落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第122話 大晦日の朝

2015-02-28 12:51:22 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第122話 大晦日の朝




 ひと晩じゅう降り続いた雪は、夜が明けるころ、20センチを超えた。
窓から見える景色のすべてが、どこもかしこも厚い積雪の下だ。
雑魚寝の布団から、最後に起き出してきたサラが窓の外を見て「うわ~」と
大きな歓声を上げる。


 「話には聞いていましたが、綺麗なもんどすなぁ、雪景色というもんは。
 ウチ。こんなに雪が積もっているのを見るのは、生まれて初めてどす」


 亜熱帯生まれのサラは、本格的な雪を見るのは初めてだ。
窓に駆け寄ったサラが、ほんのりと曇っているガラスを忙しく左右に拭いていく。
「佳つ乃(かつの)姐さん。ご飯を食べ終わったら散歩へ行きまひょう。
ウチ。真っ白の雪の上に、下駄で二の字、二の字の歩いた跡を刻むのが夢なんどす。
こんなに早く夢が実現するなんて、嬉しい限りどす!」
とりあえず朝ごはんをいただきましょうと、サラが元気に部屋を飛び出していく。



 初めて体験した祇園の雑魚寝は、まったく眠ることができなかった。
正面に眠る佳つ乃(かつの)からは、成熟した女の香りが漂ってくる。
背後から浴衣一枚のサラが、ぺったりと、似顔絵師の背中へ張り付いてくる。
(まいったなぁ、とてもじゃないが男の生き地獄状態だ・・・眠れたもんじゃない。
こんな状態で眠れと言うほうが、残酷だろう)
咳払いをすると、背後ですやすやと眠っているサラの邪魔をするような気がして
なぜか、似顔絵師が必死で我慢をする。


 見かねたた佳つ乃(かつの)が、静かに身体を寄せてきた。
それがまた、似顔絵師に逆の効果をもたらす。
(腕枕・・・)小さくささやいた佳つ乃(かつの)が、静かに頭を持ち上げる。
隙間へ左腕を差し込んでいくと、「ウチもこんな風にされんのが、夢やった」
とつぶやき、音をたてないように似顔絵師の胸へ顔を埋める。
(もう寝ます)と佳つ乃(かつの)がささやく。
(あなたも寝たら)と、似顔絵師の右腕の上に、ほんのりと汗ばんだ指先を乗せる。


 大広間は、泊り客で3割ほど埋まっている。
のんびりと年を越していく湯治客が多いせいか、朝食の出足もゆったりとしている。
夕食よりもバラエティに富んだ、朝の弁当が並んでいる。
鯖フィレー、青菜のおひたし、ひたし豆、昆布の煮物、わらびと昆布と大根の酢の物、
温泉たまご、温泉大根粥、温泉味噌汁、ヨーグルトのキウイソースがけ。
温泉で炊いたお粥が付いているが、通常のごはんを選ぶこともできる。


 眼下に赤い橋とその下を流れる新湯川(あらゆがわ)が見降ろせる
窓際の席へ、3人が並んで腰を下ろす。
サラが甲斐がしくお茶を入れているところへ、おおきに財団の理事長が、
芸者見習い中の駒子を連れて現れた。



 「なんや。帰ってこんと思ったら、やっぱり佳つ乃(かつの)の部屋で邪魔しとんのか。
 すまんのう2人とも。迷惑じゃろう、我儘過ぎる孫娘には」


 「賑やかで、かえって、退屈しのぎができてます」と愛想笑いを返す似顔絵師に、


「相変わらず優柔不断な男やな、お前さんという男は。
迷惑やったらはっきりと言え。そうでないと、何時まで経っても2人きりにはなれん。
遠慮するという事を、生まれた時から知らない女の子じゃからな。この子は」
と理事長が、きっぱりと切り捨てる



 「そうでもおへん。うふふ。夕べは3人で、祇園の雑魚寝を堪能しました。
 大作はんも、美女の2人に前後を挟まれて、大満足をしたようどす。
 かないません。おかげでウチは朝まですっかりの寝不足どす」


 「なんと!。美女二人に挟まれて雑魚寝したとは、お前は果報者過ぎるのう。
 どうじゃ、今夜は駒子も引き入れて、5人で雑魚寝と洒落こむか!」


 「お祖父ちゃん。場所をわきまえてくださいな、酔狂にも限度があります」


 「冗談じゃ。雑魚寝などしたらワシの血圧がいっぺんに上がる。
 ワシが顔を見せたのは、まったく別の用件じゃ。
 明日から、新しい年がはじまる。
 湯治の雰囲気を味わいたいということで、本館の安い部屋を手配したが、
 正月の3が日から、弁当では味気がなかろう。
 佳松亭の正月料理を頼んでおいたから、3日間はワシのトコロへ飯を食いに来い。
 伝えたい用件は、それだけじゃ」


 じゃぁな、ワシはこれから伊香保まで挨拶に行ってくる、と駒子を連れて
おおきに財団の理事長が大広間から去っていく。
「ねぇ理事長と、あの駒子さんというのは、一体どういう関係になるの?」
2人の背中を見送った似顔絵師が、小さな声でサラに尋ねる。


 「はて。詳しいことはウチもよう知りまへん。
 舞子志望という事で、1度、京都まで来たことがあるそうどす。
 お祖父ちゃんのとこへ相談に来たそうどすが、すでに20歳を過ぎていたんどす。
 引き取ってくれる屋形が見つからず、結局、お祖父ちゃんが知り合いを紹介して、
 水上温泉で芸者見習いを、はじめたそうどす」


 えっ、幼く見えたけど、もう20歳を過ぎた大人なんだあの子は、と
似顔絵師が、2人が消えていった廊下を驚き顏で振り返る。

 
 123話につづく

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