落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (103)鳴門の橋でさようなら

2015-08-12 12:14:37 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(103)鳴門の橋でさようなら



 
 鳴門海峡の楽しみ方と言えば、観潮船に乗り、渦潮を見に行く観光が有る。
徳島の鳴門市側と、淡路島側からそれぞれ船が出ている。
すぐ横を通ってくれるので、渦がまく様子をまじかに見学することが出来る。
時間にして20分足らずだが、自然が作る出す大迫力の光景を
ぞんぶんに満喫することが出来る。


 これだけでも充分だ。
だが近年、もっと面白いスポットが橋の真下部分に誕生した。
渦潮を足元に見下ろす、朝絶景の空間だ。
大鳴門橋の下部に作られた、450mあまりの遊歩道、「渦の道」がそれにあたる。



 別れる前に最後の思い出をつくりましょうと、多恵が言い出した。
駅前でレンタカーを借りた多恵と恵子は、大鳴門橋を渡り、対岸の神戸へ向かう。
勇作とすずは脇屋義助の墓を見るために、瀬戸内海に沿って西へ向かう。
4人はそのまま、鳴門の駅前で東と西へ別れるはずだった。
だが、名残惜しそうにいつまでも2人を見つめているすずの姿に、多恵が気が付いた。



 「鳴門と言えば、渦潮の町や。
 ここまで来て、観光もしないで、東と西へお別れするというのは心残りすぎますなぁ。
 どうや。最後の思い出の場所として、4人で渦の道を歩こうやないか。
 回り道ゆうても、たった10キロほどの迂回の路や。
 橋の手前から西へ向えば、また、国道11号へ戻ることができるはずどす」


 鳴門の駅から渦の道が有る海峡まで、10キロ余り。
大鳴門橋の手前から海沿いを行く県道が、海峡に添って西へ伸びている
県道を辿れば12~3キロほど先で、西へむかう国道11号とふたたび合流する。



 「はい」と答えたすずが嬉しそうに、2人のレンタカーへ乗り込んでいく。
大晦日の午後から始まった旅で、女ども3人は、すでに旧知の仲のように進化している。
昔からの馴染みのように、多恵ちゃん、恵子ちゃん、すずちゃんと、
それぞれ呼びあう間柄に発展している。



 「還暦まじかで、すずちゃんと呼ばれるのは気恥ずかしいかぎりです」と嘆いていたすずも、
実際に呼ばれると、嬉しそうに尻尾を振って2人に着いていく。
そんな旅もあと数キロの距離を残して、終わりの時を迎えようとしている。
手招きされるまま、レンタカーへ乗り込んでいったすずの気持ちがよく分かる。

 しかし。大鳴門橋が目と鼻の先に見えるあたりから、前を行くレンタカーの迷走が始まった。
行けども行けども、渦の道の入り口らしい場所へ到達しない。
困り果てた多恵が、鳴門公園のバス停の前でついに急ブレーキを踏んだ。



 「あきまへん。いくら走っても、渦の道の入り口が見えまへん。
 橋は目の前に有るというのに、カーナビがまったく道案内をしてくれまへん
 いったいぜんたい、何がどうなってんのや・・・。」

 
 「多恵ちゃん。渦の道と検索を入れると、違う場所へ案内されてしまうらしい。
 付近に大鳴門橋架橋記念館エディという建物が有る。
 そいつを指定すると、カーナビがただしい道案内をしてくれるそうだ。
 ほら。渦の道のホームページに、間違いやすいから充分に注意してくださいと、
 丁寧に、但し書きが書いてある」



 「え・・・なんや、ただのウチの勘違いかいな。
 ほな兄ちゃん。先に走って案内してや。ナビに情報を入れ直すのは面倒どす。
 今度は素直に、あんたのあとに着いて行きます」


 
 先に行って下さいと多恵が、運転席からひらひらと手を振る。
おそらく女たちは、狭い車の中で、最後の会話に夢中になっているのだろう。
女たちは急いで渦の道に着くことではなく、残されたわずかな時間を、せいいっぱい
会話することに費やしているのだろう。
ヒョイとレンタカーを追い越して前方へ出てみたが、停車させたままの多恵が
一向に、アクセルを踏み込む様子を見せない。


 (やれやれ。女同士の会話に、スイッチが入っちまったみたいだ。
 大丈夫かよ。井戸端会議じゃあるまいし、路上に停まったまま2~3時間、
 立ち話みたいなことにならないだろうな・・・)



 苦笑いを浮かべた勇作が100メートルほど先で、キャンピングカーを
静かに路肩へ寄せていく。



(104)へつづく
 

『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら