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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「レイコの青春」(39) 認可保育園への道(6)桐生女の底力

2012-08-15 09:09:23 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(39)
認可保育園への道(6)桐生女の底力




 
 桐生芸者の総元締め(正しくは、置き屋の女将です)、
八千代姐さんのきわめて破天荒な、行動ぶりが始まりました。
停滞中の資金調達と募金活動を再開させるきっかけとして、
まずは、商工会議所のトップ達を軒並みいっぺんに「攻める」と言い出しました。


 「そこは私たちも、最初の頃に、
 何度も訪問をしましたが、そのたびに、物の見事に、
 かつ、丁重に断られてしまいました。」



 陽子が横から悲観的な口をはさみます。
しかし八千代姐さんは、それには全く耳などかしません。
運転している靖子の肩を叩くと、反対方向を指さして、郊外にある
大きな弱電工場の名前を口にしました。



 「え?商工会議所ではなく、
 そちらへ行くのですか、事務局とは全く反対の方向になりますが・・・」




 「駄目な物は、何度訪ねたところで結果は同じです。
 会議所の事務局を何度訪ねたところで、
 結局は、また、埒の明かない対応になるだけでしょう。
 こちらでは対応ができませんと、またまた却下をされて終わりです。
 皆さんが伺ったときにも、おそらくそんな風に
 ごく簡単にあしらわれて、きっぱりと断られたのではありませんか?
 そんなときでも、トップを落しさえすれば、組織なんてものは
 いとも簡単に『回れ右』をしてしまうものです。
 まァ・・・大船に乗ったつもりで、
 今日はひとつ、この八千代姐さんに任せてくださいまし。
 鳴かない鶯(うぐいす)などを、見事に鳴かせに、
 参りましょう。」



 
 靖子の運転する車は、言われた通りに
真新しい電子計算センターを立ち上げたばかりの
(市内で最大規模を誇る)電子部品工場の敷地内へ滑り込みました。



 尻ごみをする靖子さんを叱咤して、
八千代姐さんが、本社ビル正面にある迎賓用の駐車場へ
無理やり車を停めさせてしまいます。
案の定・・・・ものの数分と経たないうちに、もう制服姿の守衛さんが
おっとり刀で、すっ飛んできました。
が、八千代姐さんの姿を見るやいなや、勢いよく最敬礼をした瞬間に、
もう踵(きびす)を返して、今度は、正面玄関に居る受付嬢に向かって
脱兎のごとく駆け出していきました。



 八千代姐さんは、着物の裾を合わせると
涼しい顔をしたまま、なにごとも感じさせずにしゃなりとして歩き始めます。
今度は、本社の受付嬢たちが極端なほど、緊張をしきっていました。
八千代姐さんがやさしく声をかける前から、すでに受付のお嬢さんたちは、
直立をしたまま、顔色はまっ青にかわっています。



 エレベーターからは・・・・
連絡を受けて飛んできた様子丸出しの、秘書室長が、
ハンカチで上気した頭の汗をふきながら、その低姿勢を保ったまま
こちらへ向かって飛んできます。





 「ほぅら、ごらんなさい。
 ご丁寧なことに、向こうから、ちゃんとお迎えがまいりました。
 皆さん、オドオドしてはなりません。
 もっと胸をお張りになって・・・
 あら、まぁ、どうされました?
 それではまるで、借りてきた猫の姿勢です。
 此処に至って遠慮することなどは、これっぽっちもありません。
 よろしいですか、皆さま。
 こんな時には、女らしさを、より一層に強調をしてくださいまし。
 もっと、しゃんと胸をお張りになって・・・
 そうですね~ 、乳首がしっかりと天井を向くまで、
 背筋をピンと伸ばしてくださいましね。
 女らしく、艶やかに、綺麗な姿勢でまいりましょう。
 あらまぁ・・・
 私としたことが、
 すこし表現が、露骨すぎたかしら」



 最上階にある社長室では、
貫禄たっぷりの商工会議所の会頭が、そわそわと
八千代姐さんの到着を、落ち着かない様子で待ち構えています。
その会頭も、八千代姐さんの顔を見るなりに、こちらも硬直をして、
直立不動で立ち上がります。


 
 「あらあら、お気遣いなく。
 それでは、こちらのほうがかえって恐縮をしてしまいます。
 どうぞ、お座りくださいまし。
 本日は、挨拶だけの、ほんの野暮用のみの、お邪魔です。
 早々に失礼する予定でおりますので、
 どうぞ、お気づかいなく。」



 「いやいや、話の内容は・・・
 先ほど事務局にも確認を取って、おおまかには聴いております。
 それにしても、天下の八千代母さんたるお人が、
 これほど若い者たちの、保育園事業に肩入れをなさるとは、
 まさに青天の霹靂ですなぁ~。
 知らぬこととはいえ、若い皆さんがたにも
 大変、事務局が失礼をいたしたようですな~。
 まぁ、まぁ・・・どうぞ、どうぞ。」



 社長の動揺した目が、八千代姐さんの後ろで小さく隠れたまま、
固まりきっている靖子さんと陽子へ、しきりに座るようにとすすめています。


 「しかし、それにしても・・・
 朝一番から電話をかけてきて、
 保育園に募金をするから、口座を全額おろせというのは
 実に、ただ事ではありませんなぁ。
 銀行支店長の山口が、大慌てで俺のところにも
 朝早くから、電話をかけてきました。
 ○○産業の大野や、市議会の高橋のところなんぞにも、
 すわ、いち大事の、早急な電話を入れたようですぞ。」



