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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第二章 (8)琴の秘剣

2012-12-01 10:10:06 | 現代小説
舞うが如く 第二章
(8)琴の秘剣





 所用を済ませた清河八郎が、ただならぬ気配を察知して
本堂から、人だかりの境内へと降りてまいります。
試衛館四天王の一人、土方歳三がいち早く気づいて席を立ちますが、
それを清河が手で押しとどめます。



 「近藤が真剣を用いているとは、珍しいことだ。
 相手は見たことのない剣士であるが、
 そうとうな使い手か。」



 「先ほどに、
 沖田が名乗りをあげましたが、
 沖田では役不足で有ろうということで、
 近藤が、自ら立ち会うことになりました。
 トンビに油揚げをさらわれたようです、
 そうであろう?、沖田。」



 そう声をかけられた
沖田総司が、憮然と腕を組み直します。
清河が沖田の肩に手を置いて、笑い掛けました。


 
 「トンビに、油揚げをさらわれたのか? 
 惜しかったのう沖田。
 おぬしが一番であることは、わしもよく知っておる。
 だがそれ以上に、ひさびさの近藤の剣のほうにも興味があるのう、
 本気の近藤の剣は、岩をも砕くという噂だが・・・」



 近藤が大太刀を正眼に構えたまま、
どっしりと腰を落とします。
2間半ほどの間合いを保ったまま、琴が左へと半円を描きます
ゆっくりと回り込む琴から目線を外すことなく、
不動なままの近藤が、静かに呼吸だけを計り続けます。



 剣先を下げた琴の太刀が、さらに最下段にと沈みこみ、
地面をすれすれに滑ります。
そのまま自身の背後へ、その刀身が隠れました。



「来る」。



 近藤が直感したその瞬間、するどい気合とともに
身を翻した琴が、軽やかに宙を舞って、
一気に間合いを詰めました。



 「もらった!」



 瞬時の気合とともに、
近藤の渾身の大太刀が、唸りを上げて、
袈裟がけに振り下ろされました。



 着地の瞬間に、さらに体勢をしずめた琴が
さらに一歩を踏みこみました。
近藤の大太刀を、くるりと左半身でかわしながら、
その懐深くに飛び込みます。
下段から、斜め上段に向けて、琴の、
剣先が走りました。



 近藤の唸りを上げた大太刀は
琴のひとつに束ねた髪と、右の頬とを掠めます、
さらに右肩をきわどく通過したあとに、
翻がえした右袖を、真二つにと断ち切りました。
下から突きあげた琴の刃先は、
近藤の左右の袂を、横一閃に切り裂きます。




 「そこまで、そこまで。
 それまでにて、
 双方とも、もう充分であろう。」




 清河が二歩三歩と歩み寄りながら、
この試合を止めに入りました。
近藤が、切り裂かれた己の袂を覗き込みながら
低い声で、豪快に笑いました。



 「薙刀であるならば、
 わしの胴は、真横に、真っ二つであろう。
 さすがに名高い天狗剣法だ、
 ひさびさに手ごたえのある立会いであった。
 弟が相手なので、
 わしが命拾いしたということであった。」



 大太刀を納めた近藤が、
止めに入った清河を、苦笑いで振り返ります。




 「清河どの、逸材である。
 沖田と競わせたら、
 双方がともに、致命傷を受けたであろう、
 聞きしに勝る剣法だ。
 おそるべしは、
 法神流の早業だ。」



 「いえ、こちらこそ、
 立場もわきまえずに、大変に失礼をいたしました
 ご教授、感謝にたえません。」




 「京都への出発は、明後日である。
 各組ごとに、30名ほどの小編成で
 中山道より、おのおの上洛の予定といたした。
 兄の良之助殿と共に、
 わが近藤隊に加わるがよかろう。
 世話役は、土方と沖田の両名とした。
 ゆるりと休息をされるがよい、
 出発が待ち遠しいのう。」




  立会いを終えた近藤が、琴をねぎらいました
くるりと背を抜けた近藤が、四天王たちに声をかけてから清河と共に
本堂の奥へと消えて行きました。






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