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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(15)

2019-01-03 09:37:32 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
15 声

そしてその声と共に一瞬、我々の
人生の最初の詩の声がよみがえる--
すぐに消える夜の遠い音楽のように。

 この最終連について、池澤は書く。

失われた人々の声は言葉としての意味が揮発してしまい、ただ音楽性だけがかすかに残っている。

 「声」はんと「言葉」はたしかに似ている。共通項をもっている。しかし、「失われた人々の声は言葉としての意味が揮発してしまい」というのは、どうだろうか。カヴァフィスは「意味」という認識で「声」ということばをつかっているのか。
 「我々の/人生の最初の詩の声」というとき、そこには確かに死者の声が含まれるのだが、同時に「私の(カヴァフィスの)」声も含まれるのではないのか。
 「最初の詩の声」は「ことば」以前のものではないだろうか。

 ある人が何を言ったか思い出せない。しかし、声は思い出せる。声を聞けば、それが誰であるかわかる、ということはないだろうか。
 ひとはことばの「意味」を聞き取ると同時に、「声」そのものを聞き取る。そして「声」の方が記憶として強く残る。
 この不思議さ。
 
 私は、こんなことも思う。
 昔、詩を書いた。その「ことば(意味)」は思い出せないが、書いた瞬間をおぼえている。「声」をおぼえているが「意味」をおぼえているわけではないので、そのときの「ことば」は再現できない。
 そういうことはないだろうか。

人生の最初の詩の声がよみがえる--

 こう書くとき、この「詩」はだれかの書いた詩ではなく、つまり「失われた人々」の詩ではなく、カヴァフィスの詩だと思う。「意味」てではなく、「意味」になる前の「声」だと思う。カヴァフィス自身の詩なのに「我々の」と書くのは、「未生の意味」は誰のものでもなく、詩人すべての声だからだろう。









カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


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