goo blog サービス終了のお知らせ 

落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(26)   第五章(5)茜の夢

2012-09-17 12:12:58 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(26)
  第五章(5)茜の夢




 翌朝、私と茜はおばあちゃんに教えられた通り、
黒光と碌山が初めて出会ったという、矢原耕地へと向かいました。
快晴のなか、行く手には常念岳と白馬岳が巨大な岩壁のように立ちはだかります。



 「ここから、歴史に残るドラマが始まったのね。
 おばあちゃんが言うには、二人の浪漫と決して許されない愛は
 この雄大な穂高の景色と空気の中から生まれてきたんだって。
 二人がこの安曇野で行き会ったからこそ、
 歴史に残る哀しい愛が生まれて、歴史に残る傑作も誕生したんだって。
 なんか、解るような気がするなぁ。」



 「そうだね。
 それにしても、眠くはないのかい。
 昨夜は遅くまでおばあちゃんと、
 ずいぶんと話し込んでいたみたいだもの。
 馬が合うというか、
 まるで、昔からの親子ようだと、、
 おじいちゃんさえ感心していたよ。」


 「うん・・・
 群馬に帰ったら、お父さんに会いに行こうかな。
 二人しかいない娘が、ちっとも実家に寄りつかないんだもの、
 一人でさびしい思いをしているような気がしてきた。
 アパートを引き払って、少しの間だけでも、
 お父さんと一緒に暮らそうかと、
 そんな風に思い始めちゃった・・・」



 「少しの間だけ?。」



 「うん、誰かさんが
 お嫁さんにもらってくれるまでの
 限定つきだけど。
 もしかしたら、一生そのまま実家かもしれないけど、
 それでもいいから、お父さんの居る
 実家に戻りたくなっちゃった。」



 「うん、それもいいのかもしれない。」



 「もらいに…来てくれる?。」



 「君さえよければね。
 実は今朝・・・
 おばあちゃんに、こっそりと耳打ちをされたんだ。
 焦ってはいけません、とね。
 茜ちゃんが、自分の力で溝を飛び越えるまで、
 辛抱強く待つようにと・・・
 くれぐれもと、念を押されたよ。
 良いおばあちゃんだったね、
 安曇野まで来た甲斐が、充分にあった。
 来てよかった。」



 「ねぇ、わたし、
 どうしても黒光を演じてみたいと思った。
 なんでだろう・・・
 私自身のけじめをつける意味で、黒光が私を呼んでいるような気がするの。
 でもそんな脚本は、たぶんどこにも無いし、
 実現できる可能性なんてほとんど無いと思うけど。
 だれか、脚本を書けるヒトがいないかな。
 あたしに才能があれば、昨夜のうちに
 一気に書きあげたのに。」



 茜が珍しい事を言い始めました。
舞台でも、主役に名乗りを上げたことなどは一度たりともなかった女の子です。
どんな役でも不平を言わず、裏方もすすんで引き受けてきた茜が突然、主役を演じたいと言い始めました。
なにか吹っきるための、大きな心境の変化を感じさせました。

 石川さんが、そんな茜の話を聞いているうちに、ふと、いつか聞いた覚えのある文学青年の逸話を思い出しました。
ここ数年間は所在が不明のままでしたが、つい最近、文学同好会のメンバーから、
その『彼』が舞い戻ってきたという噂を聞いた覚えがありました。




 「いるよ、ひとりだけ。
 君の実家の近所で、なでしこという市立の認可保育園があるだろう、
 そこに、レイコさんという君よりも、
 2歳年下の保母さんがいる。
 その長年の恋人と言うのが、最近舞い戻ってきたという噂を聴いた。
 そいつも、とびっきりの文学青年で、
 10年前にも、すでに座長が目をつけていた男だ。
 そいつは中学生だったくせに、市立図書館に入り浸っては
 文学書ばかりを読み漁っていたそうだ。
 なんでそんなに熱心に通ってくるんだって座長が聞いたら
 中学の図書館には、定番の文学書しか置いてないし、
 第一、全部読み終わったしまったから、
 此処に来ていると言ったそうだ。
 読書量もさることながら、餓鬼のくせに
 みょうに大人びていて洒落た早熟な文章を書くと、座長が褒めていたが
 最近、そいつが桐生に戻ってきたらしい。」


 「なでしこって、最近に認可がおりたという
 例の市立保育園の、あれ?。」



 「そうだよ。
 なんでもそこに、女子高同級生の四天王という
 女の子たちの4人組が居て、
 その人たちを中心に、やたら元気で頑張っているという話だ。
 レイコさんもそこの一人だと言うんだけど、それ以上のことは、
 私にもよくは解らない。
 桐生に戻ったら本気で探してみるか・・・
 彼ならば、君の希望をかなえてくれるかの知れないな。」




 「あら、手伝ってくれるの?
  無駄骨になるかもしれない、茜の夢のために。」



 「当然だろう、
 夢は実現するために見るものさ。
 実現への可能性が、たとえひとかけらでもあれば、
 頑張るだけの価値は当然にある。
 第一、この先で大手を振って君を実家に迎えに行くためにも、
 どうしても、片付けておかなければならない問題だろう。
 脚本家の一人くらい見つけくるくらいはおやすいご用だ、
 なんとかしてくるよ、
 君にためにも。」


 
 「それはとっても嬉しいけど、
 でも、書いてなんかくれるのかなぁ、
 黒光の話なんか・・・」


 
 「碌山の女を見て、君も感動したように、
 私もまた、同じような感動を受けた。
 昨日のおばあちゃんの話じゃないが、黒光と碌山は、
 私たちの人生の、思い出に残る素敵な出会いまでも生み出してくれた。
 不思議な力を秘めた彫刻作品だし、黒光も面白い素材だよ。
 感性や感覚が豊かな人間ならば、
 余計にきっと興味を示して、食指も動かすさ。
 碌山にはそういう、
 信じがたいほどの力がある。
 ましてや、その碌山を魅了しぬいた黒光の話だよ、
 文才があれば・・・
 私が書いてみたいくらいだ。」



 「さすがねぇ、
 見なおしちゃった。
 ・・・・ねぇ・・・。」



 茜が目を閉じて、寄りかかってきました。





 「おいっ、・・・日中だ。」



 「いいじゃん、別に。」



 「しかし、何処かで人が・・・」



 「いいじゃないの、見られても。」



 「でもなぁ、」



 「歴史に残った、明治の恋物語発祥の地です。
 雄大なアルプスの大自然に抱かれて、若い日の碌山と黒光が初めて出会ったという、
 記念すべき場所なのよ。
 わたしたちの初めてのキッスに、これ以上の格好の舞台はありません。
 ・・・ねぇ。」


 「まいったなぁ・・・」



 

 ■アイラブ桐生Ⅲ・第一幕・完



最新の画像もっと見る

コメントを投稿