こまんたれぶ~下福田小学校

当時の同級生との交流場所
(ここ数年は模型三昧)

日本海軍戦艦 比叡 14

2011-11-26 23:18:47 | Weblog
本日は舷側に並べられた副砲の取り付けです。

太平洋戦争に参加した日本海軍の戦艦は大和型を除き、
副砲は舷側にケースメート方式で1門づつ装備されていました。

当初は片舷に8門が装備されていましたが、最前列の1門は波をかぶることから撤去。

大戦後半まで生き残った同型艦の金剛・榛名は対空火器を増強した際の重量削減として
片舷4門のみが残されました。

比叡はガダルカナル島を巡る攻防戦で敵飛行場への艦砲射撃を実施すべく出撃。
これを阻止しようとするアメリカ艦隊との間に夜戦が勃発(第三次ソロモン海戦)
敵の攻撃により舵を損傷し操舵不能に陥ります。

なんとか自力航行可能なように懸命の努力が払われますが、
翌日になると航空機の襲撃を受け遂に放棄を決断、キングストン弁を開いて自沈しました。

この海戦には同型艦の霧島も参加していますが、第三次ソロモン海戦の第二ラウンドで
アメリカの新鋭戦艦と対決、比叡が自沈した翌日に同様に自沈処分されています。
(霧島は戦艦同士の砲撃戦で沈没した唯一の戦艦になりました)

ガダルカナルを巡る戦いで日本は膨大な戦力を消費しましたが、
戦艦だけでも2隻を失う痛手を負ったのでした。

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