小春奈日和

赤ちゃんは、人間は、どのように言葉を獲得するの?
わが家の3女春奈と言葉の成長日記です。

458 顕宗朝時代の朝鮮問題③

2015年11月28日 01時29分49秒 | 大国主の誕生
大国主の誕生458 ―顕宗朝時代の朝鮮問題③―
 
 
 田狭の造反の際に登場するのは吉備上道臣弟君の妻の樟媛(くすひめ)です。
 夫の弟君がその父田狭から日本を裏切るように呼びかけられたことで、樟媛は
夫の弟君を殺してしまいます。
 『日本書紀』は樟媛のことを
 
 「国家の情深く、君臣の義たしかなり。忠なること向日を踰え、節なること青松に
すぎたり」
 
と、いささか大げさとも言える称賛をしており、夫殺しについても、夫の弟君が国を
裏切ることが許せなかったため、としています。
 
 一方、紀生磐宿禰の造反に登場する女性は吉備上道采女大海です。正確には
紀生磐宿禰の父、紀小弓宿禰(おゆみのすくね)のエピソードに登場します。
 雄略天皇が、紀小弓宿禰、蘇我韓子宿禰(からこのすくね)、大伴談連(かたりの
むらじ)、小鹿火宿禰(おかひのすくね)の4人を新羅征討の将軍に指名した時、
紀小弓宿禰は、大伴室屋大連(むろやのおおむらじ)に、
 「謹んで勅命をお受けします。ですが、先だって妻をなくしたばかりであり、私の
身の回りの世話をする者がおりません。願わくばその辺りの事情を天皇にお伝え
頂けないでしょうか」
と、答えます。
 大伴室屋からこの話を伝えられた天皇が大いに同情し、紀小弓に与えた妻が
吉備上道采女大海だったのです。
 海を渡った小弓は奮戦し活躍しますが病にかかって死んでしまいます。その後に、
小弓宿禰の子、紀大磐宿禰(紀生磐宿禰)が代わりに派遣されてくるのですが、
日本軍は内部分裂を起こし、韓兒宿禰は殺され、小鹿火宿禰は日本に一時帰国
した後、再び朝鮮半島に渡ることを拒否したのでした。
 揚句、紀生磐宿禰も朝鮮から撤退せねばならない事態になってしまいました。
 
 吉備上道采女大海については、『日本書紀』に詳細が記されていないのでその
素性がよくわからないのですが、その名前から推測して、吉備上道臣の女性で、
宮中に采女として仕えていた人物ではないか、とも言われています。
 また采女大海はただ小弓宿禰の妻としてともに海を渡っただけにとどまらず、従軍も
していたようです。
 采女大海は、日本に帰国しますと、大伴室屋大連に、韓奴室、兄麻呂、弟麻呂、
御倉、小倉、針の奴六口を大伴室屋に献上しています。
 「吉備上道の蚊嶋田邑の家人らは是なり」
と、『日本書紀』は記しますが、妻の采女大海が朝鮮半島からつれて来た人々を献上
していることから、小弓宿禰の代行者としての役割も担っていたと思われるのです。
 
 樟姫が吉備上道臣弟君を殺したことも、夫とは言え将軍を殺してしまっては軍の
統率に大きな影響を及ぼすことになってしまうはずですが、『日本書紀』が樟媛を称えて
いることころをみると、樟媛は弟君の代行者を務めた可能性も考えられるのです。
 
 ところで、『日本書紀』が伝えるところでは、弟君が新羅を討つために百済を発った時、
国神が老女に化けて弟君の前に現れて、新羅への道のりが遠い、と言ったので弟君は
新羅遠征をいったん中止して百済の本営に帰ったとあります。
 軍人にとって神は武運と無事を願う存在ですが、弟君の場合、武功を挙げるどころか
神に帰らされてしまったことになるわけです。このことは将軍として失格を意味します。
 さらには父の田狭の誘いに乗って日本を裏切ろうとしたことは明らかに将軍失格で
あり、そのために樟媛は弟君を殺した、とも読み解くことができるのです。
 
 紀小弓宿禰の活躍も吉備上道采女大海がいたからこそのもので、采女大海が帰国
すると日本軍が内部分裂を起こしたというのも、采女大海が神の代行者、もしくは巫女の
役割を担っていたためではなかったでしょうか。