松井須磨子の墓に連れて行ってあげますよ
ぼくを松代に呼んだ友人が言った
東京の職場が意に沿わなくて
故郷の家に帰った男だ
ぼくとは妙に気が合って
年に一度は泊りがけの旅行をしたものだ
奔放に生きた松井須磨子は
日本で初めての歌う女優だったと知ってますか
職もなく実家でゴロゴロする男が言った
「カチューシャの唄」が大ヒットしたものの
島村抱月との愛がスペイン風邪による死で潰え
芸術倶楽部の楽屋で縊死したんです
<カチューシャかわいや わかれのつらさ
<つらいわかれの 涙のひまに
<風は野を吹く(ララ)日はくれる
5番の歌詞が そこはかとなく哀れを誘う
後追いを決意した須磨子は男の写真を懐に
薄化粧をしてその時を迎えたのでしょうか
川中島の古戦場跡や
佐久間象山が蟄居していた小さな屋敷や
本土決戦時の大本営予定地の洞窟も見たが
ぼくが心を動かされたのは
須磨子の墓所につづく田舎道に咲いていた
赤花夕化粧の紫がかったピンクの花でした
新劇女優と呼ぶには田舎っぽくて
そのくせ四裂の花弁に似た意志の強さを秘める
カルテット(四重奏)のような女
「私はただ私として、生きていきたいと思うのです」
慎ましやかに見えて
これ以上きっぱりした意思表示はほかにない
あめりか渡来の洋風かぶれには
フトモモ目アカバナ科マツヨイ属はお似合いだとか
女だてらに演劇などやって
家庭をないがしろにするふしだら女だとか
不倫の果ての自死は自業自得だとか
毀誉褒貶は数知れない
古い音源で「カチューシャの唄」を聴いたぼくは
新劇に引き込まれた女性の好奇心と
生きることへの切実な衝動に心打たれる
松代の友人も意気地なく見えて実は硬骨漢なのだ
だから一番だらしないのはぼくではないかと
川を渡る五月の風に羞恥の心が裏返るのだ
(『赤花夕化粧』2014/03/29より再掲)
カチューシャの唄で、何となく、その時代を包む雰囲気には、親近感を覚えます。
そうですか、スペイン風邪ですか。
コロナの時代に、こちらも親近感を覚えます。
川中島の古戦場跡へ行ったときに、本土決戦時の大本営予定地の洞窟も見たかったのですが、休館日で見られず心残りでした。
当時の女性とは思えぬ進歩的な言動で、世間を驚かせたようです。
新劇女優として小劇場の舞台に立ち、唄も歌って喝采を浴びました。
ただ、整形手術に失敗したことではかなり苦しんだそうです。
大本営予定地の洞窟が休館でしたか。残念でした。
松井須磨子についていえば、女性とはいえ士族の血を感じますねえ。