読書案内「天才」石原慎太郎著 幻冬舎2016.1.20刊
悪い癖だが、今回も宣伝コピーにつられて読んでしまった。
「ノンフィクション・ノベル」と歌っているように、
石原慎太郎が沢山出版されている角栄本をつなぎ合わせ、慎太郎流の解釈を加えた本。
しかし、人間田中角栄の側面に光を当てたことは確かだ。
興味のそそられることが二つある。
一つは「ロッキード事件」で、現職の総理大臣が逮捕されるという、前代未聞の事件であった。
被告本人が脳梗塞に倒れ、事件は本当に解明されたのだろうか。
ロッキード・スキャンダルは
「まさかの一審判決が出るまでに6年半、さらに二審判決の出るのに4年、
そして最高裁への上告の後のあいまいな裁判の進行で、俺の生殺しの年月が続いた」。
「判決は、5億円の授受と請託があったとみとめ、
裁判史上初めての総理大臣の職務権限による収賄罪の成立をみとめた」。
詳しくは書けないけれど、果たしてアメリカの謀略があったのか、
政界にまつわる贈収賄事件は、いつもすっきりしないままに幕を閉じてしまう。
「アメリカに嵌められた」と角栄は言う。
日本列島改造論をかざし、高速道路、新幹線の設置に、確かに経済は活性化した。
しかし、角栄の動くところ「金」がついてまわり、「金権政治」との批判があったことも確かです。
ブルトーザーのように強引に日本経済をけん引した逸材が消えてしまったのは残念だ。
一つは脳梗塞に倒れた角栄の苦悩が如実に表現されている。
この部分は、著者の石原慎太郎の伝聞による創作だろう。
指導者として上に立つもの、特に宰相の孤独と重圧には計り知れないものがある。
病に倒れ、言葉を失った田中。
ロッキード事件の弁明もできず、日ごとに減少し去っていく取り巻き連中。
今を時めく田中が涙を流す。声にならない声を田中は涙に代えて訴えた。
著者石原慎太郎は最後にこう述べている。
「私たちは田中角栄という未曾有の天才をアメリカという私たちの年来の支配者の策謀で喪ってしまったのだ」と。
はたして田中は、
「ロッキード事件」というアメリカが仕掛けた罠にハマってしまったのだろうか。
良きにつけ悪しきにつけ稀なる才能の持ち主を私たちは失ったのだ。
ロッキード事件や金権政治、闇将軍、女性問題といった一般受けする題材だけで評価するのは
田中の評価を一方的に低くしてしまうことになる。
田中が大臣時代に、提案者となって成立した議員立法は33法あり、
かつて在任中にこれだけ多くの議員立法を成立させた議員は田中以外には見当たらない。
急速に変わりゆく時代の気流のなかを駆け抜けた宰相・田中角栄のご冥福を祈る。
(2016.03.02記)