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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (24)        第三話 除染作業員のひとりごと ①

2016-03-05 12:07:21 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (24)
  
    第三話 除染作業員のひとりごと ①




 幼なじみが久しぶりにやって来た。
この男も幸作と同じように女房に逃げられた、哀れな男のひとりだ。
少し顏がやつれているようにも見える。だが、辛口は昔のままだった。

 
 開口一番。「クリーニング屋へ行った女房は、もう戻って来たか?」
と事情を知りつくしているくせに、嫌味な言葉を口にする。
悔しいから「そう言うお前のところはどうなんだ。こころを入れ替えて帰って来たのか?」
と聞くと、
「野暮なことを言うな。俺のところだけ帰ってきたら、お前が寂しくなるだろう」
仲間がひとり減るのは淋しいことだ、とニンマリ笑う。



 「何してんだ、いま?」と聞けば、「ジョセン」と、ぼそっとつぶやく。
「ジョセン?。なんだ、ジョセンてのは・・・」
「ジョセンがわからねえとは情けねぇ。まだたった四年しかたっていないだろう、大震災から」
怒ったような目で、幼なじみが幸作の顏を睨む。



 「じゃ、もしかして放射能の除染か、お前の言うジョセンというのは・・・」



 「おう。まさにその除染だ。それ以外になにがある。
 草刈りだけで1日1万7000円の手取り。月に40万の収入が堅い。
 しかも個室のビジネスホテルで、3食付きだ。
 そんな甘い言葉に乗せられて、原発除染作業員として俺は福島県に乗り込んだ。
 だが実際には、1日9000円で、2階建て民家の6畳一間で2人部屋だ。
 食事は毎回自分持ち、というのが現実だ」



 「しばらく顔をみせないと思ったら、いまは福島に居るのか、お前は」



 「別に驚くことはねぇ。
 工場が潰れて、女房に逃げられた男が行きつく先は、そんな場所が似合ってる。
 実際。俺みたいにどうしょうもないクズが、現場にはゴロゴロいる。
 いや・・・俺よりすごい連中が、大勢いるから驚いた」



 「面白そうだ。そこにはいったい、どんな連中が揃っているんだ?」


 
 「40だと言いながら、顔のシワから見て50歳を越えている、
 通称、山ちゃんというのが俺の部屋に居た。
 挨拶をしたが、名前を言ってもニコリともしねぇ。
 無言のまま、卓上プレートで焼き肉をつついている、不愛想な奴だ。
 やっと口を開いたと思ったら、部屋に置いてある3つのロッカーを指さして
 『2つは俺が使う』、『お前の布団は、入り口側に敷け」と来やがった」



 「昔のお前なら間違いなくカチンと来ている。
 問答無用でいきなり、必殺のパンチをお見舞いするところだな」



 「おう。俺も思わず、おまえは牢名主か、バカヤローと怒鳴りたくなった。
 しかし肌着から、毘沙門の絵柄が透けて見えた。
 つい反射的に『ハイ』と返事をしちまった。
 ついでに、なぜ除染の仕事に就いたんですか、と恐る恐る聞いてみた。
 アホウあんたと同じだ。カネに決まっとろうが、とだけ返ってきた」



 「手を出さなかったのか賢明だ。命はひとつしかないからな。
  カミさんが出ていったのは、お前さんの暴力が原因だったという苦い過去が有る。
 よかったなぁ、少しは学習の成果が出ているようだ」



 「チェッ。そういう幸作のトコはどうなんだよ。
 お前がカミさんにエッチをしてやらないから、他に男を作って逃げたという噂だ。
 だがまぁ、昔のことをいくら言っても、後の祭りだ。
 逃げられた者同士、とことん呑むか昔のように」



 おう。呑もうぜと幸作が、一升瓶をもって立ち上がる。
 

 (25)へつづく
 
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