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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第五章 (8)戸ノ口原にて、

2013-01-18 09:57:50 | 現代小説
舞うが如く 第五章
(8)戸ノ口原にて、



慶応四年の(一八六八)八月二十二日。
石筵(いしむしろ)を破り、次いで猪苗代城を陥れた政府軍の進攻はす早く
すでに戸ノ口にまで到達をしてきました。
戸ノ口原は、ほぼ一里余にわたる荒涼とした平地です。
丘陵が僅かにあるのみで、寡兵をもって闘うのにはきわめて困難な地形ともいえました。
『背後にある十六橋の破壊まではなんとしても持ちこたえよ、』
そう厳命された守備部隊の総勢力は、この時点ではわずかに200名余りにすぎません。


 作蔵と共に遠見の櫓(やぐら)の上に立った琴が
眼下に屯する、竹子や優子たちの婦女子隊のほうを振り返ります。
一方のはるか彼方からは、敗走をしてくる同盟軍とそれを追撃する政府軍の姿が、
丘陵地のあちこちから、時と共に湧き上がるよう増え続けてきます。

 後方に構えた味方の陣営から、軽いどよめきがあがりました。
整然と進軍してきたのは、十六歳から十七歳の少年たちで構成されたばかりの
白虎隊士中組の二番中隊でした。
直前の軍政改革で、後方の予備部隊として編成されたばかりの部隊ですが、
本隊と主力部隊のほとんどを国境周辺に全て配備していたために、
急きょ、藩主の護衛組織として戦場に動員されてきたのです。



 手にしているのは、ヤ―ゲルと呼ばれる洋式後装銃です。
しかしながらその威力は、政府軍の持つ新式の連発銃には足元にすらおよびません。
守備隊が手にしている武器も、その大半が槍か弓矢でした。
火器も、旧式の野戦用大砲が三門に、あとは火縄銃のみというあり様でした。
前方から押し寄せてくる政府軍の数は、時間と共にさらに増え続けます。



 「時を稼ぐ必要もありますが、、
 この地形では隠れようにも、あまりにも開け過ぎているために、
 かえって不利になるでしょう。
 このままでは、抵抗しながら、後退するだけで手一杯です。
 あなた達は、一足先に若松城の照姫さまのもとへ、警護に走ってください。
 ここは、この琴と作蔵にまかせて、
 まずは、お急ぎを。」


 そうせかされて、立ち去ろうとした竹子の近くで、
一人の白虎隊士が立ち止まりました。
凛々しい鉢巻の下で、嬉しそうな16歳の瞳が輝やいていました。
その懐かしい面立ちに、先に竹子が気がつきました。



 「いつぞやに、覗きを働いた、
 まことに不届きなる、悪戯小僧でありますね。
 わが薙刀より守りえた大切な命ゆえ、まごうことなく、
 大切になされますように。
 おお、、、それにしても・・・
 見るからに凛々しい若武者に成長をいたされました。
 あやうく、見間違えるところでありました。」


 「あれより、
 山本八重さまに鍛えれぬかれております。
 身も心も、精進いたした賜(たまもの)と心得まする。
 にもかかわらず、
 いまだに竹子さまの、あのような・・・
 白い柔肌が、わが眼に焼き付いて未だにどうしても、
 この目より、離れることがなりません。
 いかがしたら、
 よろしゅうございましょうか。」


 「そなたの、身も心も、
 すなわち、健康であることの証に他ならぬ。
 健全で有る事の印ゆえ、
 あえて消すこともありますまい。
 此処で会えたのも何かの縁、
 又いずれの機会に、お目にかかりましょう。
 我が薙刀より、幸運にしても逃げ伸びたる、お若い命。
 かんたんに無駄にするでは、ありませぬぞ」



 そう言いながら竹子が、自分よりはるかに背丈の伸びたこの若武者を、
懐かしそうな眼差しで、ついぞ見上げています。
やがて思いついたように両袖を探すと、袂より匂い袋を取り出しました。


 「わが身(竹子)と思い、大事にいたせ。
 生きて再会する時が、今から楽しみで有りまする。
 では急ぎまするゆえ、
 これにて失礼をいたしまする。
 良き、ご武運を。」



 しかし、時と共に十六橋を巡る攻防は激しくなります。
さすがの武勇ぶりを誇る会津守備隊も、やがて苦戦が強いられてきました。




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