だからちがうんだってば.

ブログ人から引っ越しました

租税抵抗の財政学

2015-06-12 08:41:01 | 授業ネタ

「日本の租税負担率は先進国で最低の水準だが、納税の痛み、「租税抵抗」は大きい」ことをふまえて,財政危機の名の下でリスクが<私>化され、生活困窮が放置される日本財政を批判的に検討」し,「人々の生存と尊厳を守るために信頼に基づく強靭な財政を構築し、普遍主義的な社会保障制度を整備することを訴える」本です.痛税感の高いのはそのとおりでしょうし,全体として言いたいことは分からんでもないです.直接税を払う人と現金で給付を受け取る人が分かれている,つまり現金給付を受け取りつつ直接税を支払う人の比率が大きくないために,財政的な面で人々が分離してしまい,「受け取る人」と「支払う人」の対立が発生している.このことは社会を分断させ,受け取る人から見れば十分な保証がなく,支払う人から見れば負担ばかりがかさんでいることになり,その結果,負担の先送りが進み公債残高の累増が進む.解決のためには支払いつつ受け取る人を制度的に作り出すことが有効なのではないか,ということです.

言いたいことはそれでいいのですけど,統計の扱い方がややずさんだったり,散布図の相関と因果を混同させて解釈したり,現金給付と現物給付の費用が混乱していたり,話の持って行き方としてはどうなのかしらん,と思われるところが多いように思いました.所得再分配というのはレトリックはともかくとしてもネットで支払う人と受け取る人が出てくる制度で,支払う人から見れば「支払った分だけ返ってこない」のは原理的に当たり前の話です.それでもなお所得再分配を社会的に成り立たせるためには,保険の原理の話であったり無知のベールの話だったりをいれて,日本でそういう理解が進まないのは「お上」意識が抜けないんじゃないかとか,近代市民革命がどうのこうのとか,そういう話もしないとあかんのではないか,と感じました.受け取る人と支払う人をまとめて,アンケートを全体で集計してどうのこうの,というのは不十分かもと思ったりします.だいたい政府なんて経済全体で見れば会社で言うところの総務部みたいなもんですから「公共」というのが一般市民とは別のところにあるという言い方はどうなんすかね,というのは近経的財政論の歪んだ見方なのかもしれませんが.