小春奈日和

赤ちゃんは、人間は、どのように言葉を獲得するの?
わが家の3女春奈と言葉の成長日記です。

92 雷神と土の器

2013年01月31日 01時06分07秒 | 大国主の誕生
大国主の誕生92 ―雷神と土の器―


 オオナムチは大国主と同神とされるようになるわけですが、たしか
にオオナムチには地主神としての性格がみられます。
 このオオナムチが、製鉄に関わる氏族たちの伝承が多く伝える『播
磨国風土記』の中に、土の入った袋を担ぐ神として描かれているのは
どういう意味を持つのでしょうか。

 これには、その土地の土を所有していることで土地の主を意味する
のだ、という説があります。
 「崇神紀」のアタヒメが香久山の土を取って、「これは倭の国の物
代」と、呪言をおこなったのも、大和の地を夫のタケハニヤスビコの
ものにするためのものと解釈する説があり、この2つは同じ考え方で
しょう。

 しかし、それだけでしょうか。
 『常陸国風土記』の那賀郡の項にはそのカギとなるかもしれない
伝承が記されています。

 製鉄に関わる人々は雷神も祭祀していたと見られているのですが、
雷神と土の関連を考える上でも興味深いものです。

 ヌカビコとヌカビメという兄妹がいた。
 夜になると、正体を語ることなくヌカビメを訪ねる男がいた。つい
には夫婦となりヌカビメは一夜で懐妊した。
 やがて臨月が来てヌカビメは小さな蛇を生んだ。蛇は、昼間はもの
言わず夜になると母と語りあった。
 兄のナカビコと兄妹の母は、この子の父親はきっと神にちがいない、
と思い、祭祀用の器に蛇を入れ、祭壇も設けた。
 しかし、蛇はどんどん大きくなっていき、ついにはその体を納める
器が亡くなってしまった。
 ヌカビメは蛇に、
 「あなたはきっと神の子にちがいありません。ですが、わが家の
財力ではあなたを養うことができません。あなたは父のもとに行きな
さい」
と、言えば、蛇も涙をぬぐって言った。
 「母さまがそのようにおっしゃるならば従いましょう。ですが、ひ
とつお願いがございます。身一人では心細いのでどうか童子を1名、
従者につけていただけませんか?」
 ヌカビメが答えた。
 「この家にいるのはお前のおばあさまと伯父さまだけしかいないこ
とは知っているでしょう?従者となる者はおりませんし、召し抱える
財力もありませんよ」
 蛇はこのことを恨み、それっきり何も言わなくなった。
 そして、いよいよ旅立ちの時に、怒りがおさまらず、雷で伯父の
ヌカビコを殺し、それから天に昇ろうとした。
 この行為にはヌカビメも驚き、瓫(ひらか)をわが子に向けてぶつ
けると、蛇は天に昇る力を失い、そのまま晡時臥山の峯にとどまった。
 盛し瓫と甕は今も片岡の村にある。
 その子孫は社を建てて祭祀をおこない、代々これを絶やしてはいな
い。

 この蛇は明らかに雷神でしょう。
 瓫を投げつけられて天に昇ることができなくなったことから、瓫な
どの土で作った器が雷神の力を消滅させるものだとする考えがありま
す。
 ですが、むしろ土の器は雷神を従えるための物であったとも考えら
れるのです。
 雷神を滅ぼすためではなく、服従させその力を借りることが目的
だったとも考えられるわけです。

 それから、神がヌカビメのもとに、正体を明かさないまま通うとこ
ろや、神の怒りで人が死ぬところは、『日本書紀』のモモソヒメの伝
承に共通しています。

ヤマトトトトビモモソヒメは、オオモノヌシの妻となった。しかしな
がら神は昼間には姿を見せず、夜になるとモモソヒメのもとにやって
来た。
 ある時、モモソヒメが言った。
 「あなたは昼間にはいらっしゃらないので、そのお顔をみることが
できません。どうか今夜はここにお泊まりくださいませ。そうして朝
が来て明るくなった時に、そのうるわしいお姿をお見せください」
 それに対し、神は、
 「そなたの言うことももっともだ。それならば吾は明日の朝、そな
たの櫛笥(くしげ=櫛を入れておく箱のこと)の中に入っていよう。
ただし、私の姿を見ても決して驚いてはいけないよ」
と、答えた。
 モモソヒメは妙に思いながらも朝を待ち、櫛笥を開けてみると、1匹
のきれいな蛇がいた。モモソヒメが驚いて悲鳴を上げると、蛇は人の
姿に変わり、そして妻に向かって、
 「約束にたがえて驚いてしまったね。そなたは吾に恥をかかせた。
だから吾もそなたに恥を与えよう」
と、言うと、空に翔けあがり、御諸山に帰っていった。
 モモソヒメは神が去っていくのを仰ぎ見ながら、過ちを悔い、その場
にへたり込んだが、その時に箸で下腹部を突いてしまい亡くなってし
まった。
 モモソヒメの亡骸は、大市に葬られた。人々はその墓を箸墓と呼ぶ。
この墓は、昼間は人が作り、夜は神が作った。

 この神は三輪山のオオモノヌシとされていますが、このオオモノヌシ
を祭祀する大神神社では、祭祀に用いる器に陶邑の陶器が使用されて
いました。

 『日本書紀』の「雄略紀」には、雄略天皇が小子部栖軽(ちいさこべ
のすがる)に「御諸岳」の神を捕らえるよう命じる話が載っていますが、
この時に栖軽が捕らえてきた御諸岳の神は大蛇の姿をしていて目は
輝き、体から雷光を放っていた、と書かれています。
 まさに蛇紙であり雷神であったわけです。


・・・つづく

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