どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

自薦ポエム⑲ 『赤花夕化粧』

2020-07-17 01:03:35 | ポエム

松井須磨子の墓に連れて行ってあげますよ

ぼくを松代に呼んだ友人が言った

東京の職場が意に沿わなくて

故郷の家に帰った男だ

ぼくとは妙に気が合って

年に一度は泊りがけの旅行をしたものだ

 

奔放に生きた松井須磨子は 

日本で初めての歌う女優だったと知ってますか

職もなく実家でゴロゴロする男が言った

「カチューシャの唄」が大ヒットしたものの

島村抱月との愛がスペイン風邪による死で潰え

芸術倶楽部の楽屋で縊死したんです

 

<カチューシャかわいや わかれのつらさ

<つらいわかれの 涙のひまに

<風は野を吹く(ララ)日はくれる

5番の歌詞が そこはかとなく哀れを誘う

後追いを決意した須磨子は男の写真を懐に

薄化粧をしてその時を迎えたのでしょうか

 

川中島の古戦場跡や

佐久間象山が蟄居していた小さな屋敷や

本土決戦時の大本営予定地の洞窟も見たが 

ぼくが心を動かされたのは

須磨子の墓所につづく田舎道に咲いていた

赤花夕化粧の紫がかったピンクの花でした

 

新劇女優と呼ぶには田舎っぽくて

そのくせ四裂の花弁に似た意志の強さを秘める

カルテット(四重奏)のような女

「私はただ私として、生きていきたいと思うのです」

慎ましやかに見えて

これ以上きっぱりした意思表示はほかにない

 

あめりか渡来の洋風かぶれには

フトモモ目アカバナ科マツヨイ属はお似合いだとか

女だてらに演劇などやって

家庭をないがしろにするふしだら女だとか

不倫の果ての自死は自業自得だとか

毀誉褒貶は数知れない

 

古い音源で「カチューシャの唄」を聴いたぼくは

新劇に引き込まれた女性の好奇心と

生きることへの切実な衝動に心打たれる

松代の友人も意気地なく見えて実は硬骨漢なのだ

だから一番だらしないのはぼくではないかと

川を渡る五月の風に羞恥の心が裏返るのだ

 

(『赤花夕化粧』2014/03/29より再掲)

 

 


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2 コメント

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カチューシャの唄 (ウォーク更家)
2020-07-22 18:46:44
松井須磨子ですか、有名なので、写真とか見て知ってはいますが、出演の映画を見たことはないので、イマイチ、ピンときません。

カチューシャの唄で、何となく、その時代を包む雰囲気には、親近感を覚えます。

そうですか、スペイン風邪ですか。
コロナの時代に、こちらも親近感を覚えます。

川中島の古戦場跡へ行ったときに、本土決戦時の大本営予定地の洞窟も見たかったのですが、休館日で見られず心残りでした。
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実家も墓も立派 (tadaox)
2020-07-23 00:55:05
松井須磨子は、小林姓(本名)の士族に繋がる身分ということで、実家も墓も立派でした。
当時の女性とは思えぬ進歩的な言動で、世間を驚かせたようです。

新劇女優として小劇場の舞台に立ち、唄も歌って喝采を浴びました。
ただ、整形手術に失敗したことではかなり苦しんだそうです。

大本営予定地の洞窟が休館でしたか。残念でした。
松井須磨子についていえば、女性とはいえ士族の血を感じますねえ。

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