落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (97)南海フェリー

2015-08-02 11:24:02 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(97)南海フェリー




 女たちはよく食べ、良く飲み、よく喋る。
目の前にずらりと並んだ串本の新鮮な魚介が、女たちの胃袋の中へ消えていく。
食事の合間に、良く笑い、よくしゃべる。
4日間の旅を通して3人の女は、幼なじみのようになっている。
恵子と多恵は祇園の同期の桜だが、いつのまにかすずまで同期のように扱われている。


 テーブルの上に並んだ、紀州の梅酒が次々と空になる。
紀州は日本一の梅の産地だ。とくに梅の最優良品種「南高梅」の産地として知られている。
おおくの大手メーカーが、熟していない青い状態の実を梅酒用に使用している。
そんな中。テーブルの上に並んでいる『ばぁばの梅酒』は、完熟した南高梅だけを
厳選して使っている、幻と呼ばれている逸品だ。
口当たりの甘さと香りの良さに、女たちの呑みっぷりにさらに拍車がかかる。



 1時間が過ぎた頃。女たちが完全に酔い潰れてしまう。
上機嫌な足取りでキャンピングカーに戻るや否や、雪崩のように次々と
後部キャビンのベッドへ陥落していく。
(駄目だな・・・こいつら)毛布を掛けて回った勇作が、バタンとドアを乱暴に閉め、
ひとり寂しく、キャンピングカーの運転席へ戻る。



 串本から和歌山市までの距離は、およそ150㎞。
紀伊半島の西海岸を3時間ちかく、ひとりぽっちで走ることになる。
(やれやれ。こんなところで一人旅になっちまうとは、予想もしなかった現実だ。
仕方ねぇな。女たちが大人しく寝ている間に、西海岸をひとっ走りするか・・・)



 紀伊水道に夕日が落ちかけた頃。
後部キャビンから、ふらりと青い顔をした恵子がやって来た。
カーナビを覗き込んだ恵子が、『あらぁ!』といきなり黄色い声をあげる。


 「なんや。もう和歌山の手前やおへんか。早すぎますなぁ運転が・・・
 うふふ。無茶なことをいうたらあきまへんな。
 梅酒とはいえ、お酒はお酒。
 酒呑童子やあるまいし、際限なく飲めば、それなりにへべれけになります。
 3人そろって、女の本性をさらけ出してしまいましたなぁ・・・
 大事な旅の、最終日やったというのに」



 「本来なら熊野灘の美しい海を眺めながら、さめざめと泣くはずが、
 今回に限り、旅の道連れにも恵まれて、思いがけなく楽しいお酒になったようですね」



 「うふふ。多恵がばらしたんやろ。ウチが次の日になってから泣くことを。
 たしかにそうどす。
 いままでの旅は、毎回がそうどした。
 最南端の串本を過ぎるころは、涙に濡れた袂を絞るほど、さめざめと泣いたもんどす。
 けど旅はやっぱり、道連れどすなぁ。
 初めてどす。笑顔のまま、こんな風に和歌山の海を見るのは・・・」


 和歌山市の標識がポツポツと現れはじめた頃、紀伊水道に夕日が落ちた。
真冬の夕ぐれはきわめて早い。
あっという間に道路の周囲が暗くなり、はるか前方に和歌山の市街地の明かりが、
ぼんやりと浮かび上がって来た。



 「ずいぶん話も残っていますなぁ。
 このまま南海フェリーに乗り込んで、徳島港へ泊まろうかしら。
 多恵。どこでもいいから、港の近くに今夜の宿を手配して」



 奥のキャビンから、「なんでぇやぁ~」と多恵の寝ぼけた声が返って来る。
声の様子からすると多恵も、眠りからようやく目覚めたばかりのようだ。



 「予定の変更や。今日は別れず、フェリーに乗って徳島へ行きましょう。
 港に宿をみつけて、もう一晩、4人で一緒に過ごしましょう」


 「そらええ考えやな。
 そしたらゆっくりと、迎え酒が出来るということになりますなぁ。
 ほな、早速手配をいたしましょう。
 いつもの観光屋を呼び出すから、10分もすれば徳島の宿が手配できると思います」



 言うが早いか、もう「もしもし」と多恵が、携帯電話に怒鳴り始める。
和歌山港の南海フェリー乗り場にはとっぷりと日の暮れた、午後5時過ぎに到着した。
この時間帯なら最終便の一つ前、19:15分発の第8便に乗船できる。
2時間ほど船に揺られれば21:25に、四国側の徳島港に着く。



 車に乗ったまま、切符売り場へ横付けしていく。
差し出された乗船申込書に必要事項を記入し、車検証とともに窓口へ差し戻す。
簡単な確認作業の後、乗船用の切符が手渡される。
そのまま誘導路に沿って、フェリー乗船口へキャンピングカーを移動していく。
係員に誘導されながら、勇作のキャンピングカーがゆっくりと
船内へ入っていく。




(98)へつづく
 

『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら