大国主の誕生② ―オオナムチという神―
一般に、大国主を祀る神社と、言えばまず挙げられるのが島根県の
出雲大社でしょう。
ですが、出雲大社の祭神は、古くは杵築大神で、これが大国主と
同じ神なのかはよくわかっていないのです。
反対に、杵築大神は出雲国造が本来祭祀していた神で大国主とは別
の神だった、と考える研究者も少なくはありません。
事実、出雲大社でも、祭神が大国主ではなくスサノオだった時期が
あるのです。
また、元出雲と呼ばれる京都府亀岡市の出雲大神宮の祭神も大国主
をされていますが、ここもまた、本来の祭神は三穂津彦大神・御蔭大神
であり、大国主と同じ神なのか不明です。(御蔭大神とは、出雲大神宮
がかつて御蔭山をご神体としていたことから、御蔭山を神としたものと
考えられます)
Wikipediaによると、大国主を祀る主な神社として、先の出雲大社と
出雲大神宮の他に、
大神神社(奈良県桜井市)
気多大社(石川県羽咋市)
気多本宮(石川県七尾市)
大國魂神社(東京都府中市)
大前神社(栃木県真岡市)
を挙げていますが、大神神社の祭神は大物主です。
次に、気多大社と気多本宮の祭神はオオナムチノミコト(大己貴命)
ですし、大國魂神社の祭神は大國魂大神ですし、大前神社の祭神は、
大黒天とえびすなのです。
全国の神社で、摂社(いわゆる本殿と別に小さな社がよくありますよね。
あれのことです)として「大国主」を祀っているところは多いのですが、
本社の祭神として、かつ主祭神として「大国主」を祀っているのは、実は
出雲大社だけで、その出雲大社さえも、初めから大国主を祀っていたのか
定かではないのです。
そう、大国主を主祭神として祀っている神社は存在しない!
このことについて、研究者たちの意見は、
「オオクニヌシはアメノミナカヌシ(天之御中主)同様、奈良時代に、
朝廷の役人たちによって机上で作られた神だから」
と、するものです。
天上(高天の原)の中心がアメノミナカヌシ(天之御中主)で地上
(葦原中国)の中心がオオクニヌシという観念上の理論から作り出さ
れた神、と大和岩雄(『神社と古代王権祭祀』)は唱えています。
アメノミナナカヌシとは、『古事記』の冒頭に、
天地初めて発し時、高天の原に成りませる神の名は、天之御中主神。
次に高御産巣日神、次に神産巣日神。
と、書かれる神なのですが、やっぱりアメノミナカヌシを主祭神として
祀る神社もまたありません。
けれども、上記に紹介した神社では、祭神がそれぞれオオナムチや
えびすであっても、「この神様は大国主と同じ神様ですよ」としてい
たりもするのです。一応、オオクニヌシを祀る神社ではあるわけです。
『日本書紀』には、
大国主神、またの名を大物主神、または国作大己貴命(クニツクリ
ノオオナムチノミコト)と申す。または葦原醜男(アシハラシコオ)
と申す。または八千戈神(ヤチホコの神)と申す、または大国玉神と
申す。または顕国玉神(ウツシクニタマの神)と申す。
と、あり、オオクニヌシには7つの名前があり、その1つがオオモノヌ
シでありオオクニタマの神である、というわけです。
ただし、これも『古事記』では、
またの名は大穴牟遅神(オオナムチの神)といい、またの名は葦原
色許男神(アシハラシコオの神)といい、またの名は八千矛神(ヤチ
ホコの神)といい、またの名は宇都志国玉神(ウツシクニタマの神)
といい、合わせて5つの名があります。
とあって、オオモノヌシとオオクニタマの名前は載せていませんが、
その他の5つの名前については、おおむね記紀ともに一致しているの
です。
たしかに、神社の名前に「大国主」という名前の入った神社が存在
しないことは変わりないのですが、ともかくオオクニヌシを祀る神社
はあるわけです。
この点がアメノミナカヌシとちがう点です。
それでは、なぜ昔の人たちは、「机上で作られた神」(と推測され
る)オオクニヌシを認めたのでしょうか?
