落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第93話 

2013-06-12 10:20:10 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第93話 
 「女流のコンビと、ミツバチの話」




 『前作の映画、「六ヶ所村ラプソディー」では、
 原子力産業の最前線で生きる六ヶ所村の人々を取材しました。
 地球温暖化という、国境を越えた環境破壊が進む時代に生きる人々たちをとりあげて、
 私たち自身の生活が、環境破壊につながるというジレンマを描いています。
 この女流の監督さんは、このジレンマを解く道はないのか、と常に模索をしています。


 今回の『ミツバチの羽音と地球の回転』では、
 脱原発を進めるスウェーデンと、新たな原子力発電所の建設計画が有る
 山口県上関町を対比しながら取り上げています。
 スウェーデンは脱原発を国民投票で決めたあと、2020年までに
 石油にも依存しない社会づくりをめざしています。
 こうした、エネルギーをシフトする背景には、民主主義や情報の透明性、
 そして人権意識の高さがあることなどが取材を通じて見えてきます。
 スウェーデンはCO2を削減しながらゆるやかながらも経済成長を続け、
 質の高い福祉を実現しています。
 日本とスウェーデンの、この違いはいったいどこにあるのかというのが
 この作品のテーマ―です」



 「兄ちゃん、かなりのインテリだな。
 へぇ・・・・その鎌仲なんとかという女流の監督さんは、良い女かい?
 俺は、そこいらあたりにも興味が有るけどなぁ・・・・
 いやいや、茶化して申し訳ない。もうすこし詳しく聞かせてくれ。
 なにやら、ずいぶんとためになりそうな話だ」


 『押さないようにして、静かに前進を開始してください。
 後方からの参加者が、ますます渋滞をしています。少しずつ場所を譲り合いながら
 官邸方向への前進をお願いします・・・・』


 前方から聞こえてくる呼び掛けに応えて、人の波がお互いの距離を少しずつ詰め合います。
肩を寄せ合うようにしながら、歩調を合わせゆっくりとした動きをはじめます。
老婆の後方に立った岡本は、老婆が人波に圧迫されないように、
常にワンテンポ遅れて歩きながら、つとめて狭い空間を維持し続けています。
(ほんとだ。このおっさんは見かけによらず、優しい人だ・・・・)
岡本と肩を並べるようにして歩き始めたインテリの青年が、このほほえましい光景に
思わず眼を細めています。


 
 「鎌仲 ひとみは、 1958年6月11日に富山県で生まれています。
 ドキュメンタリー映画の女流の監督さんで、テレビの演出なども手がけています。
 2003年に監督したドキュメンタリー映画「ヒバクシャ―世界の終わりに」は
 地球環境映像祭アース・ビジョン大賞や、文化庁映画賞などのほか、
 多くの賞を受賞しました。
 ほとんどの作品で、カメラ担当の岩田まき子さんとコンビを組んでいます」


 「おっ、女流のコンビの登場か。それにもまた、そそられるものがあるな。
 地球の環境を守ると言う仕事は、まさに、人の暮らしを守ることそのものだ。
 温暖化も問題だが、放射能はもっと怖い。
 へぇ~、ずいぶんと昔からそういう問題を取り上げて頑張っている女流の監督と
 女流のカメラマンが居たとは、まったくの初耳だ。
 やっぱり勉強になるねぇ。こういう場所へ出てくると」

 「デモは初めてですか。おじさん」


 「おう。まったくの初体験だ・・・・いや、ちょっと待て。
 俺がまだ学生だった1985年は、大好きだった女優の夏目雅子が死去をして、
 日本航空の123便が群馬の御巣鷹山で墜落事故をおこした年だ。
 歌手の坂本九を含む乗客の520人が死亡するという、大惨事があった。
 その頃に、なにかの抗議活動で国会前に駆け付けたことが有るぞ・・・・
 なんだったけかな、あれは・・・・27年も前のことだからなぁ」



 「当時の中曽根康弘首相が、終戦の日に靖国神社へ強行参拝をした。
 それに対する学生たちの抗議活動のデモだ。
 あの時は正義感の強かった左翼系だったお前が、いつのまにか右に転身をしている。
 わかんないものだなぁ、人生は」


 背後から俊彦が口を挟みます。



「おう、それだ、そいつだ。しかしお前・・・・ひと言多いぜ」
苦笑いの岡本が、俊彦を振り返ります。

 「で・・・・なんだったけ、兄ちゃん。
 その女流コンビがつくったという、ミツバチの話の続きを聞かせてくれや」

 「面白そうな話だ。俺にも是非きかせてくれ」



 俊彦が、二人の間に割り込んできます。
相変らず足元に居る老婆をかばい続けている岡本と、興味を持って割り込んできた
俊彦の周囲には、先ほどよりも、家族連れや若い恋人同士のような顔ぶれが増えてきました。
普段、抗議活動やデモ行進などとは、まったく無縁と思えるような人たちの
密集が、時間と共に官邸前を埋め尽くすようになってきました。
小さな子供を胸に抱えこんだり、抱き上げて肩車をしている様子などもあちこちで見られます。
こうした参加者たちの顔ぶれこそが、毎週金曜日の夜に開催をされている官邸前の
抗議活動デモの一番の特徴です。



