詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

細田傳造『杭』

2024-06-07 22:47:43 | 詩集

細田傳造『杭』(現代詩書下ろし一詩篇による詩集、懐紙シリーズ第十三集)(阿吽塾、2024年05月10日発行)

 何を書こうか。

今から思うと
あの日本人の親切が怪しい
あの朝鮮の役人の怒りがわかる

 この三行は、私には、やはり胸にこたえる。
 ほかにもいろいろあるが、この「正直」の前では、私のことばは何の意味もない。
 私は、そのことについて何の関係もしていないのだが。(そう言いたいのだが。)

 そこで、唐突に、こんなことを書いておく。
 私はときどき外国人に日本語を教えている。きょうの生徒はオーストラリアの外務貿易省で働いている女性だった。通訳の国家試験(オーストラリア)のようなものに優秀な成績で合格しているし、実際に、実務で何年間も通訳をした経験がある。いまさら「日本語を教えます」もないのだが。
 きょうは、欧州各国が、インド太平洋の安保を強化している、中国・ロシアに対抗し、インド太平洋に艦艇を派遣している、というニュースを読んだ。日本に、イタリアやイギリスの空母が寄港するとか、オランダのフリゲート艦が台湾海峡を通過した、というような記事である。なぜ、イタリアやイギリスの空母が日本に寄港するのか、オランダのフリゲート艦がわざわざ台湾海峡を通過するのか(公海だから通過してかまわないが)、ぜんぜんわからない。さらに、その記事の末尾には、アメリカの中国専門家が「もし米国がウクライナ支援や欧州の安全保障から手を引けば、欧州がインド太平洋に割ける資源は限られ、関与は薄まるだろう」と述べ、欧州の関与継続は米次期政権の安保政策がカギを握ると指摘した、と書いてある。
 オーストラリア人によれば、これは「トランプが大統領になれば、ウクライナ支援をやめる。欧州はロシア対応に軍事を集中するので、日本やオーストラリアのことなんか気にしなくなる」という意味である、という。さすが、外務貿易省の前には国防相で働いていたというだけあって、新聞に書いてないことを「深読み」できる。
 で、思うのである。
 アメリカは日本を中国や北朝鮮から守ってやる、というような「やさしいことば」をささやくのだが、それは「親切」だからだろうか。だれの指示かしらないが、オランダのフリゲート艦が台湾海峡を通過しておいて、中国に太平洋に進出してくるなというのは、いったいどういう意味なのだろう。中国が、アメリカや日本が中国の近くで軍事演習をすることに対して「怒り」を表明したからといって、それは「間違った怒り」なのか。
 場当たりの「やさしさ」や「怒り」に反応して、あとになって「今から思うと」ということばを発するようになっては、いけないのである。
 細田は、海に突き出た一本の「杭」があばきだす歴史(それも、なんとなく景色が気になる女性の視点がきっかけであばかれ始める歴史)を書いているのだが、ああ、「歴史」はいつでも、生きている人間のそばで動いていると教えてくれる。どこからだって、「歴史」を語り直すことはできる。そして「歴史」というのは、生きている人間の「生き方」そのものなのである。
 「やさしいことば」「激しい怒り」は目立つが、そうではないことばのなかにも、くみつくせない「歴史」がある。権力の暴力に対しては、そのくみつくせない「歴史」にもぐりこんで、そこから立ち上がるしかないのである、と感じるのである。
 こういうことを、細田の詩の一行一行を引用しながら書くと、細田の詩が細田の詩ではなくなるので(私には、細田の怨念のようなものを正確に書けるとは思えないので)、こんなふうに、奇妙な形で感想を書くしかない。

 「今から思うと」と言わないために、細田の詩を読もう、とだけ書いておく。「今から思うと」と、私は言いたくないのである。もうすぐ死んでいくしかない老人だけれど。


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