今日は父の所に行くと、シアワセばあさんに手をさすってもらっていた。
父は目が見えないし、ほとんど記憶がとどまらなくなっていて、(私が来たと言っても、1秒後には分からなくなっている状態)たぶん、こう言うスキンシップが嬉しいように見える。
今日はとても元気でばあさんに「娘さんが来たよ」と言われると、そうかい、だの曖昧な返事をしていた。
「sakeだよ」と言うと「sakeか」と言うけど、それが娘だとか私だとか、と言う認識があるのか?ないのか?微妙な所に思える。
割と最近入所してきた同じテーブルのおじいさんが、行くと必ず私を見ながら微笑んでいて、看護婦さんによると私が「娘さんに似ている」のだそうである。
何となく淋しいのだろうな、と思いながら、つかず離れず曖昧に会釈をしてみせる。
今日は父が元気だったので、裕次郎の曲を掛けると、シアワセばあさんも喜んでくれた。
父は2曲ぐらいまでは歌っていたが、眠ってしまった。
もうそれも疲れてしまうのかもしれない。
ばあさんが喜んでいるので、掛けていると、他の入所しているおばあさんもやってきて「懐かしい」と言って一緒に聴いていた。
イントロの昭和加減が、また良い。^^;
シアワセばあさんは「明日になると、あなたが来た事を忘れてしまって、私とケンカになるの。」と言い、父に20回ぐらい「明日になっても娘さんが来た事を忘れちゃダメよ。」と繰り返した。
「また来週も来ますからいいです、いいです」と言ったけど、ダメそうだ。
というより、1秒後の記憶が残らない父に、それを言っても無駄なのだが。。。。
父はそれでもテキトウに話をあわせる術を覚えたのか、あぁとか、うまく空気を丸める返事の仕方をしていた。
明日、ばあさんに尋ねられた時にもそうやって、あぁと交わしてくれれば良いと思う。
ばあさんは何度も「娘さんが来てうれしいよね?あぁうれしいうれしい~♪」とメロディー付で歌うと、父が「うれしやな」と言い出して、「うれやうれしやな~」と歌っていたが、この歌も何の歌だか私には分からない。
父が眠ってしまったので、車で帰ることにした。
去年のブログを読むと、父とkekeのこととか、車の事とか会話をしていたようだ。
今日みたいに元気だったらできるかもしれないけれど、裕次郎の歌でも今は疲れてしまうようで、もしかしたら、ただ手を握るぐらいが精一杯のような気がする。
でも、私はいつかは離さないとならないでしょ。
だったら、ばあさんにずっと握ってもらっていた方が私も嬉しいのだ。
父は目が見えないし、ほとんど記憶がとどまらなくなっていて、(私が来たと言っても、1秒後には分からなくなっている状態)たぶん、こう言うスキンシップが嬉しいように見える。
今日はとても元気でばあさんに「娘さんが来たよ」と言われると、そうかい、だの曖昧な返事をしていた。
「sakeだよ」と言うと「sakeか」と言うけど、それが娘だとか私だとか、と言う認識があるのか?ないのか?微妙な所に思える。
割と最近入所してきた同じテーブルのおじいさんが、行くと必ず私を見ながら微笑んでいて、看護婦さんによると私が「娘さんに似ている」のだそうである。
何となく淋しいのだろうな、と思いながら、つかず離れず曖昧に会釈をしてみせる。
今日は父が元気だったので、裕次郎の曲を掛けると、シアワセばあさんも喜んでくれた。
父は2曲ぐらいまでは歌っていたが、眠ってしまった。
もうそれも疲れてしまうのかもしれない。
ばあさんが喜んでいるので、掛けていると、他の入所しているおばあさんもやってきて「懐かしい」と言って一緒に聴いていた。
イントロの昭和加減が、また良い。^^;
シアワセばあさんは「明日になると、あなたが来た事を忘れてしまって、私とケンカになるの。」と言い、父に20回ぐらい「明日になっても娘さんが来た事を忘れちゃダメよ。」と繰り返した。
「また来週も来ますからいいです、いいです」と言ったけど、ダメそうだ。
というより、1秒後の記憶が残らない父に、それを言っても無駄なのだが。。。。
父はそれでもテキトウに話をあわせる術を覚えたのか、あぁとか、うまく空気を丸める返事の仕方をしていた。
明日、ばあさんに尋ねられた時にもそうやって、あぁと交わしてくれれば良いと思う。
ばあさんは何度も「娘さんが来てうれしいよね?あぁうれしいうれしい~♪」とメロディー付で歌うと、父が「うれしやな」と言い出して、「うれやうれしやな~」と歌っていたが、この歌も何の歌だか私には分からない。
父が眠ってしまったので、車で帰ることにした。
去年のブログを読むと、父とkekeのこととか、車の事とか会話をしていたようだ。
今日みたいに元気だったらできるかもしれないけれど、裕次郎の歌でも今は疲れてしまうようで、もしかしたら、ただ手を握るぐらいが精一杯のような気がする。
でも、私はいつかは離さないとならないでしょ。
だったら、ばあさんにずっと握ってもらっていた方が私も嬉しいのだ。