落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第39話 緑色の目の芸者

2014-11-16 07:11:43 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第39話 緑色の目の芸者




 「頼みごとをするからには、手の内を全部明かす必要があるな。
 これを見てくれ」



 おおきに財団の理事長が、カバンから新聞記事のコピーを取り出す。
『花柳界初 外国人芸者 好きこそ物の上手なれ』と見出しに書かれている。
2011年11月。慶應義塾大学内で発行されている学生新聞の記事だ。


 「オーストラリア出身で、フィオナ・グラハムという女性が
 かつて、東京の花柳界に在籍したという実績が有る」


 「青い目の芸者が、東京の花柳界に実在をしたって?・・・。
 本当か、まったくの初耳だな」


 バー「S」の老オーナが慌てて新聞記事のコピーを手にする。
「ほんまかいな」と勝乃も、コピーに手を伸ばす。



 ・・・・(以下、、当時の記事から全文引用)


 凛とした立ち姿が美しい。着物をまとう女性は、緑色の瞳をしている。
彼女の名前は沙幸。
400年の歴史を誇る花柳界で外国人として初めて芸者になった。


 沙幸さんは慶應義塾大学文学部卒。慶大で初めてとなる白人女性の塾生だった。
日本人ばかりの大教室に入る外国人である自分に皆が振り返った。
「教授が授業を中断し、英語で道を間違えたのではと聞かれることもしばしば。
間違えて迷い込んできたと勘違いされたみたいです」と、当時を思い出し、笑う。
「いつでも第一号は大変なんです」


 塾生時代は日本文化には全く興味がなかった。
自由に学生時代を謳歌し、趣味のフルートを活かしてバイトしていた。
慶大卒業後、金融界に就職。しかし会社勤めに違和感を感じる。
「自分にとって本当に向いていることは何だろう」。


 転機を求め、単身オクスフォード大学に留学し、MBA並びに社会人類学の
博士号を取得した。その時にフィールドワークの大切さを知る。
「実際現場におもむき、体験することは自分には非常にあっていました」
その気づきから、自身が体感してきたことを広げる活動をしようと、
ドキュメンタリー番組を制作することを志した沙幸さん。


 一転、フリーディレクターとなり、国内外のテレビ局に次々と企画書を出していた。
その中で、ある一つの企画書が海外のテレビ局の目にとまった。
テーマーは日本の花柳界について。
「GEISIYA」といえば外国人からの関心も高く、人気が有る。
それならば実際に花柳界へ入って、その中から見た芸者を取り上げようと思った」



 始めは番組を作るために芸者を志した沙幸さん。
しかし厳しい修行の中で、次第に芸者として一人前になることが目標になっていた。
400年の歴史を誇る花柳界で初の外国籍芸者となる「沙幸」の誕生。
2007年12月。多くの人の力添えもあり、晴れて浅草にて芸者デビューを果たした。


 芸者として「芸」にいそしむ傍ら、花柳界の活性化にも取り組む沙幸さん。
「日本女性が着物をあまり着ないのは残念なこと。私が経営する着物店
『沙幸のきもの店』では初心者でも簡単に着けられる帯を販売して、
もっと手軽に着物を着られるようにしています」
また、慶大内でも学部を問わず受講できる「GEISHA」という講義を開講しており、
着物文化を身近に感じてもらおうと試みている。


 それと並行し、自身の修業時代の経験を生かして、芸者を目指す若い女性が
修行と仕事を両立できるビジネスインターン制度を運営する沙幸さん。
「芸者の修業時代はアルバイトも出来ず、経済的に不安定だった。
インターン制度を採用することで、修行の合間に仕事が出来る。
経済的負担も減らせるし、社会経験も身に着く」と熱く語る。



 沙幸さんは「芸者」と言う日本古来の伝統の中に、新しい風を取り入れようと
日々奮闘をする。その行動力の源とは・・・
「その世界に一度は入ってしまえば、後は頑張るしかなかった。
芸者は芸術家。日本の誇れる文化の一つであり、失われつつある世界を守る
大事な仕事です。そこに誇りを持っています」と
仕事に対する情熱を語る。


 昨今の不安定な社会情勢の中で、塾生は何に自らの価値観をゆだねたらよいのだろうか。
「学生生活の中で好きなことをやればいい。さまざまなことに取り組むことよって
自分の好きなこと、向いているものが見えてくる。
今の社会で安定や安心を求めても無駄。『好きこそ物の上手なれ』です』


 大学でも花柳界でも第一号だった。
フリーディレクターとしてテレビ業界にも飛び込んだ。考えすぎたら何もできなくなる。
「自分がすると決めたことをただ一生懸命取り組むだけ」がすべての
行動につながる信念だ。


 「花柳界に入ってきた女性は仕事をしているうちに次第に美しい女性になっていきます。
早く若い芸者衆を連れて海外のお仕事がしたいですねぇ」
そう笑顔で将来の夢を話す沙幸さん。
飽くなき向上心と好奇心をたたえた目は、ただまっすぐ前を見据えていた。



第40話につづく

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