居酒屋日記・オムニバス (23)
第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑫
会話を聞かれたくないようだ。
智恵子がスマートフォーンを握りしめたまま、ドアを開け、店の外へ出ていく。
不安そうな表情を浮かべたまま、少女が智恵子の背中を見送っている。
これから先のことを考えれば、少女の表情が深刻にかわっていくのも無理はない。
少女の目がようやく、こちらを振り向いた。
助けを求めるかのように、泣きそうな目が、幸作の顔を見上げる。
「安心しろ。俺はあの女の共犯じゃねぇ、いまのところは無関係だ。
頼まれたから、ここまで運転してきただけのことだ。
サキと言うのかい、君の名前は」
少女がコクンとうなづく。
よく見ると、利口そうな目をしている。
学校をさぼって遊びまわっている落ちこぼれや、不良の同類ではなさそうだ。
母親に電話をいれた瞬間から、反省の気持ちに落ちている様子が、
手に取るように伝わって来る。
「小悪魔のように生きたいと言っていたが、それってホントに君の本心かい?。
俺には君が、そんなことが出来る人間には見えない。
家出は、簡単な衝動からはじまる。
何が有ったか知らないが、君はもう、充分に後悔している。
2度と黙って家なんか出るな。両親が心配して、悲しむだけだから」
「終わったよ」怖い顔をして、智恵子が戻ってきた。
「話はついた。10分もすれば、お前さんの両親が此処へやって来る」
ほらと会話を終えたスマホを少女に手渡す。
「あんたが家出した本当の理由は知らないが、母親は心配していた。
無事に帰って来てくれてホントによかったって、泣いてた。
送っていくと言ったが、これ以上の迷惑はかけられないから車で迎えに来るという。
ということで残念だけど、あんたとはここでお別れだ」
智恵子がポーチから、少女の財布と学生証を取り出す。
途中で逃げられないようにと、少女から取り上げていたものだ。
いったい何が起きているのか、まったく理解しきれていない少女の手に、
財布と学生証を押し付ける。
「帰るよ、あんた。もう用事は済んだ。こんなところに長居は無用だ」
「なんでよ。親から示談金を分捕るために、ここまでやって来たんだろ。
なんで帰るんだ。まだ目的を達成していないだろう」
「この子を無事に送り届ければ、それだけでいいのさ。
いいかい。2度と小悪魔のように生きたいなんて、生意気なことを言うんじゃないよ。
身勝手がしたいのなら、自分で稼ぐようになったらにしな。
親のすねをかじっている間は非行に走る前に、ひとつやふたつでいいから、
親孝行をするもんだ!」
少女がポカンとしたまま、智恵子の顔を見上げている。
自分の置かれた状況が、まだ理解できていないようだ。
(なるほど。そういうことか・・・)事態を察した幸作が、「じゃ帰ろう」
と椅子から腰を上げる。
「小娘。あ、サキというのか、あんたは。
いいかい。余計なことを言うんじゃないよ。
群馬まで来たが、所持金を使い果たし、途方にくれているところを補導した。
とだけあんたの母さんに電話で説明した。
あんたみたいな面倒くさいガキには、2度と会いたくない。
あんたの3万円には手を付けていない。
どんな金でも、金は金だ。あんたが怖い思いをしてはじめて稼いだ金だ。
両親には内緒で、生まれて初めてのへそくりにすればいい」
「あ、あのう・・・」
「なんだよ。まだ何かあるのかい。面倒臭い小娘だね、まったくぅ~」
「いえ、あの・・・いろいろ、ありがとうございます。
ご馳走様でした。あたし、お腹が空いていたので、とっても美味しかったです」
「なんだ。
世間知らずとばかり思っていたが、ちゃんと言えるじゃないか、感謝の言葉が。
それを大切にするんだね。ちゃんと両親にも伝えることだ。
そいつを実行してくれればわたしも、あんたを、ここまで送って来た甲斐が有る」
第二話 小悪魔と呼ばれたい (完)
