goo blog サービス終了のお知らせ 

どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム96 『藤棚の下で』

2015-07-15 01:15:36 | ポエム

 

     藤の花

    (城跡ほっつき歩記)より

 

  

藤棚の下に来ると みな仰向きになってため息を漏らす

わあーきれい みやびな感じねえ

雅か たしかに雅だねえ

お姫様の髪飾りみたいで 見蕩れちゃうね

車椅子の父親が 娘の横顔にちらりと視線を走らす

 

半身不随になったおかげで 娘の自由が奪われた

ずるずると婚期が遅れ 今では諦め顔になっている

親のことなんか気にせずに 誰かいい人を見つければいい

そうは言っても お父さんのこと看る人いないでしょ?

けっきょく娘は 親の面倒を見つづけているのだ

 

ああ あの瞬間が恨めしい

幹線道路の右折レーンで 迂闊にも判断を誤ったことだ

直進のクルマが途絶えたと思い 右にハンドルを切った

瞬間 黒い疾風が突進してきて

妻の乗る助手席に襲いかかったのだ

 

この馬鹿者は 妻を殺してしまった 

ほんとうは あのとき一緒に死んだほうがよかったのだ

だが必死に介護をする娘の前では 明るく振舞うしかない

車椅子を押す娘の負担を考え 体重を減らそうと思ってもいる

食が細くなった理由は けっして気取られないようにして

 

人と人が交わす会話は なんとも複雑だ

上から見下ろす藤棚の藤には とても読みきれない

本音を隠し 相手を思いやる心の動きなど

雅と持ち上げられた藤の花でも 容易に理解できるはずがない

嘆きを察知したように 六月の風が髪飾りを揺らす

 

車椅子の父娘が通り抜けたあと 別の一組がやってくる

思い思いの言葉で藤棚の藤を愛でていくが

華やぐ抑揚のわりには 見上げる顔の表情は翳っている

人の心は複雑すぎて 喜怒哀楽を表せないのだろうか

それとも 単純な感情表現を阻む文化が雅ということなのか

 

昼下がりの公園には うらうらと人が彷徨い出てくる

おおむね老人が多いが 若者が全くいないわけではない

ただ若者の持っている時計の針は 藤棚の下では動きが遅くなる

生ぬるい風が追い打ちをかけると 古い絵巻物が忽然と現れ

あちらの世界へ 誘っていってしまうかもしれないのだ

 

藤棚の下では 時間はゆっくりと流れる

むらさき色の花の振り子は 時代遅れの雅楽器を指揮して

やさしさや 思いやりの音符を空に放つが

木漏れ日の影に紛れて 見届ける人はまばらだ

ああ また藤棚の下に誰かがやって来たようだ

    

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ポエム95 『変身ブルーベリー』 | トップ | ポエム97 『茄子の馬』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ポエム」カテゴリの最新記事