福岡に住んでいる友人がライブ酒場を作っている。
結婚して、娘さんも出来て、落ち着いた幸せの日々を送っている様子は
彼のブログから伺い知ることが出来た。
ただ、ライブを以前ほどやっていないようで、僕としては少なからず淋しい
感じを受けていた。
彼は伝説のライブハウス“照和”で長年に渡り、毎週ライブをやっていた男だ。
彼と知り合って、僕も何度か“照和”のステージで唄わせてもらったことがある。
井上陽水、チューリップ、海援隊、長渕剛などなど、数多くの九州出身ミュージ
シャンが通ってきたライブハウスだ。
(照和にて。手前が僕、ナント、長髪だ 笑)
彼の存在感は際立っていた。
ライブパフォーマンスも他にないものだった。
常に弦を切るほどの強く激しいストロークだった。
全てが熱いステージだった。
その彼はやはり眠っていなかった。
きっと「その時期」を虎視眈々と狙っていたに違いない。
僕はライブ酒場の施工風景をシリーズで書いてくれているのをみて、なんだか
勇気をもらった。
メールを送ったら、「完成したら唄いに来て。キャッチボールもしよう!」という
返事をもらって嬉しくなった。
もちろんだとも!
夢をあきらめない熱い男が、いま夢に向かって走っている。
結婚して、娘さんも出来て、落ち着いた幸せの日々を送っている様子は
彼のブログから伺い知ることが出来た。
ただ、ライブを以前ほどやっていないようで、僕としては少なからず淋しい
感じを受けていた。
彼は伝説のライブハウス“照和”で長年に渡り、毎週ライブをやっていた男だ。
彼と知り合って、僕も何度か“照和”のステージで唄わせてもらったことがある。
井上陽水、チューリップ、海援隊、長渕剛などなど、数多くの九州出身ミュージ
シャンが通ってきたライブハウスだ。
(照和にて。手前が僕、ナント、長髪だ 笑)
彼の存在感は際立っていた。
ライブパフォーマンスも他にないものだった。
常に弦を切るほどの強く激しいストロークだった。
全てが熱いステージだった。
その彼はやはり眠っていなかった。
きっと「その時期」を虎視眈々と狙っていたに違いない。
僕はライブ酒場の施工風景をシリーズで書いてくれているのをみて、なんだか
勇気をもらった。
メールを送ったら、「完成したら唄いに来て。キャッチボールもしよう!」という
返事をもらって嬉しくなった。
もちろんだとも!
夢をあきらめない熱い男が、いま夢に向かって走っている。