詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

北野丘『字扶桑』

2020-09-12 10:52:17 | 詩集
北野丘『字扶桑』(私家版、2020年05月01日発行)

 北野丘『字扶桑』の「遠吠えへと至る比(ころ)」はこの詩集のなかでは、私には異質に感じられた。

滸呂裳(ころも)よ、何もかも
わすれてもいいと思うのは
こんなにも澄んだ秋の夕暮れに
ふいに、とめどもなく零れる
落ち葉のただなかにいて
つと止み、歩み出す時だろうか

秋が澄明で
人は郷愁の絵図へと配られ
水彩に暮れてゆくなかで
滸呂裳よ、忘却が列を細め
俺の腕を昇ってくるのが見えるだろう

 リズムがある。「滸呂裳よ、」の「よ」が「他者」をひきこみ、呼吸が生まれる。それがたとえ自分に対する呼びかけであったとしても、そこに「断絶」(切断)があり、その「切断/断絶」をわたって、「接続」しようとする呼吸がある。
 「よ」と呼びかけ、一呼吸置く、その読点「、」が生み出す自然な呼吸だ。
 それが「ふいに、」「つと止み、」と繰り返される。その周辺には「澄んだ秋の夕暮れ」や「零れる」「落ち葉」という「情感」を誘うことばが拡がる。
 二連目の「滸呂裳よ、」が冒頭ではなく、途中で出てくるのもいいなあ。冒頭で繰り返されていたら、パターンになってしまう。パターンにしないで、なおかつリズムでありつづけるのは、むずかしい。リズムとは、もともと繰り返しが生み出すものだからだ。
 このあらわれては消えるリズムは、不規則なのだが、あらわれるたびにリズムであることを思い出させる。

土蔵の壁はめまぐるしい速度で
一瞬を全貌にひらいては
杖はこなごなに砕け
つながようもなかった
ああ、やませだな

滸呂裳よ、風の筋が梢で
燃えはぜる音をさせて憩い
精気を吸っては尾をなびかせ
頬をなでていく比(ころ)
人は、こうして一緒に
風が哭くのを聞いてもよかった

 呼吸のリズムにしたがって、「声」に乗る音があつめられる。それを優先させてことばが「物語」へと動いていく。

字扶桑で、俺は
目と目のあいだに
像のよみがえりを思念し
何もかもが
深い断念を落下しながら飛翔する
俺は存在の唖だ

 「落下しながら飛翔する」は矛盾しているが、リズムがことばを支えているから、矛盾を引き寄せても矛盾にならず、矛盾を「飛躍」の踏み台にかえる。「俺は存在の唖だ」というのはリズムが生み出した概念の花だ。

网孤(もうこ)が鳴いたのか
ああ聞いた、いま、一瞬聞いた

滸呂裳よ、モモンガの砦で
いま児が産まれたな              (注、「児」は原文は「正字」)

 「神話」は、リズムのなかから生まれてくる、と思った。「神話」を書くには、リズムが不可欠である。そのことを教えてくれる詩だ。




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