落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (92)  第六章 天保の大飢饉 ⑨

2016-11-21 17:17:51 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (92)
 第六章 天保の大飢饉 ⑨




 気が付くと腫れあがった顔の民五郎が、泣きながら文蔵の肩をゆすっていた。
セミの鳴き声が、やかましいほど頭に響く。
ようやく目を覚ました文蔵が、ぐるりと周りを見回す。


 「あいててて・・・おい、みんな、大丈夫か?」



 返事の声はない。みんな傷だらけだが、どうやら辛うじて生きている。
文蔵が口の中から血の塊を吐き出す。
「畜生め。このままにしておかねぇぞ。もう我慢できねぇ」
文蔵が、祇園の森を睨み上げる。



 「忠治が何と言おうが、俺は伊三郎のやろうをたたっ斬ってやる。
 彦六の野郎も絶対に許せねぇ。
 みんなまとめて、地獄送りにしてやる。
 おい・・・いつまでも此処に居てもしょうがねぇ。けえるぞ」



 ふらりと立ち上がった文蔵が、右足を引きずりながら歩きだす。
ぼろ雑巾のような一行が、ようやくの思いで百々村へ帰りつく。
迎えに出た円蔵が、一行を見て驚きの声をあげる。


 「軍師。見た通りの有様だ。わるいが今度ばかりは止めても無駄だ。
 ここまでされて、黙っていられるか。
 おめえが止めても今度こそ、伊三郎の首を取ってやる」


 「たしかにここまでされちゃ、もう黙っていられねぇ。
 だが、可笑しいな。どうにも腑に落ちねぇ」


 「何が腑に落ちねえんでェ?」



 「伊三郎が、勝手に賭場割りを変えたことだ。
 伊三郎といえば、親分衆の顔色を一番気にしている男だ。
 去年。一番人気だった国定一家の賭場を、わざわざ境内の外れに置くなんて、
 どうにも考えられねぇことだ。
 去年。伊三郎は、器のでっかい親分だと褒められた。
 それなのに、急にそんな場所割りをしたら、去年の評判がガタ落ちになる。
 人一倍世間の噂を気にしている男が、そんな真似をすると思うか?」


 「疑う余地があるもんか。
 いちの子分の彦六が、はっきり、そう言ってたぜ!」



 「彦六と言えば伊三郎が可愛がっている、ふところ刀だ。
 17のとき。伊三郎の子分になって以来、ずっと伊三郎のそばを守って来た男だ。
 伊三郎の跡目を継ぐのはこの男だ、と言われている。
 だが伊三郎の言動に忠実すぎて、代貸たちからの評判はよくねぇ。
 人気があるのは林蔵という男だ。
 この男が最初に、伊三郎一家の代貸をつとめている」


 「軍師。いってぇ何がいいてんでぇ!」




 「伊三郎の奴が、彦六をそそのかしたかもしれねぇ。
 境のシマを取るために、忠治一家が邪魔になる。
 跡目争いでは、人望の有る林蔵の方が、いまのところ人気を集めている。
 ここらあたりで男をあげて、境のシマを分捕ってみろ、
 と、伊三郎が彦六をけしかけた」


 「じゃ伊三郎の奴。彦六を餌にして、俺たちをおびきだそうというのか!」



 「そうさ。うまくいけば、そっくり境のシマが手に入る。
 まんいちしくじっても、彦六が暴走したと言えばそれまでだ。
 跡目なら人気のある林蔵が継いだ方が、島村一家がしっくり収まる。
 そこらあたりまで計算して、伊三郎の奴が、勝負に出てきたのかもしれねぇな。
 たしかに今が潮時かもしれねぇァ。どうしゃす、親分」


 円蔵がじっと腕組したまま、瞑想している忠治を振りかえる。

 
(93)へつづく

おとなの「上毛かるた」更新中

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
きゅうりの次はナス? (屋根裏人のワイコマです)
2016-11-22 10:21:17
群馬のビニールハウスの中は季節感が
ありませんね・・今最盛期のキュウリの
次はナスが待っているんですか
群馬の土地は休む暇もありませんね
こちらは今朝は5度いまこの部屋は
18度と快適ですが 寒くなく暑くなく
今日は冬ごしらえの外回りを・・
庭木の枝や落ち葉の片付けをして
少し畑を起こしておきます。
返信する
ワイコマさん。こんばんは (落合順平)
2016-11-24 17:02:15
天気予報が的中しました。
群馬は朝の7時から、雪が降りはじめました。
厚着をしてビニールハウスでキュウリの収穫。
10時過ぎに本降りになり、のこりの作業を中断して、
本日は収穫のみの早上がり。
11月の積雪は、50数年ぶりだそうです。
炬燵のもぐりこんだまま、相撲中継を見ています。
返信する

コメントを投稿