落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ桐生 (57) 「放浪の果てに」・レイコからのラブコール・

2012-07-04 11:03:11 | 現代小説
アイラブ桐生
(57)最終章 「放浪の果てに」・レイコからのラブコール・




 未明に戻ったホテルの寮に、群馬からの手紙が届いていました。
レイコからです。
普段とは異なる大きな封筒で、レイコからの便りとしてはめずらしいことです。
開けてみると、葉書が一枚、ハラリと床に落ちました。




 同窓会の案内状で、落ちたのは返信用の葉書です。
15の春から早いもので、もう、10年が経ちました・・・という書き出しで
その案内状は書き始めています。
来年の年明けに、初めての同窓会をひらくという内容でした。



 返信ハガキの着信相手が、レイコの名前になっています。
何げなく、ハガキの裏を返してみて、自分の目を疑いました。
出席の部分はすでに横線で消されていて、欠席の部分に大きく○がつけられていました。
下のほうにあるコメント欄にも、すでに書き込みがあります。
レイコが、自分で書きこんだもののようです。


 「旅先のことゆえ、出席は無理だと思い、私が勝手に欠席と判断をいたしました。
15の春に泣いてから、早いものですでに10年が経過をしました。・・・・」




 そこまでは普通の文字の大きさで、容易に読むことが出来ました。
しかしその先が、どう見つめても読めません。
余りにも小さな文字列のために、読み取ることができません。
米粒みたいに小さな文字ばかりが、ハガキにびっしりと並んでいます。
レイコに、こんな特技があったのかと驚くほどに、それはきわめて小さな文字の列でした。
部屋の隅に有るスタンドを点灯して目を寄せると、やれがやっと見えるようになりました。



 みんなは、ああいう男だから安心をして、いつまでも待てと言いますが、
ここまで堪えてきたものの、もう耐える勇気が私の中で、何とも言えない寂しさに負けて、
その灯が、消えてしまいそうになってきました。
あなたが育つための旅ならば、それを支えるのが私の務めだと心に決めて、
今日までは、耐えて頑張り抜いたつもりです。





でも、あなたと私の同級生たちが、あなたを呼び戻すきっかけを、私に作ってくれました。
私は、同級生たちのこの好意に、喜んで甘えたいと考えました。
私の胸が、辛さと、哀しみで一杯になる前に、どうぞ一度だけ、
私の胸に戻ってください。
哀しみではち切れそうなわたしの胸が、いちどだけ満たされれば、
わたしはいつでも、再びあなたを気が済むまでの旅に出したいと決めています。
どうぞ、一度だけ、25歳になったレイコを慰めるために、桐生へ戻ってください。
もう、レイコの本音は、貴方と毎日暮らすことばかりを考えています。
しかしそれではあなたの立場が無くなるという事も、私は、充分に
承知をしているつもりでいます。
でも、それらをすべて承知の上で一度だけ、意気地無しのレイコが、
心からお願いをいあたします。
私が辛すぎるますので、どうぞ桐生と、私のこの胸に、
一度だけ、帰って来てください。      あなたのレイコより 。





 そう、書いてあります。
どうしたらこんなに細かい文字が書けるのでしょうか・・・
消え入りそうほど薄いうえに、米粒にも満たない小さな文字の列でした。
一度も泣き事を吐かなかったレイコが、その心の底で泣いているのが見えました。
背筋を一瞬、電気がはしります。 「レイコが呼んでいる」


 一瞬にして帰ることを決断しました。
「決断の瞬間を間違えるなよ。」
さっきまで一緒に呑んでいた源平さんの、あの言葉がよみがえってきました。
旅に出てあれほどまでに探し求めていたものは、実は故郷に
置いてきたままだったのかもしれません。
丸4年にもわたって放浪をしたあげく、自分の中で初めて見つかったものは
絵でもなければ、京友禅でもなく、幼馴染のレイコと、実は
平穏に暮らす日々だったのかもしれません・・・・




 いつも隣に居て、支えていてくれていたレイコの重い存在にようやく気がつきました。
そういえば、レイコに愛していると伝えた覚えもなければ、
レイコからもまた、それを聞いた覚えもありません。
幼いころから当たり前のように手の届く範囲に居て、お互いを知り尽くしていると、
勝手に思いこんでいるだけの間柄を、ただただ演じ続けてきたのです。
一度ですら、レイコの気持ちの中に踏み込んで、
レイコの本当の気持ちや、本音を聞こうとしませんでした。
そのレイコが、実は10年以上にもわたって、泣きつづけてきた・・・・
思いもかけない、レイコからの告白でした。




 「お前さんも、本当に必要とされている場所で生きろや。
 人は、必要とされる場所と、必要とされる人の傍で暮らせることが一番だ」

 それも昨夜の帰り際に、順平さんがつぶやいたひとことです。




 夜明けを待って、帰る支度を始めました。
たいした荷物はありません。
使いこんだ画帳と記録をとどめたノートの類、あとは季節ごとの数着の洋服。
ほとんどの時間をホテルの制服と、源平さんから譲りうけた作務衣で過ぎしてきました。
テーブルに座り、お世話になった人たちへ短い手紙を書き始めました。



 午前中のホールの仕事を全て終わらせてから、ひと風呂浴びて
部屋もすっかり片付けてから、まず、まかないのおばちゃんたちと別れを交わしました。
次は、ボストンバッグを提げたまま、マネージャー室を訪ねました。
ボストンバックを見たマネージャーは、あわてたそぶりも見せずに、経理部に電話を入れ、
給料の清算を指示してから、煙草を一本勧めてくれました。



 「お前さんらの世話で、草津に落ち着いた俺の先輩のことだが、
 どうやら、子供が始まったようだ。
 おかげさまで、今のところは仕事も暮らしぶりも順調だと、先日電話がかかってきた。
 あの子にも、ずいぶん世話になったと感謝していた。
 良い子だそうじゃないか、お前さんにはもったいないくらいの・・・あははは。
 そうか。やっと戻る気になったか。
 これでおれも先輩に、良い報告が出来そうだ。
 実は、内心、俺もほっとした」



 まるまる2年間を、お世話になったホテルです。
「今度は、自慢の可愛い嫁さんと、遊びに来いよ」というマネージャーの声に送られて
階下の経理部へ寄り、清算された給料を受け取りました。
礼を言って頭を下げると、「どういたしまして」と機械的な返事だけが返ってきます。
帰り際に、同じ年代くらいで黒メガネをかけたいつもの女子職員が、
「又遊びに来てくださいね」と軽く会釈してくれたことが、せめてもの慰めになりました。
学生バイトたちが中心となる仕事のために、急な入れ替えや退職は
日常茶飯事で、特に珍しいわけではありません。
そんなものだろうと納得をして、2年間を過ごしたホテルを後にしました。



 冬も真近いために、表に出るともう日暮れの気配が濃厚でした。
三条から木屋町通りを横切ると、高瀬川へさしかかります。
この辺で、いつもスケッチをしていて、お千代さんともここで初めて出会いました。
声をかけてもらったのも、柳がそよぐこの処です。
いつも通りに角を曲がり、路地を伝って源平さんの家を訪ねました。
お千代さんだけが家に居て、そのうちあいつも戻るだろうから、
少し上がれと粘られます。






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   http://saradakann.xsrv.jp/

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