精神的に凹んだまま週末を過ごす。
自分の精神的な脆さに自己嫌悪に陥るも、何にもする気になれずダラダラと週末を過ごした感じがする。
楽しみにしていた『SW EP-3』のDVDもロクに観ていない、久々に自分でも「コレは重症だな」と実感している(笑)。
そんな中『ホムンクルス』と言うコミックを借りて読んだ、いや~久々に心が震える位に強烈なコミックだと思った。
この『ホムンクルス』の内容は元超エリート・サラリーマンであり今はカー・ホームレスとなった名越が、金に困り得体の知れない青年・伊藤が提案した“トレパネーション”と言う頭蓋骨に穴を開ける人体実験を受ける事から物語は始まる。
名越はこの“トレパネーション”によって、左目だけその人の内面が見えてしまう能力を得てしまう。
名越が左目で見る世界では人が異形の怪物と化したおぞましいモノばかり、その中で名越は己の正気と向かい合いながら怪物と化した人と近付いていく…。
物語はまだ継続中なんでどんな結末を迎えるか全く予想が出来ない、遂に“一線”を越えた名越を待つ結末とは何なのか興味が尽きない。
それにしても作者の山本英夫の才能には驚かされる。
この人の描くコミックの大半は大抵異常な人の心理であり、狂気を内包した心の闇ばかりである。
大好きな『殺し屋1』も凄かったが、この『ホムンクルス』の持つ狂気と闇はそれを軽く凌ぐ壮絶さである。
車の教習中に、教官から人の“利き目”の話をされたのを思い出す。
人には左右の利き手がある様に、実は両目“利き目”なるものがあるのだ。
それは実に簡単なテストで判るが、僕の場合“利き目”は『左目』である事が判明した。
物を書く時、飯を空時は右手だが、映画館で映画を観る時、ケイタイでメールを打つ時、そして車を運転する時は“左”側である…。
それがどうしたって話だが、これと言って全く関係は無いだろう(笑)。
人の脳細胞はその半分も機能していないと言う、今の僕は更に脳の機能は低下する一方だと言える(苦笑)。
本当に凄いコミックだ、久々に早く続きが読みたいと思った…。 

恋人たち、狂人たち…。

2005-11-02 01:00:57 | アニメ・コミック
早いもので11月である。
今年も本当に残り僅かとなった…と感慨に耽りながら、今日は「映画の日」なんで仕事の帰りに『機動戦士Zガンダム-2“恋人たち”』を観た。
以前にも言ったが今や壮大なサーガと化したガンダム・シリーズにおいて、基本的に僕は“一年戦争”原理主義なんで「1st」以降の作品にはあまり思い入れは無い(ただ『逆襲のシャア』は例外)。
前作『星を継ぐ者』を観たのも、結局はアムロとシャアがオリジナルのTVシリーズよりもしっかりと描かれているからだ。
オリジナルの『Z』を愛するマニアは、御大富野由悠季氏が“新訳”と称して、作品に新たに手を加える事が賛否両論を呼んだ。
僕の様に『Z』に特別思い入れの無いガンダム・ファンにとって、今回の“新訳”は「一年戦争」(TVシリーズではなく劇場版3部作)以降の続編として楽しんで観れた。
特に前作『星~』での個人的な最大のハイライトは、ラストのアムロの復活とシャアとの再会をあまりに劇的に描いた点にあった。
なるほど! わざわざ“新訳”と掲げる意味がここにあると実感した。
さて、それを踏まえて第2部『恋人たち』な訳だが…コレがまた何とも色んな意味で凄い内容だったので、正直たまげたと言うのが本音である(苦笑)。
タイトルに“恋人”と挙げるだけあり、本作では登場する人物が何の必然性も無いまま突如として恋をする。
劇中、アムロが自らへの自嘲を込めて「女の尻を追いかけてるだけ」と吐き捨てるが、本作はその台詞一つに集約されてしまうのだ。
当時オリジナルを手掛けていた頃の御大富野氏は、当時を振り返り「あの頃は心身共に病みきっていた」と告白した事がある。
この『Z』はそれを見事に反映している、物語が進行すればする程に、人間関係は愛憎入り混じって泥沼化し、人々は全て狂気をはらみながら破滅へと爆走する。
それがあのカミーユのラストでの発狂と言う、あまりに救いの無い絶望的な結末へとつながっていく。
映画版の“新訳”においてカミーユは大人達の戦争に巻き込まれた悲しき純粋な少年として描かれていたが、本作ではすっかりオリジナルの様に情緒不安定で嫌味な奴に戻っているのが笑える。
オマケに登場する女性キャラが片っ端から、人間として何かが欠けた“壊れた”人物として描かれているのもポイントだ。
本作で最大の要となる「悲劇の強化人間」フォウ・ムラサメも、オリジナルの悲しみと憂いを漂わせた雰囲気よりも、更に狂気が強調された“痛い”人物として描かれている。
更に本作を最も象徴するキャラだと断言しても良いのが、恐怖の“地雷女”サラ・ザビアロフである。
まるでカルト教団の教祖の様なシロッコに心酔するサラの、本作におけるあまりの鬼畜外道な言動は正に圧巻である。
劇中コロニー内で無差別爆破テロを仕掛けたサラがシロッコの事を「原理主義者でもなければ、資本主義者でもない」と言う、この“新訳”にあって御大富野氏はシロッコと言う狂人に今現在の世相を反映させていると思わせる。
本作は色んな意味で壊れた人間達が、己の救済の為に恋をし、白痴的な台詞を次々と連打する展開(場内は失笑の嵐だった)は御大富野氏の真骨頂とも言えるかもしれない。
“新訳”にあっても本作がオリジナルから潜在的に持つ狂気は隠せない様だ、これで本当に完結篇でカミーユが発狂しない救いのある結末を迎える事が出来るとは思えない。
何とその完結篇である第3部のタイトルが『星の鼓動は愛』である…一体劇場版“新訳”『Z』シリーズは何処を目指すのだろう?
本作のラストで遂に「ジオンの亡霊」であるハマーン様が登場した、これから一体どんな結末に向けて“新訳”が展開されるのか来年の3月を楽しみにしたい(結局観に行くのよね…俺:自嘲)。

