舞うが如く 第四章
(9)沖田の愛刀

会津への旅発ちの支度に追われる琴のもとへ、
細身の太刀をたずさえた沖田が現れました。
「忙しい様子ですが、
見納めに、すこし散策をいたしませぬか。
お誘いにまいりました。」
思いがけない沖田の言葉に、琴が手を停め、思わず頬を染めました。
いそいそと、沖田の背中に続いて琴があるきます。
西本願寺の境内を抜けると、堀川通りへ出ました。
突き当たりから東へと向かい、加茂川あたりををめざします。
「琴さんには、
ずいぶんとお世話になったものの、
なにひとつ、お返しできぬうちに
早、お別れの時になってしまいました。
これは我が愛刀のひとつ、菊一文字則宗です。
細身ゆえ、おなごにもあやつれる優れものです。
我が、形見と思い、
琴さんにお持ち願いたい。」
「菊一文字は、
古今に名を残す、名刀のひとつと伺いました。
琴などにはもったいなく、
とても拝領するわけにはいきませぬ。」
「案ずることはない。
実戦では、一度として用いておらぬ。
我が守り刀ではあるが・・・
もう、2度と抜くことも無いであろう。」
そう言うと、
細身の菊一文字を、琴の手もとへ押しやりました。
加茂川の土手には、早くも夕暮れの柔らかい黄色い日が射してきました。
家路を辿る鳥たちが、遠くの杜へ急ぎます。
「わが身も、もう、行く末はわずかにあろう。
私が持ったままでは、
この菊一文字も朽ち果てることと相なる。
是非、こいつに、
会津の風景を見させてください。
今となっては、もう我が身体では
会津は、いかにも遠すぎまする。」
「お形見に、とは・・・」
「もはや、琴さんもご承知のごとく、
わが胸はすでに、
末気に近い、病窟の巣でありましょう。
よく持って数年ほど、いいえ、もっと早いかもしれません。
抗しがたくありまする。
我が定め、そう見極めてもおりまする。」
沖田の背中に琴が寄り添いました。
半身に振り向いた沖田が、黙って琴の肩を引き寄せます。
全身の力を抜いた琴が、そのまま沖田の胸に顔を埋めました。
顔をうずめたままの琴が、
声をしのばせて、ひとつ涙を落とします。
沖田は何も言いません
琴の肩が小刻みに震えだし、やがて大きく揺れはじめます。
沖田が両手をしっかり広げると、大切な物を包み込むように
柔らかく、琴を胸元に抱きしめました。
「明日がお別れだというのに・・」
「もう、このへんが互いの潮時にありましょう。
限りに近い、この身なれども、
私は琴さんを、終生決して忘れません。
琴さんには一本とられたままであるがことが、
すこしは心残りでもありまする。
今となってはもう、
どうでもよいことと相成りました。」
「なれば、もう一度、
お手合わせ、いただけますか?」
ぬれた瞳が見上げました。
その視線を柔らかく受け止めた沖田が、
琴の頭に手を添えるともう一度、
やさしくゆっくりと自身の胸に引き寄せました。
「ときが止まれば、良いものを・・・」
琴が小さくつぶやきました。
日暮れは早く、早くも夕闇が立ち込めてきました。

・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
(9)沖田の愛刀

会津への旅発ちの支度に追われる琴のもとへ、
細身の太刀をたずさえた沖田が現れました。
「忙しい様子ですが、
見納めに、すこし散策をいたしませぬか。
お誘いにまいりました。」
思いがけない沖田の言葉に、琴が手を停め、思わず頬を染めました。
いそいそと、沖田の背中に続いて琴があるきます。
西本願寺の境内を抜けると、堀川通りへ出ました。
突き当たりから東へと向かい、加茂川あたりををめざします。
「琴さんには、
ずいぶんとお世話になったものの、
なにひとつ、お返しできぬうちに
早、お別れの時になってしまいました。
これは我が愛刀のひとつ、菊一文字則宗です。
細身ゆえ、おなごにもあやつれる優れものです。
我が、形見と思い、
琴さんにお持ち願いたい。」
「菊一文字は、
古今に名を残す、名刀のひとつと伺いました。
琴などにはもったいなく、
とても拝領するわけにはいきませぬ。」
「案ずることはない。
実戦では、一度として用いておらぬ。
我が守り刀ではあるが・・・
もう、2度と抜くことも無いであろう。」
そう言うと、
細身の菊一文字を、琴の手もとへ押しやりました。
加茂川の土手には、早くも夕暮れの柔らかい黄色い日が射してきました。
家路を辿る鳥たちが、遠くの杜へ急ぎます。
「わが身も、もう、行く末はわずかにあろう。
私が持ったままでは、
この菊一文字も朽ち果てることと相なる。
是非、こいつに、
会津の風景を見させてください。
今となっては、もう我が身体では
会津は、いかにも遠すぎまする。」
「お形見に、とは・・・」
「もはや、琴さんもご承知のごとく、
わが胸はすでに、
末気に近い、病窟の巣でありましょう。
よく持って数年ほど、いいえ、もっと早いかもしれません。
抗しがたくありまする。
我が定め、そう見極めてもおりまする。」
沖田の背中に琴が寄り添いました。
半身に振り向いた沖田が、黙って琴の肩を引き寄せます。
全身の力を抜いた琴が、そのまま沖田の胸に顔を埋めました。
顔をうずめたままの琴が、
声をしのばせて、ひとつ涙を落とします。
沖田は何も言いません
琴の肩が小刻みに震えだし、やがて大きく揺れはじめます。
沖田が両手をしっかり広げると、大切な物を包み込むように
柔らかく、琴を胸元に抱きしめました。
「明日がお別れだというのに・・」
「もう、このへんが互いの潮時にありましょう。
限りに近い、この身なれども、
私は琴さんを、終生決して忘れません。
琴さんには一本とられたままであるがことが、
すこしは心残りでもありまする。
今となってはもう、
どうでもよいことと相成りました。」
「なれば、もう一度、
お手合わせ、いただけますか?」
ぬれた瞳が見上げました。
その視線を柔らかく受け止めた沖田が、
琴の頭に手を添えるともう一度、
やさしくゆっくりと自身の胸に引き寄せました。
「ときが止まれば、良いものを・・・」
琴が小さくつぶやきました。
日暮れは早く、早くも夕闇が立ち込めてきました。

・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/