落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第66話 逆風が吹く

2014-12-20 13:09:14 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第66話 逆風が吹く



 サラが祇園にやってきてから、3ヶ月が過ぎた。
置屋の福屋では相変わらず、のんびりとした行儀見習いが続いている。
「それほど、焦る必要もないでしょう」と佳つ乃(かつの)の抗議を、
女将の勝乃は、ニコリとほほ笑んで受け流す。



 「お母さん。ぼけが始まったのと違いますか?。
 見習い中のサラに、厳しく仕込まないでどうすんの。
 あとで恥をかくのはサラちゃんどっせ。
 いままでのように、定規とはたきを両手に持って、ビシビシと
 仕込んでくださいな」


 「それがなぁ。畳のヘリも踏まんし、障子の開け閉めも完璧や。
 畳に座ってのお辞儀も板に着いてきたし、舞も筋がいいとお師匠はんが褒める。
 これといって欠点が見当たらん子や。
 いったい、なにを叱ればいいんかいなぁ」



 「うふふ。上手い風に言い張りますなぁ、お母さんも。
 ホントはそうでは、おへんでしょ。
 誰も居なくなって、屋形の中が寂しすぎて、サラを追い出すのが辛いんでしょ。
 顔に書いてありますでぇ。
 やれやれ、仕込みの鬼も、ずいぶん甘くなりましたねぇ」



 「そうでもおへん。辛い波風に当っとんのは、サラ自身どす。
 日本国籍が有るとは言え、半分は、青い目の外人さんで有ることに変わりはおへん。
 しきたりやら格式やらと、祇園は何かとうるさい世界どす。
 それはようわかっとんのどすが、ようやくのことで日本に帰ってきたあの子に、なんや、
 ビシビシ指導する気になれんだけのことどす。
 あたしが、歳を取りすぎたせいですかねぇ。
 あんた。あたしのかわりに、ビシビシとサラを厳しくしつけてや」


 「責任放棄かいな。無責任やな、お母はんも。
 ウチかて厳しいのは嫌いや。けどどないなん、実際の反応は」



 「この間なぁ、検番から電話がかかって来よったでぇ。
 あんた。本気で青い目に鑑札を取らせるつもりかと、えらい権幕どした。
 舞妓に出るためには、検番に名前を登録せななりまへん。
 検番言うのは、管理組合みたいなもので、いまは組合事務所と呼んどりますなぁ。
 丸山公園にある保健所へ行き、身体検査をしてから検番へ行きます。
 仕事をするための許可証をもらうんどす。
 許可証のことを、鑑札と呼ぶんどす。
 鑑札いうたら、命の次に大切なものどす。
 芸妓も舞妓も、これがなければ、祇園で仕事することができまへん。
 うちは外人なんかには許可証は出さんと、いきなり喧嘩腰での電話ですねん。
 驚きましたなぁ。
 誰ぞの入れ知恵やと思いますが、なんや空気がピリピリしてきましたなぁ」


 「鑑札なんて、ずいぶん先のことやおまへんか。
 舞妓にもなってへん子に、ずいぶんと手回しのええことどす。
 多少の逆風は覚悟してましたが、検番さんまで手え回すとは、用意周到やなぁ。
 こちらもそれなりに対策などを考えておかな、あきまへんなぁ」



 「そん時はそん時で、裏の手も奥の手もあるさかい、どうでもなるでしょ。
 下らんことに惑わされず、サラちゃんのやる気を潰さないほうが肝要どすなぁ。
 サラは、まるでブルドーザーのように突っ走る女の子や。
 躊躇せず、人様の気持ちの真ん中へ突っ込んでいく、小気味のよさが取柄どす。
 この祇園に、新風を巻き起こす可能性を秘めている子や。
 あたしはなぁ、そんなサラのエネルギーをいつまでも大事にさせてやりたい、
 そんな風に思ってんのどす」


 「まったくぅ・・・呑気なことをいわはるなぁ。お母さんも。
 野放しにしておいて、あとでどうなってもウチはいっさい知らんでぇ」



 「あんたかて、サラに負けないくらい昔はやんちゃをしたでぇ。
 覚えておらんのかいな、16歳の時の、あの武勇伝を・・・」


 (16歳くらいの時の、武勇伝?)ウチにもそんな時代が有ったかいな、
はてなと佳つ乃(かつの)が、小首をかしげる。
「あっ!」と当時の事を思いだし大きな声をあげ、やがて、
頬を真っ赤に染める。



第67話につづく

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