水の星から愛をこめて…。

2005-05-28 23:41:17 | アニメ・コミック
劇場版『機動戦士Zガンダム~第1部:星を継ぐ者』を観た。
先に白状すると個人的に“ガンダム”とは一年戦争を舞台にした「ファースト」と呼ばれる初代であり、リアル・タイムで観た最初のガンダムである『Z』にはあまり思い入れがなかった。
それにファンとして「何故今更『Z』なのか?」と言う気持ちもあったし、一人の作家としての富野由悠季氏の姿勢にも疑問を持っていた。
とは言え劇場版の公開となりと冷めた感覚を持ちながらも、ファンとして「観てみたい!」と言う衝撃に負けてしまった(笑)。
さて本作のタイトルに「A NEW TRANSLATION(新訳)」と大々的に掲げるだけあって、本作はTVシリーズの『Z』とは全く異なるカラーを持った作品である事に気付く。
今回の劇場版『Z』は全部で3作だと言う。
あの「ファースト」の劇場版も全3作で、TVシリーズにリテイクを加えて微妙に異なるニュアンスを漂わせていた。
だが今回の劇場版『Z』1部である本作を観ると、全体の6割が新テイクを大胆に取り入れ全く違う作品…ほぼ“リメイク”と言っても良い程の印象を受けた。
まぁ~20年近く前の映像を劇場版にするには確かに厳しいものがあるし、今回の様に作品自体を根本から再生させるのは逆に“映画”として正解だったと思う。
まず本作を観ていて驚いたのが『Z』の主人公であるカミーユ・ビダンだ。
以前のTVシリーズでは暗くキレやすい凶暴で利己的な17歳と描かれていたカミーユだが、この劇場版では大人達の陰謀に巻き込まれる純粋な少年として描かれているので驚いた。
噂ではこの劇場版ではカミーユは最後で“発狂”しないと言う、でも『Z』の今後の展開を思うと「歩く疫病神」(!)と化すカミーユなのだからどうオチをつけるのか注目だ。
あと本作での実質上の主人公はクワトロ・バジーナことシャア・アズナブルである事が判る、彼とかつての英雄である「ファースト」でのメイン・キャラクターとの出逢いがTVシリーズよりもドラマティックかつ印象的に描かれている。
中でも最も劇的だったのが、「ファースト」の主人公アムロ・レイとの再会だ。
『Z』のTVシリーズではその奈落の底に墜ちたダメ人間への変貌ぶりが強烈だったアムロ、『Z』が今一つ好きになれない要素にはこのアムロのダメっぷりに悪意すら感じて失望してしまったのが原因している。
だが本作におけるアムロは違う、彼は己の置かれた状況に嘆きながらもそこにはしっかりとした明確な意志を覗かしている。
特にラストでのカッコ良過ぎるアムロの活躍と、宿命のライバルであるシャアとの再会がもう反則だと思えるほど劇的に描かれている。
全3部作の最初でこれだけ内容をイジッて来たのだ(ティターンズのファシズム的要素がより強調されている)、今後の展開ではまだ何が飛び出すのか予想出来ない(シリーズの“流れ”として『ZZ』は無かった事になるかも!?)。
この『Z』シリーズの鍵を握る、重要な女性キャラクター達がまだ何人も出てきていない。
それを象徴するかの如く第2部は『恋人たち』と言うタイトルだ、陰謀と情念が錯綜する複雑な人間模様が展開されるのが予想される。
何はともあれ本作は素晴らしかった! 富野氏の作品としては久々に傑作だと言えるだろう!!
このテの作品は全3作揃って初めて一つの作品と言えるかもしれない、もう気持ちは10月公開の第2部に飛んでいる自分がいる(笑)
最後にファンとして、やっぱりラストでアムロには宇宙(そら)に出て欲しい…そう思うファンは僕だけではない筈だが?!
P.S:Gacktの唄う主題歌も良い歌やね~。