オオクニヌシの別名とされるオオナムチは『風土記』にも登場しま
すし、『日本書紀』でも、オオクニヌシのことを一貫してオオナムチ
と書いています。
また民間伝承にもオオナムチの説話は多く残されており、実際にオ
オナムチの信仰は広く分布していたことを思わせます。
そうすると、大国主命の神話は、民間によるオオナムチ信仰と、中央
政権によるオオクニヌシなどの出雲神話の2面性を併せ持つわけです。
そこで、まずは、オオナムチの伝承について取り上げ、それから『古
事記』の大国主伝承を見てみたいと思います。
さまざまな伝承によれば、葦原中国(あいはらなかつくに)、すなわち
地上は禍々しい世界だったといわれています。
その世界をオオクニヌシが人間の住める世界に造り直したのですが、
『風土記』や民間伝承のオオナムチは、土着のローカル色豊かな神で、
国土生成といったスケールの大きな神では決してありません。
その説話も、農業や医療、地主神としての内容です。
また民間伝承のオオナムチには女神の場合もあるのです。
女神としてのこの神は、オオナンジ、オオナチなどの名で語られますが、
時として、この女神を助けて、その恩寵を受ける狩人の名前として登場す
ることもある、と松前健の研究(『出雲神話』)があります。
女神のオオナンジ、オオナチは、狩りの神、動物の主、山の神の性格を
持ちます。
オオナムチも、オオナモチの名で語られることがありますが、漢字表記
では、大穴牟遅、大穴持などいろいろあります。
女神の場合だと、大穴の穴は女性器を指す場合もあり、大穴とは、「丈夫
な子供をたくさん生む」という意味になります。
また、オオナムチは大きな袋を背負った姿で登場しますが、藤村由加
(『古事記の暗号』)は、大国主とは地上の主という意味なので、これを
易で解くと「坤為地」、「説卦伝によれば」「坤は嚢と為す」とあるので、
大穴とは様々なものを入れる嚢(ふくろ)の意味と解釈しています。
人間の(と言うか男性の)体の一部で嚢の字を使ったものでは陰嚢があり、
これまた生殖に関係してきます。
オオナムチには、原始的な生殖の神であったと思われる一面も見られるの
です。つまり子沢山の信仰です。
実際のところ、『古事記』や『風土記』でも、この神はいろんな女神に
妻問いしているのですが。
それでは、『古事記』のオオクニヌシを見てみたいと思います。
・・・つづく
一般に、大国主を祀る神社と、言えばまず挙げられるのが島根県の
出雲大社でしょう。
ですが、出雲大社の祭神は、古くは杵築大神で、これが大国主と
同じ神なのかはよくわかっていないのです。
反対に、杵築大神は出雲国造が本来祭祀していた神で大国主とは別
の神だった、と考える研究者も少なくはありません。
事実、出雲大社でも、祭神が大国主ではなくスサノオだった時期が
あるのです。
また、元出雲と呼ばれる京都府亀岡市の出雲大神宮の祭神も大国主
をされていますが、ここもまた、本来の祭神は三穂津彦大神・御蔭大神
であり、大国主と同じ神なのか不明です。(御蔭大神とは、出雲大神宮
がかつて御蔭山をご神体としていたことから、御蔭山を神としたものと
考えられます)
Wikipediaによると、大国主を祀る主な神社として、先の出雲大社と
出雲大神宮の他に、
大神神社(奈良県桜井市)
気多大社(石川県羽咋市)
気多本宮(石川県七尾市)
大國魂神社(東京都府中市)
大前神社(栃木県真岡市)
を挙げていますが、大神神社の祭神は大物主です。
次に、気多大社と気多本宮の祭神はオオナムチノミコト(大己貴命)
ですし、大國魂神社の祭神は大國魂大神ですし、大前神社の祭神は、
大黒天とえびすなのです。
全国の神社で、摂社(いわゆる本殿と別に小さな社がよくありますよね。
あれのことです)として「大国主」を祀っているところは多いのですが、
本社の祭神として、かつ主祭神として「大国主」を祀っているのは、実は
出雲大社だけで、その出雲大社さえも、初めから大国主を祀っていたのか
定かではないのです。
そう、大国主を主祭神として祀っている神社は存在しない!
