(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

読書『ルービン回顧録』

2007-11-05 | 時評
読書メモ『ルービン回顧録』(ロバート・E・ルービン 日本経済新聞社 05年9月)

 アメリカ最大の金融グループであるシティコープは、11月4日、チャック・プリンス会長の辞任を発表した。サブプライム・ローン(低所得者向け融資)問題で、110億ドルの損失を出し、株価は今年に入って30%に下落した。後任には、元財務長官のルービン氏が就任した。

 ちょうどとシティコープを誕生させた立て役者のサンディ・ワイルの回顧録(上下)を読み終えたところであったが、ルービン氏があらたに表舞台に出ることになったので、彼の事を書いた本を、改めて取り上げることにした。私がシティ・グループの名前を知ったのは、1980年代の後半のことであった。そしてその実力を知らされたは、それから数年たってからである。なにがしかの投資を日本の証券会社のファンドとシティのファンドに投じていた。、何年かたってバブルがはじけ、ファンドの償還時期が来たときに、日本のファンドは、大きく値下がりしていたが、シティのそれは、値上がりこそほとんどなかったが、損失も出ていなかった。彼我の運用の実力差を改めて認識した。

 サンディ・ワイルは、ポーランド系ユダヤ移民の子として生まれ、証券会社の事務員からディーラに転身、自ら全財産3万ドルをなげうって、証券会社を立ち上げた。そこから、失敗、とM&Aの連続で夢を実現し、とうとうシティコープの会長に就任して、同社の成長の基盤を確立した。その波乱に満ちた人生を描いた回顧録も、また興味深いものである。

 しかし今回会長兼CEOに就任したルービン氏の回顧録は、その舞台の広さ、また世界的な通貨危機を乗り切った実力もあいまって、より深く、興味深いものである。500頁余の大冊であるが、退屈することなく一気に読み切った。(下手な小説より遙かに面白い)

 ロバート・E・ルービンは、’60年ハーバード大学(経済学部)を首席で卒業後、イエールのロースクールを卒業、、法律事務所を経て金融グループ&投資銀行のゴールドマン・サックスに入社。90年には同社会長になる。第一期クリントン政権のおりに、請われて財務長官に就任。数々の通貨危機をのりきり、好景気をもたらした経済運営の手腕は高く評価された。

 本著は、金融と政界という二つの世界にまたがって活躍した男の貴重な証言である。93年にクリントン政権の発足と同時に、経済政策担当の補佐官となっていたルービンは、95年1月第70代財務長官に任命された。その彼を待っていたのは、メキシコの通貨危機であった。メキシコ政府が、大規模なデフォルト(債務不履行)に陥るかも知れない、、そしてそれが発展途上国ひいてはアメリカ経済に悪影響を及ぼしかねない、と判断したルービンは、大統領に「支持率を落とす可能性があり、リスクが大きいけれど大規模な支援に踏み切る必要があります」と説いた。グリーンスパン(FRB議長)、ラリー・サマーズ財務省国際問題担当と議論の末の提案である。これは政府関係者・議会さらには、IMFなどさまざな抵抗があったが、ルービンは、これらを説得し、メキシコ政府に巨額の支援するに至った。ここでルービンたちは、いわゆる「パウエル・ドクトリン」を適用した。すなわち”アメリカは国益がかかっている場合にかぎり介入すべきであり、その介入が圧倒的な兵力(このばあいは、資金量)をもってしなければならない”と考えた。 この巨額な介入の結果、メキシコ危機は、一年分の経済成長が失われたにとどまり、メキシコはわづか7ヶ月で資本市場へのアクセスを取り戻した。この間の政府内の動きはつぶさに、率直に語られていて興味深いものがある。
その後、ルービンは1997年のアジアの通貨危機、韓国の経済危機、ロシアのデフォルト、ヘッジファンドLTCMの破綻などなど様々な問題に的確に対応した。それらの詳細は、本書を参照頂きたい。

 ルービンがこの著書を書いた本当の理由がある。それは彼が、ゴルドマン・サックスで携わった裁定取引(アービトラージ)の経験などから、彼の基本的な思考論理となったものを、後世につたえようとの思いである。すこし難解であるがもっとも重要なことであるので、若干の引用をお許し願いたい。

 ”ビジネスの世界でも政府にあっても、私は確実だと証明できることはなにもない、という根本的な世界観にしたがってキャリアを積み重ねてきた。このようなものの見方をすれば、当然の結果として蓋然的な意志決定をするようになる。”

 ”メキシコに介入すべきかどうかという問題に直面したとき、背景にあった事情はこんなふ  だった。数え切れないほど対立する考え方がある場合、できる範囲で最良の決定に辿り着くのに最も重要なのは、それらをすべて見極め、それぞれがどんな勝算と重要性があるか を判断すること、つまり蓋然性思考を行うということだ”

 なかなか分かりにくいが、なんの判断基準も持たず、体系だてずにあるいは直観にもとずいて決断するのではなく、いろんなケースのプラスとマイナス、とくにリスクをどの程度重視すべきかを評価するという態度である。このリスクを最小限に抑えるという考え方は、最近の資金運用理論の中核ともなっている。

 今後、ルービンが、シティグループをどんな方向に引っ張ってゆくか、興味深い。
 

 余談だが、日本政府の関係者(宮沢首相や橋本総理など)の名前も出てくる・

 ”われわれがアジア経済危機のさいに日本に促したように、先進国は、自国のためばかりでなく世界のほかの国々のためにも、健全な経済成長を導く政策を実行する責任がある”

こういう人物の動きや考え方を見ていると、我が国の政治家や官僚が矮小に思えて
しかたがない。
コメント (4)
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