 「原発依存から、すでに脱却を遂げたスウェーデンは、
 日本の20年先を走っていると言われています。
 ということは今から20年前のスェ―デンは、まったく日本と同じような課題を
 抱えていたという事になります。
 そしてまた、スウェーデン自体も、引き続き、持続可能な社会に向かう
 そうした道の途上にあります。
 『持続可能な社会のあり方』をどのよう守りあげ、どのように
 作りあげていくかが、今回の映画が撮りあげたテーマです。

 
 「持続可能」という言葉には、多様な意味が含まれています。
 映画がとりあげたのは、自然の法則に逆らないという生き方や考え方です。
 普段私たちが見過ごしている、自然循環の、大きな力を大切にしょうという考え方です。
 そのようにして人類は、1000年も2000年にもわたって
 文化や地域社会を長く持続させてきました。
 日本政府と電力会社は、2030年までに14基以上の原発を新たに
 増設をするという計画を今でも持っています。
 また東京電力は、福島第一原子力発電所の7号機、8号機の増設計画を盛り込んだ
 平成23年度供給計画を、原発事故の長期化が懸念されていた3月31日付で、
 経済産業省に提出していたということも、つい最近になって発覚しました。
 こうした背景なども紹介をしながら、映画は、原発建設に反対をしている祝島の
 現地で長期にわたった取材を敢行しています。


 いま山口県の上関町ですすめられている原発の計画は、瀬戸内海の入り口にある、
 美しい湾を埋め立てて原発を建設をしょうという、自然破壊そのものの計画です。
 原発予定地の真向かいに位置している祝島の人々は、この建設に
 26年間にわたって反対をしてきました。
 しかし、こうした島民たちの思いとはうらはらに、建設計画は前進をしています。
 埋め立て予定地の田ノ浦は、海底から淡水が湧く多様な生物の楽園と言われており、
 祝島の漁師にとっては、最高の漁場になっています。


 山口県祝島では、1000年続いてきた暮らしや文化の持続が、
 原発建設に伴うこうした環境破壊のために、きわめて重大な危機に瀕しています。。
 かつての日本の原発のほとんどが、こうした海沿いや、
 風光明媚な海岸線に、数多く建てられます。
 原発による環境破壊の流れは、いまも何ひとつ変わっていません。
 もう、全てを見直して新しい進路について、考える時期にきていると、
 この映画は、全編を通じて激しく告発をしているのです」




 「なるほどなぁ。
 3,11の遥か前から、先進的な活動をしている女流のコンビもいたのか・・・・
 すてたもんじゃないな。日本のドキュメンタリー作家たちも」



 一通りの説明を聞いた岡本が、深く頷いています。
「僕もそう思います」と、熱弁を語った兄ちゃんも、満足そうにほほ笑んでいます。

 「ところで、おじさんは、どんな仕事をしてらっしゃる方なのですか」



 「おっ、俺のことか。ひと言じゃ難しいなぁ。
 強いて言えば、総合人材派遣業がメインかな。
 派遣先は、すこぶるの広範囲にわたるぜ。
 原発から各種の土木工事現場、はては風俗から水商売まで取り扱う。
 要望が有れば、どこからでも人を探し出し、どこへでも人を派遣するのが俺の商売だ。
 いいことも沢山するが、時には少々悪い事もする・・・・
 この程度の説明で良いだろう。
 おっ、こいつは俺の愛棒で、桐生で蕎麦屋をしている俊彦という男だ。
 そのとなりにいる着物を着ている美人が、娘の響だ。
 ブログで原発労働者の小説を書いているから、たぶん一部では有名人のはずだ。
 で、そのとなりにいるちょいと垢ぬけたおばちゃんが、母親の清子だ。
 全員で、はるばると、こうして群馬からやってきたんだぜ」


 響の周囲が突如としてざわつき始めます。


 「響の出身は群馬じゃないと思うよ。ペンネームは広野のひびきだもの・・・・
 広野なら福島県だ。でも訳ありのペンネームだという説もある。
 おい、ちょっと調べてみろよ」



 「山本と言う、原発労働者の証言をもとにした、あのネット上の小説だろう。
 それなら俺も読んでる。
 本当かよ。本人がデモに参加しているのか。
 そういえば主催者が、今日は官邸前の歩道の上で、思いがけない、
 サプライズが有りますと書きこんでいたぜ」


 「響が来ているの?
 岸発反対を書いているブロガーだもの、参加してても不思議はないじゃん。
 ねぇねぇ、どこよ。どの子なの」


 「着物を着ている女の子だってさ。
 ほら。ブログの中でも、二部式の着物を着て、よく登場をしていただろう」


 小石が投げ込まれた池の波紋のように、響きの周りでざわめきが広がります。
誰かが携帯電話で、響の検索を始めました。
インテリの兄ちゃんも、いつの間にか岡本と並んで歩きながら、指先は忙しそうに
スマートフォンの検索を始めています。





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