THE PRINCE OF DARKNESS

2005-05-22 20:47:43 | アニメ・コミック
怒濤の様な超多忙な日々の山は越えた。
でも毎日普通に忙しい(笑)。
教習所通いに集中していて、全く手を付けていなかった通信の課題が山の様に残っている(汗)。
まぁ~一気に片付けかれるモノでもないので、参考文献片手に地道にレポートを書いてこの週末は過ぎて行った(T-T)
そんな中、あの『宇宙船』が休刊すると言う話を聞いて軽くショックを受けた。
子供の頃は高価な“大人の読む雑誌”だと思っていた、季刊で毎号しっかりと買い出してもう10年以上の歳月が経っていた。
そんな『宇宙船』もこの6月に出る号で一つの終わりを迎える、何か寂しい気持ちになる…コレも時代の流れか?
今雑誌媒体の売れ行きが悪いとは聞いてる、今の時代情報の新鮮さと言う意味ではネットに勝るモノが無い。
情報過多な時代に、雑誌として生き残っていくのは何かと難しい事の表れだろう。
話題はコロっと変わるが、今日映画版『機動戦艦ナデシコ THE PRINCE OF DARKNESS』を観た。
何を今更って感じだが、実は最近仕事の関係で'97年のTVシリーズをずっと観ていた(笑)。
コレは結構面白いかも?って思っていたら、映画版は更に面白いと言われて早速借りて観た。
いや~コレはかなり面白いっすな。
TVシリーズはどちらかと言うと過去のロボット・アニメ等への構造化されたパロディーだと言えるが、映画版は笑いの要素は残しつつもよりダークで硬質な感じが僕好みだ。
俗に言う「萌え」系(主人公は美少女やし:笑)の作品なのかもしれないが、TVシリーズでは“陽”の雰囲気だった主人公が悲惨な陰謀の果てに発狂して復讐鬼(!)と化した姿は凄い。
作品自体が約90分と説明不足な面が強いが、このラストまで突き抜ける感覚は日本産SFアニメの最高峰だと言っても良いだろう。
この“ナデシコ”シリーズにそんなに思い入れがないので詳しくは判らないが、ファンはあの救われないオチに納得出来るのだろうか?
ひょっとして続編があるの?! 気になってしまう。
作り手側の悪ノリや狙い過ぎた演出が鼻につく事があるが、声優陣の素晴らしい演技と作品の持つ爆発的な勢いの相乗効果は絶妙である。
作品に対して予備知識が全く持っていなかったヨメが一緒に観ていて、爆笑しながらも「面白い!」と大ウケしちょりました。
余談だが重要なキャラクターの一人をブレイク前の仲間由紀恵が当てている、この人はホンマに“人間離れ”したキャラクターが似合う(笑)。
P.S:今BSにて『永遠の音楽・主題歌大全集』を観ている。もうあまりに壮絶な内容に悶絶モノだ。皆さんの圧倒的な歌唱力は素晴らしい! 佐々木功の『真っ赤なスカーフ』は名曲だ!!