舞うが如く 第七章
(6)生糸の工程
翌日からは、いよいよ事業に就くことになりました。
ここでは、午前六時を過ぎた頃に、
その働く場所へ移動するのが決まりになっています。
一番の笛で、全員が工女部屋を出て、廊下で待機をします。
二番の笛で、隊列を整えてから、工場へ入場することになっていました。
その一番笛の鳴る前から、
工女部屋の出口には、それを待つ娘たちが沢山並び始めます。
しかしその出口より先へ、一足たりとも前に出ることは許されていません。
やがて一番が鳴ると工女部屋総取締の男子と、
副取締の女子の両名が、居並ぶ工女たちの先頭に立ちます。
七十五間ほどある繭置場の外の長廊下を通りぬけてから、
繰糸場の真中にある、正門からの入場をめざして工女たちの朝の行進が始まります。
そこへ至るまでは、一切隊列を乱すこともないように姿勢を正したまま、
綺麗に行列を続けなければなりません。
その長廊下の真中ほどに、
事務所も兼ねた役所と執務室がありました。
いつものように役人たちが、その出口の前に横一列に整列をして、
工女たちの行動のすべてを検閲しています。
万一横飛びなどをして、隊列を乱したりしてしまうと、
その場でたちどころに叱られてしまいます。
多くの隊列がこの行列を経てから、繰糸場へと順々に入場をします。
持ち場についたのち、作業開始の笛を待ちます。
新入りである琴たちの一行は、さらに進んで、西にある繭置場まで案内をされました。
この繭置場も、全体の景観と同じ赤レンガで覆われた建物で、
七十五間の長さにもおよぶ、二階建てです。
製糸工場へ届けられる繭は、
ほとんどが、未処理のままの生繭です。
そのままに放っておくと、繭の中のサナギが成虫(蛾)となって、穴をあけたり、
汚したりして製糸原料としての価値を損なってしまいます。
そのようになる前に、中にいるサナギを殺し、カビや腐敗してしまわないように
乾燥をさせ、水分を少なくしてから貯蔵をする必要がありました。
繭は「蚕」と言う昆虫がつくる生産物です。
蚕による品種や個体の違いによっても、また生産された環境などの違いによっても
形や品質には、きわめて大きな異なりが生じます。
病気にかかって表面が汚れたものや、充分に生育していない薄い繭、
キズや色合いの悪いものは、ここでの選別によってすべて取り除かれます。
この選別を経てから繭は、ようやく煮繭の工程に移されます。
煮繭とは、接着状態の繭糸を順序よく解きほぐすために、
接着を適当にやわらげるために必要とされる工程です。
(女工哀史などでは、工女たちが熱湯の中へ大量の繭を入れ
まんべんなくかき混ぜていた光景があります。)
最新の製糸工場では湯や蒸気を使って、繭層を外側から内側まで、
均一に煮熟をしていくのです。
煮熟された繭は、繰糸機の索緒部へ移されて、
高温の湯の中で、索緒箒(ほうき)を使い表面を軽くこすって
生糸の糸口を引き出します。
この行程で、最初は糸口がもつれた形のままで最初の糸が引き出されます。
この作業のことを索緒といい、一本のただしい糸口になるまで糸をすぐることを
抄緒(しょうちょ)と呼び、引き出されたただしい糸口のことを、
正緒(整緒とも書く)と呼んでいました。
このようにして正緒が出された繭が、その次の給繭機に移されます。
繰糸機の繰解部(生糸を作る湯の櫓)に入れられてから、目的の
太さになるように、何本かを合わせて燃り(より・ケンネルとも言う)を行います。
この燃り装置を使って、細い蚕の糸が数本ずつが寄り合わされて、
やがて一本の生糸が集束されていきます。
・新作は、こちら
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (17) たまが迷子になったわけ
http://novelist.jp/62099_p1.html
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