東京電力集金人 (20)王様トマト
トラクターで除雪してあるとはいえ、やはり雪の田舎道は足元が悪い。
何度も足を取られながら、必死の思いでビニールハウスの入り口までようやくたどり着く。
「おう、無事にたどり着いたようだな。足場の悪い道をようこそ。
屋根の上で作業していた姿も美人だったが、こうして真近にみるとなおさらだな。
太一。こんな美人を、いったいいつどこで見つけてきたんだ」
作業着の先輩がハウスの中から完熟トマトを片手に、のっそりと顔を出す。
『こいつは6番目の王様トマトで、ソプラノという品種の特別なトマトだ。
昔は普通に普及している大玉のトマトを、特別な栽培法で高糖度のトマトに育てていたが、
いまはこういう新品種が有るから、すこぶる便利になってきた。
最初から高糖度用の苗として、開発されているからな』
ほら、完熟品を見つけてきたから食べてみなと、るみの手のひらにポンとトマトを転がす。
「王様トマトですか・・・。ソプラノと言う新しい品種?。
素人の私には、なにがなんだかよく分かりません。
それにこれ。完熟だと言いますが、真っ赤ではなく、どことなくオレンジ色です。
薄い黄色の筋のようなものが、表面から星の様に放射状に走っているし・・・・
ほんとにこんな見てくれのトマトが、良品なんですか?」
「素人目には、確かにそう見えるだろう。
いいから、俺に騙されたと思ってがぶりと食ってみな。
素人はトマトと言えば真っ赤だと思い込んでいるし、全体が真っ赤なら良品だと思っている。
糖度が有り、適度に隠し味の酸味が効いているのが、こういうオレンジ色のトマトだ。
黙って食え。別次元の味がするから」
半信半疑のるみが、パクリとオレンジ色のトマトにかじりつく。
『え?』と驚き目を丸くしたるみが、やがて、うふふと頬を緩めて笑いだす。
『ほんとです。まったく別世界の味がします。ジューシな水分がたっぷりと溢れ出してくるし、
ほんおり後からやってくるトマト特有の酸味が、美味しさと甘みを一層引き立ててくれます!』
と真剣な目をしたるみが、絶賛の言葉を並べ立てる。
「王様トマトと言うのは、果肉がしっかりした完熟トマトの品種のことだ。
これまでのトマトを越えた、これからのトマト品種だ。
トマトには、5段階の熟度が有る。
1段階目は真っ青なトマトのことで、最上段の5段階目が、完熟した真っ赤なトマトだ。
トマトはわずかに赤みが出てきた2段階目の、未熟な状態で収穫される。
選別を経てそのまま市場へ、青いトマトのままで出荷をされる」
「え、2段階目の未熟な状態で収穫するのですか?。
でも私たちがスーパーで買うときのトマトは、どれも真っ赤ですが・・・・」
「収穫から店頭に並ぶまでの時間を逆算して、トマトを収穫するためだ。
従来のトマトを、赤く熟してから収穫して市場へ出荷すると、輸送中に柔らかくなる。
中には痛み出す物まで出る。それを防ぐために、必ず青いうちに収穫をする。
だがこの新製品の王様トマトは、その点が異なる。
果肉がしっかりしているから、4段階以降の赤さで収穫して出荷することができる。
輸送に耐えることができるし、完熟度が違うから、当然味も食感も格段に良くなる。
あんたが今食べたトマトの感動が、そのまま消費者に届くというわけだ」
「なるほど。王様トマトという品種のことはよくわかりました。
では、6番目の品種のソプラノという意味は、どういうことなのですか?」
「おっ、トマトの話に食いついてきたね、ネエチャン。いい傾向だ。
王様トマトというのは、サカタ種苗が開発した肉質のしっかりした品種のことだ。
「麗容」「麗夏」「ごほうび」「マイロック」「ろくさんまる」の5品種のことで、
赤熟収穫した場合だけ、そう呼ぶことのできるブランド名のことだ。
「ソプラノトマト」は、王様トマト群に新たに加わった6番目の品種だ。
夏にタネをまき、冬から春にかけて収穫をする。
高品質生産で能力を発揮する、赤熟出荷用の6番目の品種というところかな」
「なんだかよくわかりません。お話が専門的すぎて・・・・」呆気に取られたるみが、
あんぐりと口を開いたまま、先輩の顔をしみじみと見つめます。
『そらあ、そうだ。素人に小難しい理屈を説明しても、理解するには無理がある。
分かりやすい見本が有るから、論より証拠だ。そっちのビニールハウスを見せてやろう。
こっちだネエチャン』と先輩が、畑の最奥に見えるビニールハウスを指さす。
「30年前に俺たちのおやじ達が作り出した、ブリックスナインの原点があそこにある。
普通に栽培すれば大玉になるトマトを、独自の栽培法でフルートトマトに変えたんだ。
一般的にトマトの糖度は、4度~5度と言われている。
ウチのおやじ達は、従来の栽培方法を無視して、糖度の高いトマト造りに没頭をした。
その結果、群馬県太田市近郊で生まれたフルーツトマトが、このブリックスナインだ。
糖度は、9度を軽く超える。
おやじ達の努力に敬意を表して、いまでも昔のやり方のままでトマトを育てているんだ。
ほんとは門外不出の技術だが、オネエチャンの熱意に免じて特別に公開しょう。
太一も、一緒に着いて来な」
(21)へつづく
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トラクターで除雪してあるとはいえ、やはり雪の田舎道は足元が悪い。
