落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第3話 はじめての祇園祭

2014-10-04 12:23:09 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第3話 はじめての祇園祭



 うっとうしい梅雨が明けると、京都に暑い夏がやって来る。
気がつくと、道を行く舞妓の髪型がいつの間にか「勝山・かつやま」という、
祇園祭のとき限定の髪型にかわっている。
この髪型が結えるのは、おふくに結うことが許された2年目以降の大きい舞妓だけだ。
着物も絽に変る。
絽は、夏物として用いられる着物で、軽量ですきまのある織物のことだ。
見た目には涼しく見えるが、それでも外に出れば京都の夏が暑いことにかわりはない。


 7月に入ると四条通りに、祭り用の鉾が並ぶ。
囃子の音があたり一帯をつつみこむと京都の真夏の風物詩、祇園祭の一ヶ月がはじまる。
観光客のお目当てのおおくは、17日からはじまる山鉾の巡行だ。
次に多いのが、前日と前々日からはじまる宵山と宵々山祭りの祭礼だ。


 しかし京都の人たちは、メインイベントの山鉾巡行を見に行こうとしない。
暑いうえに、街中に満ちる観光客たちの人いきれで、すぐに疲れてしまうからだ。
体力が無いととてもではないが、最後までその場に居られない。
「そのかわり。宵山の夜更けに町内を廻って来る、日和神楽くらいは見ておかんと、
あとでバチが当たるぞ」と、バー「S」の老オーナーが、パイプ片手に静かに語る。



 「日和神楽(ひよりかぐら)?。なんなのですか、それっていったい?」


 「関東生まれで、世界中をひたすら放浪してきた路上似顔絵師では、
 京都の伝統と歴史を知らんのも、無理はないか。
 日和神楽というのは、宵山の夜10時頃からはじまる地元向けの祭礼だ。
 小さな山車に囃子方を乗せて、四条にある御旅所まで、
 明日のお天気を祈願するために、お参りにいく行列のことや。
 観光客たちには以外と知られてへん、真夜中におこなわれる地元向けの神楽サ。
 長刀鉾の神楽が祇園の花見小路へ入って来るのは、だいたい夜の
 11時過ぎになるかなぁ」


 「長刀鉾が祇園の街中を通り抜けるのですか。へぇぇ、・・・・面白そうですねぇ。
 初めて知りました」


 「京都へ来たばかりでは、細かい事情がわからんのも無理はない。
 八坂はん(八坂神社)に縁の深い長刀鉾だけが、明日のお天気と無事を願うて
 はるばる八坂神社までお参りに来る。
 その帰り道に、祗園の町中を通過していくちゅうわけや。
 お茶屋では、店先にビールなんぞの冷たいもんを用意して、行列を接待する。
 そんときに、お礼にちゅうて粽をくれる。
 運が良かったら、ただで※縁起物の粽(ちまき)が手に入ることもある。
 もちろん芸妓や舞妓ちゃんらもぎょうはん溜まっとるから、ええ目の保養にもなる。
 お。そう言うとるまに、まもなく11時や。どうや。ちょっくら行って見てくるか」


 ※祇園祭の名物のひとつ「粽(ちまき)」。
 祇園祭のちまきは食べ物ではなく、笹の葉で作られた厄病・災難除けのお守り。



 いまから3年前。路上似顔絵師とバー「S」のオーナーの、懐かしい会話だ。
京都へやって来たばかりの似顔絵師と、老オーナが初めて出会った時に交したものだ。
「皿洗いでも何でもいいですから、僕を使ってください」と
アルバイト募集の張り紙を見て、祇園町のはずれにあるバー「S」のドアを、
路上似顔絵師が叩いた。


 「料理は出来るかい?」と老オーナが尋ねる。
「京都のおばんざいは作れませんが、関東風の煮物でよければほぼ完ぺきに作れます」
と、路上似顔絵師が胸を張って、元気に答える。


 「ふぅ~ん。ということは君は、関東で仕上がった和食の職人はんかな?」


 「いいえ。中国から帰って来たばかりです。その前はヨーロッパを旅していました。
 旅のはじまりは、ロシャを縦断するシベリア鉄道からです。
 あ、すみません。僕の本来の仕事は路上似顔絵師です」


 「中国から帰って来たばかりの似顔絵師か。
 その前がヨーロッパで、そのまた前がシベリア鉄道でロシアの横断かい。
 で、その路上似顔絵師というのは、いったいどんな仕事をするんだい?」



 「半年ほど、パリのモンマルトルの丘で画家に交じって似顔絵を描いていました。
 その前は紳士の国イギリスで、3ヶ月ほどレストランに住み込んで皿洗いをしています。
 そのまえは極寒のロシアです。
 ロシアはあまりにも寒すぎて、路上に居ると、素手で鉛筆を握ることが出来ません。
 で、モンマルトルの丘からは、地中海を南下してシルクロードを旅してきました。
 1年ほどかけて、砂漠とイスラム圏を横断したことになります。
 中国へはいまから2ヶ月ほど前に、やっとの思いで、ヨレヨレでたどり着きました」


 「おもろいねぇ。君を雇うと世界中のいろんな話をまとめて聞かせてもらえそうや。
 よし。そく採用や。
 寝床が決まってないのなら、店の奥にある個室を使ってもええで。
 和食が得意らしい路上似顔絵師くん。こちらこそ、よろしく頼むでぇ」

 
第4話につづく
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