(24)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑫
会話を聞かれたくないようだ。
智恵子がスマートフォーンを握りしめたまま、ドアを開け、店の外へ出ていく。
不安そうな表情を浮かべたまま、少女が智恵子の背中を見送っている。
これから先のことを考えれば、少女の表情が深刻にかわっていくのも無理はない。
少女の目がようやく、こちらを振り向いた。
助けを求めるかのように、泣きそうな目が、幸作の顔を見上げる。
「安心しろ。俺はあの女の共犯じゃねぇ、いまのところは無関係だ。
頼まれたから、ここまで運転してきただけのことだ。
サキと言うのかい、君の名前は」
少女がコクンとうなづく。
よく見ると、利口そうな目をしている。
学校をさぼって遊びまわっている落ちこぼれや、不良の同類ではなさそうだ。
母親に電話をいれた瞬間から、反省の気持ちに落ちている様子が、
手に取るように伝わって来る。
「小悪魔のように生きたいと言っていたが、それってホントに君の本心かい?。
俺には君が、そんなことが出来る人間には見えない。
家出は、簡単な衝動からはじまる。
何が有ったか知らないが、君はもう、充分に後悔している。
2度と黙って家なんか出るな。両親が心配して、悲しむだけだから」
「終わったよ」怖い顔をして、智恵子が戻ってきた。
「話はついた。10分もすれば、お前さんの両親が此処へやって来る」
ほらと会話を終えたスマホを少女に手渡す。
「あんたが家出した本当の理由は知らないが、母親は心配していた。
無事に帰って来てくれてホントによかったって、泣いてた。
送っていくと言ったが、これ以上の迷惑はかけられないから車で迎えに来るという。
ということで残念だけど、あんたとはここでお別れだ」
智恵子がポーチから、少女の財布と学生証を取り出す。
途中で逃げられないようにと、少女から取り上げていたものだ。
いったい何が起きているのか、まったく理解しきれていない少女の手に、
財布と学生証を押し付ける。
「帰るよ、あんた。もう用事は済んだ。こんなところに長居は無用だ」
「なんでよ。親から示談金を分捕るために、ここまでやって来たんだろ。
なんで帰るんだ。まだ目的を達成していないだろう」
「この子を無事に送り届ければ、それだけでいいのさ。
いいかい。2度と小悪魔のように生きたいなんて、生意気なことを言うんじゃないよ。
身勝手がしたいのなら、自分で稼ぐようになったらにしな。
親のすねをかじっている間は非行に走る前に、ひとつやふたつでいいから、
親孝行をするもんだ!」
少女がポカンとしたまま、智恵子の顔を見上げている。
自分の置かれた状況が、まだ理解できていないようだ。
(なるほど。そういうことか・・・)事態を察した幸作が、「じゃ帰ろう」
と椅子から腰を上げる。
「小娘。あ、サキというのか、あんたは。
いいかい。余計なことを言うんじゃないよ。
群馬まで来たが、所持金を使い果たし、途方にくれているところを補導した。
とだけあんたの母さんに電話で説明した。
あんたみたいな面倒くさいガキには、2度と会いたくない。
あんたの3万円には手を付けていない。
どんな金でも、金は金だ。あんたが怖い思いをしてはじめて稼いだ金だ。
両親には内緒で、生まれて初めてのへそくりにすればいい」
「あ、あのう・・・」
「なんだよ。まだ何かあるのかい。面倒臭い小娘だね、まったくぅ~」
「いえ、あの・・・いろいろ、ありがとうございます。
ご馳走様でした。あたし、お腹が空いていたので、とっても美味しかったです」
「なんだ。
世間知らずとばかり思っていたが、ちゃんと言えるじゃないか、感謝の言葉が。
それを大切にするんだね。ちゃんと両親にも伝えることだ。
そいつを実行してくれればわたしも、あんたを、ここまで送って来た甲斐が有る」
第二話 小悪魔と呼ばれたい (完)
(24)へつづく
新田さらだ館は、こちら