落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第68話 お茶屋遊び

2014-12-22 11:00:00 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第68話 お茶屋遊び



 お茶屋遊びの楽しいところは、浦島太郎によく似ている。
浦島太郎は、助けた亀の背中に乗せられて竜宮城へ遊びに行く。
乙姫様の御馳走に、鯛や平目の舞踊りを見るような、夢の世界へ招待される。


 祇園花見小路は電線の地中化工事により、無粋な電柱が地上から消えた。
おかげで祇園の空に、江戸の昔が戻って来た。
花街の通りへ一歩入ると黒ずんだ紅殻格子の窓と、格子の引き戸が連なっている。
2階の窓にはすだれが下がっている。
それを見るだけで江戸時代の昔の気分に、浸ることが出来る。


 暖簾をくぐりお座敷に案内されると、突然、時空を超えた別世界が目の前に広がる。
一般的なお座敷のメニューは、お茶屋の座敷を借り、仕出屋から料理を取り、
芸妓か舞妓を2~3人呼んで、2時間ぐらいというのが定番だ。
だが、その先で何が起こるかわからないのが、祇園という世界なのだ。



 酒宴がはじまってしまえば、監督役はお茶屋の女将だ。
場を仕切るのは、その席で最年長にあたる芸妓だ。
主賓を中心に、お座敷の形態はガンガンと変化していく。
宴が盛りあがるにつれて、酒の量と種類が増えていく。
何時の間にか有名店の仕出しが届く。
呼んでもいない芸妓や舞妓が、ひっきりなしにお座敷に出入りする。
何が何やらわからない状態で、最後はお開きになる。
そんなお座敷を任された幹事は、「いったいいくらかかるのか」と肝を冷やして
気が気ではない。



 「祇園が粋なのはこうして浮世を忘れ、ハチャメチャに楽しめるトコなんどす。
 興が乗って来れば、際限が無くなるんどすなぁ。
 いつものように仕出し屋から差し入れが届き、帰りがけの芸妓さんが
 ひょいとお座敷に顔を出すと、もう、お座敷の統制がとれまへん。
 乱痴気騒ぎの始まるのどす。
 誰が誰やら分からなくなり、呑めや食えやの大騒ぎがお座敷ではじまんのどす。
 あんたは若いころから舞も上手やったけど、男衆をその気にさせるほうも、
 天才やったからなぁ」


 女将が目を細めて、31歳になった佳つ乃(かつの)の全身を見つめる。



 「お母さん。口に気を付けておくれやす。
 その気にさせるのが上手なら、いまごろは子供の一人も産んで引退をしてたはずや。
 ウチの色気は見かけだけどす。女としては未成熟かもしれまへんなぁ・・・」


 「そうやなぁ。あんたは、男はんを知らんからなぁ。
 あ、下衆な意味やおへん。父親からの愛情が足らんかったと言うだけの意味や。
 「S」のオーナー、弥助さんがイギリスから戻ってきたのは、あんたが5歳の時や。
 小学校を卒業するまで、目に入れても居たくないほどあんたを可愛がった。
 けどそれが手遅れなことは、当の弥助さんも、あんたもようわかっていた。
 傍目から見たら、非の打ちようのない仲良しの親子どしたが、
 物心がつく頃の空白は、どないに努力しても埋められなかったなぁ。
 それもまた、わたしの配慮不足ゆえの失敗や。
 堪忍な、佳つ乃(かつの)はん」


 「お母さん。謝らないでおくれやす、絶対にそんなことはあらへんて。
 ウチがただ、男はんにたいして、臆病なだけどす・・・」



 そう答えた佳つ乃(かつの)が、唇を噛んで黙り込む。
祇園に育った芸妓は身体を決して売らないが、お色気だけはたっぷりと売る。
色気にほのかな上品さが漂うのは、清潔感がそこに有るからだ。


 磨き抜かれた清潔感は、妖艶な雰囲気をさらに増幅させる。
幼いころから芸事の修練を積んできた佳つ乃(かつの)は、そうした雰囲気を、
すでに、デビューの前から身に着けていた。
佳つ乃(かつの)が放つ色気は、言い寄る男衆どころか、おおくの女たちまで魅了した。
19歳で襟替えの準備が始まったころ。
佳つ乃(かつの)はすでに、妖艶な美しさを持つ祇園屈指の芸妓に
進化していた。


第69話につづく

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