落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第113話 12月30日

2015-02-14 10:45:29 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
第110話につづく
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おちょぼ 第113話 12月30日



 朝の5時。父の徳治が、いつものように自分の部屋で目を覚ます。
身支度を整えると、いつものようにトントンと階段を踏んで居間へ降りていく。
気配を感じた母の育代が、驚いたように台所から振り返る。


 「もう起きてきたの、父さんたら。
 退院してきたばかりだもの、無理して起きてこなくても大丈夫です。
 親戚へ送る野菜の準備なら、私たちだけでも十分です
 大作はもう、畑へ行きました。
 無理をするなとお医者さんに、何度も念を押されたでしょう」

 
 「忠告は有りがたいが、俺はもう病人じゃねぇ。
 それに暮れの野菜と餅つきは、俺が決めた年中行事のひとつだ。
 親戚中に野菜を送ってやらないと、俺の正月がやって来る気がしねぇからな」

 
 「はいはい、よく分かりました。強情なんだから、もう。
 暖かくして出かけてくださいね。もう、若くなんかないのですから」



 手を止めた母の育代が、野良着の上に羽織る分厚いジャンバーを取り出してくる。


 「おっ、新品のジャンバーじゃねぇか。どうしたんだ、これ・・・・」


 「言ってもきかないだろうと思って、上に羽織るための分厚いものを用意しました。
 うふふ。大作とお揃いです。
 来るんですかねぇ、あなたと大作が並んで、農作業なんかをする日が・・・」



 「馬鹿やろう。俺の仕事は継がなくてもいいと、大作にははっきりと伝えてある。
 妙な期待をするんじゃねぇ。百姓じゃ苦労するのは目に見えている。
 そのくらいのことは、おめえだって充分に承知しているだろう。
 なんだか妙に暖ったけぇなぁ、これ。じゃ、ちょっくら様子を見てくる」
 


 12月終盤にはいった群馬の朝は、氷点下まで冷え込む。
表の畑には、霜が一面に降りている。
まるで雪が降ったかのように真っ白になり、野菜の葉の上には氷の結晶が光っている。
白い息を吐きながら露地道を歩くと、5分ほどで畑に着く。
徳治はビニールハウスの出荷用野菜とは別に、露地で自家用の野菜を育てている。
おおくの農家が露地に数種類の種をまき、無農薬で自家用の野菜を育てる。

 
 白い息を吐きながら黙々と、野菜を収穫している大作の背中が見えてきた。
横に並べたコンテナには、大根、白菜、ホウレンソウ、水菜、里いもなど、
この時期に旬を迎えた冬野菜が、すでにぎっしりと詰め込まれている。



 (へぇぇ・・・教えたつもりはないのに、分かっていやがんな、こいつは。
 毎年、12月30日に俺が、親戚へ野菜と餅を送ることを、まだ覚えていたのか)



 このくらい有れば充分だろうと、徳治がコンテナを持ち上げる。
「あっ」と振り返る似顔絵師を尻目に、コンテナを軽トラックの荷台へ放り込む。。
何か言いたそうな似顔絵師を手で制して、そのまま次のコンテナを持ち上げる。
軽トラックの狭い荷台は、冬野菜のコンテナですぐ一杯になる。


 「じゃ。こいつを作業場へ運んでくれ。
 俺は久しぶりに、散歩をかねて、ビニールハウスの様子を見てくる」


 父の徳治が霜柱を蹴散らしながら、ビニールハウスに向かって歩き出す。
父の背中を見送った後、似顔絵師が軽トラックの運転席へ乗り込む。
時刻は5時20分。東の空はずいぶん明るくなったが、まだ夜が明ける気配はない。
この時期の群馬の日の出は、6時55分。
農家がひと仕事を終えても、東の空はまだ、太陽が昇って来る気配をまったく見せない。




・・・・

 「ここが、わたしの実家」
後部座席に佳つ乃(かつの)とサラを乗せた陽子のワンボックスが、
街道の入り口で停車する。
徳治の家には、50メートルほどの細い街道が有る。
表の通りから専用の街道を通り、作業場を越えると母屋がそびえる中庭へ出る。



 「突き当りに見えているのが、野菜を仕分けるための作業小屋。
 姉さん被りで忙しく働いているのが、母の育代。
 隣で美味しそうにタバコを吸って休憩しているのが、脳溢血で倒れたばかりの父の徳治。
 農作業用のジャンバーが似合っているのが、あなたの大事な大作。
 どう。これがわたしの我が家の、フルメンバーたちよ」

 じゃ、少し車の中で待っていてねと陽子が、運転席から降りていく。


 

第114話につづく

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