居酒屋日記・オムニバス (24)
第三話 除染作業員のひとりごと ①

幼なじみが久しぶりにやって来た。
この男も幸作と同じように女房に逃げられた、哀れな男のひとりだ。
少し顏がやつれているようにも見える。だが、辛口は昔のままだった。
開口一番。「クリーニング屋へ行った女房は、もう戻って来たか?」
と事情を知りつくしているくせに、嫌味な言葉を口にする。
悔しいから「そう言うお前のところはどうなんだ。こころを入れ替えて帰って来たのか?」
と聞くと、
「野暮なことを言うな。俺のところだけ帰ってきたら、お前が寂しくなるだろう」
仲間がひとり減るのは淋しいことだ、とニンマリ笑う。
「何してんだ、いま?」と聞けば、「ジョセン」と、ぼそっとつぶやく。
「ジョセン?。なんだ、ジョセンてのは・・・」
「ジョセンがわからねえとは情けねぇ。まだたった四年しかたっていないだろう、大震災から」
怒ったような目で、幼なじみが幸作の顏を睨む。
「じゃ、もしかして放射能の除染か、お前の言うジョセンというのは・・・」
「おう。まさにその除染だ。それ以外になにがある。
草刈りだけで1日1万7000円の手取り。月に40万の収入が堅い。
しかも個室のビジネスホテルで、3食付きだ。
そんな甘い言葉に乗せられて、原発除染作業員として俺は福島県に乗り込んだ。
だが実際には、1日9000円で、2階建て民家の6畳一間で2人部屋だ。
食事は毎回自分持ち、というのが現実だ」
「しばらく顔をみせないと思ったら、いまは福島に居るのか、お前は」
「別に驚くことはねぇ。
工場が潰れて、女房に逃げられた男が行きつく先は、そんな場所が似合ってる。
実際。俺みたいにどうしょうもないクズが、現場にはゴロゴロいる。
いや・・・俺よりすごい連中が、大勢いるから驚いた」
「面白そうだ。そこにはいったい、どんな連中が揃っているんだ?」
「40だと言いながら、顔のシワから見て50歳を越えている、
通称、山ちゃんというのが俺の部屋に居た。
挨拶をしたが、名前を言ってもニコリともしねぇ。
無言のまま、卓上プレートで焼き肉をつついている、不愛想な奴だ。
やっと口を開いたと思ったら、部屋に置いてある3つのロッカーを指さして
『2つは俺が使う』、『お前の布団は、入り口側に敷け」と来やがった」
「昔のお前なら間違いなくカチンと来ている。
問答無用でいきなり、必殺のパンチをお見舞いするところだな」
「おう。俺も思わず、おまえは牢名主か、バカヤローと怒鳴りたくなった。
しかし肌着から、毘沙門の絵柄が透けて見えた。
つい反射的に『ハイ』と返事をしちまった。
ついでに、なぜ除染の仕事に就いたんですか、と恐る恐る聞いてみた。
アホウあんたと同じだ。カネに決まっとろうが、とだけ返ってきた」
「手を出さなかったのか賢明だ。命はひとつしかないからな。
カミさんが出ていったのは、お前さんの暴力が原因だったという苦い過去が有る。
よかったなぁ、少しは学習の成果が出ているようだ」
「チェッ。そういう幸作のトコはどうなんだよ。
お前がカミさんにエッチをしてやらないから、他に男を作って逃げたという噂だ。
だがまぁ、昔のことをいくら言っても、後の祭りだ。
逃げられた者同士、とことん呑むか昔のように」
おう。呑もうぜと幸作が、一升瓶をもって立ち上がる。
(25)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第三話 除染作業員のひとりごと ①

幼なじみが久しぶりにやって来た。
この男も幸作と同じように女房に逃げられた、哀れな男のひとりだ。
少し顏がやつれているようにも見える。だが、辛口は昔のままだった。
開口一番。「クリーニング屋へ行った女房は、もう戻って来たか?」
と事情を知りつくしているくせに、嫌味な言葉を口にする。
悔しいから「そう言うお前のところはどうなんだ。こころを入れ替えて帰って来たのか?」
と聞くと、
「野暮なことを言うな。俺のところだけ帰ってきたら、お前が寂しくなるだろう」
仲間がひとり減るのは淋しいことだ、とニンマリ笑う。
「何してんだ、いま?」と聞けば、「ジョセン」と、ぼそっとつぶやく。
「ジョセン?。なんだ、ジョセンてのは・・・」
「ジョセンがわからねえとは情けねぇ。まだたった四年しかたっていないだろう、大震災から」
怒ったような目で、幼なじみが幸作の顏を睨む。
「じゃ、もしかして放射能の除染か、お前の言うジョセンというのは・・・」
「おう。まさにその除染だ。それ以外になにがある。
草刈りだけで1日1万7000円の手取り。月に40万の収入が堅い。
しかも個室のビジネスホテルで、3食付きだ。
そんな甘い言葉に乗せられて、原発除染作業員として俺は福島県に乗り込んだ。
だが実際には、1日9000円で、2階建て民家の6畳一間で2人部屋だ。
食事は毎回自分持ち、というのが現実だ」
「しばらく顔をみせないと思ったら、いまは福島に居るのか、お前は」
「別に驚くことはねぇ。
工場が潰れて、女房に逃げられた男が行きつく先は、そんな場所が似合ってる。
実際。俺みたいにどうしょうもないクズが、現場にはゴロゴロいる。
いや・・・俺よりすごい連中が、大勢いるから驚いた」
「面白そうだ。そこにはいったい、どんな連中が揃っているんだ?」
「40だと言いながら、顔のシワから見て50歳を越えている、
通称、山ちゃんというのが俺の部屋に居た。
挨拶をしたが、名前を言ってもニコリともしねぇ。
無言のまま、卓上プレートで焼き肉をつついている、不愛想な奴だ。
やっと口を開いたと思ったら、部屋に置いてある3つのロッカーを指さして
『2つは俺が使う』、『お前の布団は、入り口側に敷け」と来やがった」
「昔のお前なら間違いなくカチンと来ている。
問答無用でいきなり、必殺のパンチをお見舞いするところだな」
「おう。俺も思わず、おまえは牢名主か、バカヤローと怒鳴りたくなった。
しかし肌着から、毘沙門の絵柄が透けて見えた。
つい反射的に『ハイ』と返事をしちまった。
ついでに、なぜ除染の仕事に就いたんですか、と恐る恐る聞いてみた。
アホウあんたと同じだ。カネに決まっとろうが、とだけ返ってきた」
「手を出さなかったのか賢明だ。命はひとつしかないからな。
カミさんが出ていったのは、お前さんの暴力が原因だったという苦い過去が有る。
よかったなぁ、少しは学習の成果が出ているようだ」
「チェッ。そういう幸作のトコはどうなんだよ。
お前がカミさんにエッチをしてやらないから、他に男を作って逃げたという噂だ。
だがまぁ、昔のことをいくら言っても、後の祭りだ。
逃げられた者同士、とことん呑むか昔のように」
おう。呑もうぜと幸作が、一升瓶をもって立ち上がる。
(25)へつづく
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