あの村には命を蘇らせる水がある
傷んだ心を癒す花が咲く
噂を頼りにたどり着いた場所が
地霊の宿る里だった
あの村には潤んだ月と星がある
疲れた体をほぐす出湯がある
芯まで浸み入る温るま湯が
こんこんと眠りをもたらす秘薬となる
下卑た言い合いに眠れなくなったのは
ぼくが幾つの時だったろう
父と母の諍いに絶望したのは
小学四年の夏のことだった
あれ以来ピンクも白も消え
ぼくの画板は黄色に占領された
空色も茜も存在せず
真っ黄色の小花が画面を占めたのだ
裸電球ひとつの部屋に篭もりきり
やっと父親の死を迎えた
水と花との蘇えり伝説を聞いたのは
母がぼくを二幕目の芝居から下ろした時だった
あの村へ行けば澄んだ目の母ヤギに会える
免疫を取り戻す初乳の恵みにも
噂を信じて出立橋を越えたのが
こころ再生の日でもあった
源泉を活かした村営の宿に入り
四十度を下回る共同湯に長々と浸かった
苛立った神経はモヤシになり
休憩室では昼間からトドになった
高原の夏はあまりにも短い
それでも花豆やトウモロコシを戴き
下界へ降りる前のアキアカネに
一足お先にと別れを告げた
帰りのバスの窓から外界を視ると
停留所の脇にはキバナコスモス
群れ咲く黄色はまるで別物
ひかりに透けてまるでミラクル
(『再生のキバナコスモス』2014/09/16より再掲)
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