落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (20)       第二章 忠治、旅へ出る ⑤ 

2016-07-22 10:16:40 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (20)
      第二章 忠治、旅へ出る ⑤ 



 
 「やめるんだ忠治!。おまえさんまでこの男に殺されちまう」



 名主の小弥太が、顔色を変えて忠治を止める。
「やかましい。てめえは出しゃばるんじゃねぇ、引っ込んでろ。もう手遅れだ」
北辰一刀流の使い手が、乱暴に名主の肩を突きとばす。
年寄りの名主に手加減しないところに、この男の凶暴性がよくあらわれている。
おそらくこの男が、佐与松を斬り捨てたのだろう。



 (くそ野郎め。
 留守役の佐与松を斬り捨てたあげく、幼い子供を人質にとるなんて
 卑怯をはたらくにも限度ってものがある。
 こんな野郎は絶対に許せねぇ。
 勘助が留守をいいことに、好き放題を繰り返すってのも勘弁ならねぇ。
 貴様みたいに腐ったやつは、俺もお天道様も、絶対に許さねぇ!)



 あらためて激しい怒りが、忠治の腹の底から湧き上がってきた。
しかし。真剣で斬りあうのははじめてだ。
相手の男は、修羅場を何度もくぐりぬけてきた使い手だ。不敵な笑いを頬に浮かべている。
(下手すれば、ここで死ぬかもしれねえな・・・)
冷たい汗が忠治の背中を流れはじめた。足もしだいに震えてきた。
呼吸するたび忠治の頭の中が、真っ白になっていく・・・



 だがもうすでに遅い。あとには引けない。
忠治の右手がじわじわと、義兼を手繰り寄せる。
その瞬間。呼吸を合わせたように相手の男も、長脇差の柄に手を伸ばす。
2人をへだてている距離は、ほぼ2間。
地面を蹴った瞬間。間違いなく相手の正面へお互いの切っ先が届く。



 相手の方が先に動いた。
激しく抜かれた相手の太刀が、鋭く、忠治の顔面めがけて飛んでくる。
思わず忠治が態勢を低くする。
低く構えた忠治が、満身の力を込めて朱色のさやから義兼を引き抜く。
そのまま相手の懐めがけて、忠治が、するどく飛び込んでいく。
ぐさりという鈍い衝撃が、忠治の手元にやって来た。



 (斬るんじゃねぇ。押し込むんだぞ。義兼はそういう刀だ)



 野鍛冶の言葉が、忠治の頭に浮かんだ。
無意識のうちに忠治の右手が、相手に向かってぐりぐりと刃先を押し込んでいく。
確かな手ごたえが、ふたたび忠治の右手にやって来た。



 真庭念流は謎のおおい剣法だ。
真庭の百姓剣法などと揶揄されることもある。
真庭念流は泥臭い。ゆえに実戦向きといえる、野良着の剣法だ。
草ぶかい田舎に土着して師弟ともに田を耕しつつ、先祖から伝わる剣法を、
黙々と修行しながら身に着けていく。



 剣を学んでも、官に仕えることを欲せず。また名も求めない。
剣を力に徒党をくみ、事をはかるようなことも微塵も考えてはいない。



 腕に覚えのある武者修行者が、真庭念流の村へやってくる。
だが、野良を耕している老人や子供たちに手もなくひねられ、逃げて帰っていく。
そんな話が講談の中に、よく登場してくる。
真庭念流は郷土に土着した、あくまでも泥臭い、実戦によく向いた剣法だ。



 「無構え」というへっぴり腰が、真庭念流の真骨頂だ。
構えに、他の流派のような華麗さは無い。
構えた竹刀で、丁々ハッシと打ち合うことなども、絶対におこなわない。
攻めるのも一撃なら、守るのも一撃だ。



 隙が有れば、ひるまず一撃で斬りかかる。
守るのも、身体をひらいて切り返すか、一歩退いて相手をかわしてから斬るか、
前に進んでツバで受け、そのまま刀を巻き落として切り返すか、
このいずれかである。



 忠治が選んだのは、前に飛び込んでの必殺の突きだ。
切っ先が、相手の身体をみごとにとらえた。
ずしりとした手ごたえのあと、生あたたかいものが忠治の顔へ、どっぷりと
ふりかかってきた。

 
 
(21)へつづく

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2 コメント

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大活躍の・・ (屋根裏人のワイコマです)
2016-07-22 21:17:14
作家のほうも 見事に書き上げられて
そして 昼はゴルフに夜はナイター
この人は何時寝ているんだろうか
心配ですが・・無理の無い様に
ほどほどで、命あってのものだねです
幾ら選手が揃ったとはいえ・・監督業は
神経をすりへらすそうです。
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おはようございます。ワイコマさん (落合順平)
2016-07-23 05:55:19
普通に寝ております(笑)。
本日から日曜の夜まで、スポーツ満載と、
カラオケの予約をいただいております。
カラオケは2次会ですので、深夜まで及ぶような
気配があります。
ともあれ、ゴルフ、ソフトボール、カラオケと
3段跳びの日程を、満喫したいと思います。
では、ゴルフへ行ってまいります~♪
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