落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (21)     第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑩

2016-03-02 11:28:45 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (21)
    第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑩




 「あら、大好きと言わないのね。
 ということは他にまだ、おすすめの歌があるということかしら?」



 「おすすめは、俺の小樽という歌だ。こいつが1番好きだ」


 「その歌も知ってるわ。
 ♪~夕陽とかした 海にそめられてこども2人が 家路を駆けていく~、
 と唄い出すやつだろう。
 なんなのよ。あんたの裕次郎の好きな曲って、全部マイナーばかりじゃないの」



 「そう言うな。そういうお前さんも、マイナーな唄ばかり良く知ってんな。
 ひょっとして感性が同じなのかな、俺たちって・・・」



 「ジジィと感性がいっしょじゃ、あたしが可哀想すぎるでしょ」



 「42歳はジジィなのか、君の目から見て?」



 「42歳・・・そうすると、あんた丑 (うし)なの。もしかして!」



 「おう。1973年生まれの丑年だ。それがどうした。
 何か文句でも有るか」



 「いやだぁ。わたしは昭和60年生まれの丑年なのよ。
 まいりましたねぇ。共通点がまたひとつ、増えてしまいましたねぇ・・・」



 「なんだ。共通点が増えると迷惑になるのか、お前は?」



 「うん。大きな迷惑がまたひとつ増えてしまいました。うっふっふ」



 幸作の車が北関東道から、東水戸道路へ入っていく。
ひたちなかICから、深夜の一般道へ降りる。ここまでおよそ1時間40分。
時刻は間もなく、午前1時になろうとしている。
幹線道路を走りはじめてまもなく、突然、「そこ、右に曲がって」と
智恵子が指示を出す。



 「右へ曲がる?。何も見えないぜ、前方は真っ暗闇で。
 この道の先に、いったい何が有るんだ?」


 「いいからまっすぐ進んでちょうだい。
 500メートルほど行くと終夜営業しているラーメン屋が有る」



 「なんで知ってんだ、そんなことまで」



 「半年前、このあたりで仕事していた。ただそれだけのことさ。
 腹が減っただろう、あんたも・・・」



 智恵子が、後部座席の少女を振り返る。
車がICを降りた瞬間から、少女は極度に緊張している。
無理もない。極道と和解するため、親に多大な負担をかけてしまうからだ。
組の事務所で目撃してきた光景は、少女の理解力をはるかに超えて居た。


 けた違いの金額の交渉が、少女の頭越しにすすむ。
指1本立てただけで、それが100万円の札束を意味することも初めて知った。
(わたしのせいで、両親に途方もない経済的な負担をかけてしまう・・・
たいへんなことをしでかしてしまったんだ、わたしは・・・
少女の顏に、そう書いてある。



 「急いては事を仕損じる。あんたの家に行く前に腹ごしらえをしていこう。
 よく考えたらバタバタしていて、夕方から何も食っていない。
 道理で腹が減るはずだ」



 前方に、こうこうと明かりをつけたラーメン屋が見えてきた。
深夜だというのに、数台の車が停まっている。
開店時間が午後8時からと書いてある。
夏は朝の5時、冬は朝の6時まで営業しますと看板が出ている。



 店内は広い。6人がけの大きなテーブルが3台。カウンターに椅子が5脚。
座敷が2つありテーブルが5つ、ドンと横にならんでいる。
「手打ちラーメン」と大きく書いてあるように、どうやら手打ちの麺が
売りの店らしい。


 (22)へつづく
 
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