何度も足を取られながら、必死の思いでビニールハウスの入り口までようやくたどり着く。
「おう、無事にたどり着いたようだな。足場の悪い道をようこそ。
屋根の上で作業していた姿も美人だったが、こうして真近にみるとなおさらだな。
太一。こんな美人を、いったいいつどこで見つけてきたんだ」
作業着の先輩がハウスの中から完熟トマトを片手に、のっそりと顔を出す。
『こいつは6番目の王様トマトで、ソプラノという品種の特別なトマトだ。
昔は普通に普及している大玉のトマトを、特別な栽培法で高糖度のトマトに育てていたが、
いまはこういう新品種が有るから、すこぶる便利になってきた。
最初から高糖度用の苗として、開発されているからな』
ほら、完熟品を見つけてきたから食べてみなと、るみの手のひらにポンとトマトを転がす。
「王様トマトですか・・・。ソプラノと言う新しい品種?。
素人の私には、なにがなんだかよく分かりません。
それにこれ。完熟だと言いますが、真っ赤ではなく、どことなくオレンジ色です。
薄い黄色の筋のようなものが、表面から星の様に放射状に走っているし・・・・
ほんとにこんな見てくれのトマトが、良品なんですか?」
「素人目には、確かにそう見えるだろう。
いいから、俺に騙されたと思ってがぶりと食ってみな。
素人はトマトと言えば真っ赤だと思い込んでいるし、全体が真っ赤なら良品だと思っている。
糖度が有り、適度に隠し味の酸味が効いているのが、こういうオレンジ色のトマトだ。
黙って食え。別次元の味がするから」
半信半疑のるみが、パクリとオレンジ色のトマトにかじりつく。
『え?』と驚き目を丸くしたるみが、やがて、うふふと頬を緩めて笑いだす。
『ほんとです。まったく別世界の味がします。ジューシな水分がたっぷりと溢れ出してくるし、
ほんおり後からやってくるトマト特有の酸味が、美味しさと甘みを一層引き立ててくれます!』
と真剣な目をしたるみが、絶賛の言葉を並べ立てる。
「王様トマトと言うのは、果肉がしっかりした完熟トマトの品種のことだ。
これまでのトマトを越えた、これからのトマト品種だ。
トマトには、5段階の熟度が有る。
1段階目は真っ青なトマトのことで、最上段の5段階目が、完熟した真っ赤なトマトだ。
トマトはわずかに赤みが出てきた2段階目の、未熟な状態で収穫される。
選別を経てそのまま市場へ、青いトマトのままで出荷をされる」
「え、2段階目の未熟な状態で収穫するのですか?。
でも私たちがスーパーで買うときのトマトは、どれも真っ赤ですが・・・・」
「収穫から店頭に並ぶまでの時間を逆算して、トマトを収穫するためだ。
従来のトマトを、赤く熟してから収穫して市場へ出荷すると、輸送中に柔らかくなる。
中には痛み出す物まで出る。それを防ぐために、必ず青いうちに収穫をする。
だがこの新製品の王様トマトは、その点が異なる。
果肉がしっかりしているから、4段階以降の赤さで収穫して出荷することができる。
輸送に耐えることができるし、完熟度が違うから、当然味も食感も格段に良くなる。
あんたが今食べたトマトの感動が、そのまま消費者に届くというわけだ」
「なるほど。王様トマトという品種のことはよくわかりました。
では、6番目の品種のソプラノという意味は、どういうことなのですか?」
「おっ、トマトの話に食いついてきたね、ネエチャン。いい傾向だ。
王様トマトというのは、サカタ種苗が開発した肉質のしっかりした品種のことだ。
「麗容」「麗夏」「ごほうび」「マイロック」「ろくさんまる」の5品種のことで、
赤熟収穫した場合だけ、そう呼ぶことのできるブランド名のことだ。
「ソプラノトマト」は、王様トマト群に新たに加わった6番目の品種だ。
夏にタネをまき、冬から春にかけて収穫をする。
高品質生産で能力を発揮する、赤熟出荷用の6番目の品種というところかな」
「なんだかよくわかりません。お話が専門的すぎて・・・・」呆気に取られたるみが、
あんぐりと口を開いたまま、先輩の顔をしみじみと見つめます。
『そらあ、そうだ。素人に小難しい理屈を説明しても、理解するには無理がある。
分かりやすい見本が有るから、論より証拠だ。そっちのビニールハウスを見せてやろう。
こっちだネエチャン』と先輩が、畑の最奥に見えるビニールハウスを指さす。
「30年前に俺たちのおやじ達が作り出した、ブリックスナインの原点があそこにある。
普通に栽培すれば大玉になるトマトを、独自の栽培法でフルートトマトに変えたんだ。
一般的にトマトの糖度は、4度~5度と言われている。
ウチのおやじ達は、従来の栽培方法を無視して、糖度の高いトマト造りに没頭をした。
その結果、群馬県太田市近郊で生まれたフルーツトマトが、このブリックスナインだ。
糖度は、9度を軽く超える。
おやじ達の努力に敬意を表して、いまでも昔のやり方のままでトマトを育てているんだ。
ほんとは門外不出の技術だが、オネエチャンの熱意に免じて特別に公開しょう。
太一も、一緒に着いて来な」
(21)へつづく
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