このことについて、研究者たちの意見は、
「オオクニヌシはアメノミナカヌシ(天之御中主)同様、奈良時代に、
朝廷の役人たちによって机上で作られた神だから」
と、するものです。
天上(高天の原)の中心がアメノミナカヌシ(天之御中主)で地上
(葦原中国)の中心がオオクニヌシという観念上の理論から作り出さ
れた神、と大和岩雄(『神社と古代王権祭祀』)は唱えています。
アメノミナナカヌシとは、『古事記』の冒頭に、
天地初めて発し時、高天の原に成りませる神の名は、天之御中主神。
次に高御産巣日神、次に神産巣日神。
と、書かれる神なのですが、やっぱりアメノミナカヌシを主祭神として
祀る神社もまたありません。
けれども、上記に紹介した神社では、祭神がそれぞれオオナムチや
えびすであっても、「この神様は大国主と同じ神様ですよ」としてい
たりもするのです。一応、オオクニヌシを祀る神社ではあるわけです。
『日本書紀』には、
大国主神、またの名を大物主神、または国作大己貴命(クニツクリ
ノオオナムチノミコト)と申す。または葦原醜男(アシハラシコオ)
と申す。または八千戈神(ヤチホコの神)と申す、または大国玉神と
申す。または顕国玉神(ウツシクニタマの神)と申す。
と、あり、オオクニヌシには7つの名前があり、その1つがオオモノヌ
シでありオオクニタマの神である、というわけです。
ただし、これも『古事記』では、
またの名は大穴牟遅神(オオナムチの神)といい、またの名は葦原
色許男神(アシハラシコオの神)といい、またの名は八千矛神(ヤチ
ホコの神)といい、またの名は宇都志国玉神(ウツシクニタマの神)
といい、合わせて5つの名があります。
とあって、オオモノヌシとオオクニタマの名前は載せていませんが、
その他の5つの名前については、おおむね記紀ともに一致しているの
です。
たしかに、神社の名前に「大国主」という名前の入った神社が存在
しないことは変わりないのですが、ともかくオオクニヌシを祀る神社
はあるわけです。
この点がアメノミナカヌシとちがう点です。
それでは、なぜ昔の人たちは、「机上で作られた神」(と推測され
る)オオクニヌシを認めたのでしょうか?
オオクニヌシの別名とされるオオナムチは『風土記』にも登場しま
すし、『日本書紀』でも、オオクニヌシのことを一貫してオオナムチ
と書いています。
また民間伝承にもオオナムチの説話は多く残されており、実際にオ
オナムチの信仰は広く分布していたことを思わせます。
そうすると、大国主命の神話は、民間によるオオナムチ信仰と、中央
政権によるオオクニヌシなどの出雲神話の2面性を併せ持つわけです。
そこで、まずは、オオナムチの伝承について取り上げ、それから『古
事記』の大国主伝承を見てみたいと思います。
さまざまな伝承によれば、葦原中国(あいはらなかつくに)、すなわち
地上は禍々しい世界だったといわれています。
その世界をオオクニヌシが人間の住める世界に造り直したのですが、
『風土記』や民間伝承のオオナムチは、土着のローカル色豊かな神で、
国土生成といったスケールの大きな神では決してありません。
その説話も、農業や医療、地主神としての内容です。
また民間伝承のオオナムチには女神の場合もあるのです。
女神としてのこの神は、オオナンジ、オオナチなどの名で語られますが、
時として、この女神を助けて、その恩寵を受ける狩人の名前として登場す
ることもある、と松前健の研究(『出雲神話』)があります。
女神のオオナンジ、オオナチは、狩りの神、動物の主、山の神の性格を
持ちます。
オオナムチも、オオナモチの名で語られることがありますが、漢字表記
では、大穴牟遅、大穴持などいろいろあります。
女神の場合だと、大穴の穴は女性器を指す場合もあり、大穴とは、「丈夫
な子供をたくさん生む」という意味になります。
また、オオナムチは大きな袋を背負った姿で登場しますが、藤村由加
(『古事記の暗号』)は、大国主とは地上の主という意味なので、これを
易で解くと「坤為地」、「説卦伝によれば」「坤は嚢と為す」とあるので、
大穴とは様々なものを入れる嚢(ふくろ)の意味と解釈しています。
人間の(と言うか男性の)体の一部で嚢の字を使ったものでは陰嚢があり、
これまた生殖に関係してきます。
オオナムチには、原始的な生殖の神であったと思われる一面も見られるの
です。つまり子沢山の信仰です。
実際のところ、『古事記』や『風土記』でも、この神はいろんな女神に
妻問いしているのですが。
それでは、『古事記』のオオクニヌシを見てみたいと思います。
・・・つづく
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