 「あらまぁ、
 いつも通りに、実に手回しの良い事です。
 もう、皆さんとは連絡がお済みですか。
 それならば、ずいぶんと、手間がはぶけてこちらも大助かりです。
 でも、結局、300万円だけは、出資することになりました。
 ・・・あら、ご紹介が遅れました。
 こちらは、なでしこ保育園で熱心に活動してらっしゃる
 靖子さんと陽子さんのお二人です。
 ねぇ可愛いくて、とても美人でしょう、お二人とも。
 私の若いころに、生き写しだとお思いになりませんか?。」



 「またまた・・・お母さんは、悪いご冗談を。
 八千代母さんの若いころから見れば、まだまだ、こいつらは日光の手前です。
(日光街道で、日光のひとつ手前が今市・いまいち・です)
 月にスッポン。 
 月に叢雲(むらくも)花に風。
 月夜に提燈(ちょうちん)ってか・・・
 お母さん!いったい私に、何を言わせるのですか。
 これでは、私の狼狽ぶりが、丸だしの、丸裸です・・・
 いやいや、おっしゃる通り、
 こちらの若いお二人も
 ともに、存分にお美しいかぎりです」



 「相変わらずですねぇ、あなたは・・・・
 女性を褒めるのが下手くそで。
 ・・・まったく、おいくつになられても変わりませんねぇ。
 まぁ、よござんしょ。
 短刀直入に、お話をまとめてしまいましょう。
 聞いての通り、最近になってから
 認可保育所を作るという、こういう若い人たちとお付き合いを始めました。
 難問を抱えながらも、ひたむきに頑張っている
 なでしこ保育園の活動ぶりには、私も共感する部分がとても増えて来て
 すこぶる、応援などをしたくなりました。
 それならばと、不足をしている建設資金に
 全額を出資いたしても良いと、そんな決心もいたしました。
 ところが今朝、その件を銀行に相談をしたところ
 支店長の山口さんから、全額では困るということになり、
 泣く泣く・・・300万だけをとりあえず出資をするということで
 銀行さんとはお話がつきました。
 ですが、まだ、2000万以上も建設資金が足りないそうです。
 ついてのお願いと言うことで、
 昔の、出世払いのツケなどを、実はまとめて頂きに
 参上をいたしました、という次第です。」




 「わかりました。
 そう言う趣旨であるならば、いちもにもありません。
 いくらでも皆さんを、応援をしたいと私も思います。
 で、とりあえず、どのくらい用立てをすればいいでしょうか、
 具体的な金額などは?・・・お母さん。」



 そう言いかけた社長の言葉を
八千代姐さんが、にこやかに、かつ、毅然として遮ります。



 「誤解をしないでくださいな。
 貴方からの、野暮なお金などは、本日はいりません。
 今日あなたに、是非ともお願いをしたいのは、まったく、別の話です。
 この若い人たちが、
 これからあちこちへ募金活動に回る際に
 それへの先回りをして、それなりの便宜を図っておいてほしいだけです。
 あなたから、はした金などをもらおうなどとは、
 これっぽっちも考えてはおりません。
 出世をしたら払ってくださいと、あの時はお願いをいたしましたが、
 この程度のことで、全部払ってもらおうなどとは
 私は、全く考えておりません。
 たくさんいらっしゃるお友達などにも、よろしくと、
 もう一言だけ、お口添えをお願いできれば、それだけでもう充分です。
 では、お手間をとらせまして、ありがとうございました。
 本日は、こんなところで失礼をしたいと存じます。
 お忙しいのにもかかわらず、私どものために
 ありがとうございました。」



 すっと立ち上がった八千代姐さんが
呆気にとられたまま、先刻より立ちつくしている
秘書室長へ、もう一度、より丁寧に頭を下げました。
退室の直前に、もう一度社長へ向きなおると、あらためて艶やかな笑顔を見せました。
その後ろを追って、急いで退席しようとした陽子を、社長が小声で呼び止めました。
財布から数枚の紙幣を取り出すと、すばやく陽子の手の中へ滑りこませます。



 「これで何か旨いものでも、
 八千代母さんと、君たちで喰ってくれ。
 いやいや、余計なことは聞かないでくれたまえ。
 母さんには内緒で、黙って受け取ってくれ。」



 「・・・あらまぁ・・・
 やっぱりそんな関係だったんですか?」




 「し、失礼な・・・
 馬鹿をことを言っちゃあ、いかんよ君。
 あの八千代母さんには、桐生中の名士や財界人のほとんどが、
 若いころに呑み始めた折りに、一通りの面倒を見てもらっているんだ。
 長年にわたって、ひとりで花街を仕切ってきた『仲町の大女将』だ。
 俺たちが貧乏学生だった頃にも、出世払いでいいからと、
 粋も甘いも遊び方も、そのすべて教えてくれた、青春時代の大恩人なんだ。
 おかげで、俺たちの人脈が若いころからそうやって出来上がったんだ。
 花街を一手に支えたあの人は、俺たちの青春までも支えてくれたのさ。
 ずいぶんと世話になったんだ・・・
 おい、ただし断っておくが・・・
 いまだに純粋で、清い関係は保ったままだぞ。
 寅さんのマドンナと、おんなじなんだぞ。
 俺たちのマドンナなんだぞ、
 あの、八千代母さんっていうお人は。」



 「あら、
 そうすると、私たちの八千代姐さんは
 これからは・・・仲町の母から、桐生の母になるというわけですね!」




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